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66、この部屋の理由



 梓さんの部屋は、城内の上層階にあった。

 他のフロアと違い、白を基調とした荘厳で澄んだ雰囲気のするこの階は、なるほど、聖女様が住むにふさわしい場所だと感じた。

 レストランテ・ハロルドとは大違いである。


 私の持っている通行証では城の中までは入れないので、ライフォードさんが傍にいて、やっと梓さんの元へ行けるらしい。


 ダリウス王子は城門の方に行っている。

 恐らく、城内で鉢合わせる事はないだろうと踏んで、幻術の魔法を解く。

 ライフォードさんでも私だと見抜けなかったのだ。このままの姿で梓さんの元に行っては混乱させてしまうかもしれない。


 元に戻った私にライフォードさんはふわりと微笑んで「ああ、やはりこちらの方が落ち着きますね。先程のお姿も素敵でしたけれど」と、含みなく言ってのけた。

 ええい。ジークフリードさんといい、ライフォードさんといい、オーギュスト公爵家の御教育は素晴らしい。心臓がいくつあっても足りないわ。


「聖女よ、御客人をお連れいたしました」


 ライフォードさんが扉をノックすると、ドアが少しだけ開き、周囲を窺うように梓さんが顔を出す。


「ちょっと何よ、お客さんなんて聞いてな――凛さん!?」

「レストランテ・ハロルド出張デリバリーです! なんちゃって」

「凛さん凛さん! わざわざ来てくれたの? 嬉しいわ! どうぞ中へ! ……中? なか……ちょっと待って」


 梓さんは目を細めて首を後ろに捻ると、ややあって静かに部屋の外へ出た。ぱたりと扉を閉め、身体を――いや、全体重を扉に押し付け、にこりと笑う。


 絶対部屋に入れないという、確固たる意志を感じた。

 急に押しかける形になってしまったのだ。色々あるのだろう。片付けとか、片付けとか。


「折角ですから外の空気を吸いながらの方が良いでしょう。団長さん、あの部屋を用意しておいてください。ほら、白の聖女が良く使っていた部屋があるでしょう? 簡易なテーブルとイスが常備されているから、準備の手間が省けます」


 ほら行った行った、と手をひらひらと振る。

 対するライフォードさんは怪訝な表情を隠しもしないで、ため息を一つ零した。


「聖女よ、普段から整理整頓をしておかないからこうなるのです。女中の世話はいらないという貴方の意見を汲んで、立ち入りは許可していないというのに」

「あーあーあー! 聞こえませんっ! ってか、あんたはあたしの母親か!」

「だれが母親ですか。騎士団長の権限をもって今すぐそちらへ踏み込みますよ」

「ちょ、凛さんもいるのに冗談じゃないわよ! 乙女の部屋に立ち入る権利は、いくら騎士団長でもないはずよ!」

「不審者騒ぎがあったばかりなので、理由などいくらでもでっち上げられます」


 爽やかな王子様フェイスを張り付け「聖女様の護衛として、ね?」と微笑めば、さすがの梓さんも観念したのか「……以後、気を付けます」としぶしぶ頷いた。


「分かればよろしい。それでは、私は一足先に準備をしに行ってまいります。お二人はゆっくりと向かってください」


 胸に手を置き、一礼してから去っていく。


 ライフォードさんは自分にも他人にも厳しい人だ。

 ダリウス王子のように聖女様に夢を見ているわけではなく、ただ純粋に皆の手本となる人物像を求めている。これはこれで大変だと思う。


 ジークフリードさんの護衛の仕方は心配性というか少し過保護で、私は無茶をよく叱られているけれど、ライフォードさんだったら違う意味で叱られてしまいそうだ。

 私も自分に甘い所があるし。


 梓さんファイト。


 でも、この二人。聖女様と護衛という立場だけれど、お互い相手に対して気を置かない関係を作り上げていて、見ていてちょっと微笑ましい。


「すみません。私が急に来てしまったから」

「いいのいいの! 気にしないで。実際、団長さんの言ってる事間違ってないし。油断してたあたしが悪いんだから! そんな事より――」


 梓さんは私が持っているバスケットを指差すと、嬉しそうに笑った。


「王宮なんて、凛さんにとっては嫌な思い出しかないでしょう? それなのにわざわざ来てくれたんだもの、とっても嬉しいわ! それ、新メニューか何か?」

「実は、梓さんに食べてもらいたくて、ここまで押しかけてしまいました」

「あたしに?」


 はい、と頷けば、梓さんは目を輝かせて「凛さん大好き!」と私に抱きついてきた。


 まだ中身を見せていないのにここまで喜ばれるなんて。

 バスケットの中に入っているハンバーガーの事を考え、私は悪戯を仕掛けた子供のように、にやりと笑ってしまった。



* * * * * * *



「今日は天気が良くて、心地がいいですね!」


 梓さんが指定した場所は、バルコニーが付いた見晴らしの良い部屋だった。


 広大な王宮の敷地を一望できるらしく、私は思わず手すりに飛びつく。太陽の光が一身に降り注ぎ、少し冷たくなった風が頬を撫でる。


 私たちが到着した時には、既に机とイスがセッティングされており、ライフォードさんがどうぞとイスを引いてくれた。

 梓さんは慣れた様子でそのイスに腰かけたが、私はバスケットだけ机に置き、もう少しだけ立って外を眺めることにした。


「でも、別に特別景色が良いわけでもなし。何が良くてこんなとこに入り浸っていたのかしらね、あの子」


 白の聖女、アリスちゃんの事だろう。


 梓さんの言う通り、この場は確かに王宮を一望できるが、近場が中庭になっているわけでも、城下町が見下ろせるわけでもなかった。

 景色を見るだけなら、もっと良い部屋があるのだろう。ただ――、彼女の思惑は、なんとなくだけど分かる気がした。


「うーん、多分ですけど、目当てはあそこじゃないでしょうか?」


 この部屋から一直線上にある、あの場所。

 周囲が分厚い壁に囲まれた、屋根も何もない、ただ土が盛ってあるあの場所こそ、彼女の目当てだと思った。


 見た目はローマにあるコロッセオに近い建物だ。ちょっと壁は低いけれど。


 その中で、小指大ほどの人々が切磋琢磨に剣技を磨いている。私は、周囲に指示を出しながら、斬りかかってくる部下たちをサクサクねじ伏せていくジークフリードさんの姿を発見し、身体を乗り出した。


「第三騎士団の方たちですよね。今訓練されているのって。ジークフリードさんがいらっしゃいますし!」

「え? どこどこ? ……あー、あの小指くらいの大きさの……えっと、どれがジークフリードさん?」


 私の隣にやってきた梓さんが、目を細めて凝視する。

 白の聖女様と出会ったとき、いたくジークフリードさんを気に入っている様子だった。

 少しでも長く推しの姿を見ていたい、という気持ちは少なからず分かる。彼女はきっと、ここからジークフリードさんを眺めていたのだろう。


「真ん中あたりの――あ、今、さっくり三人を無力化しました。うわぁ、すごいなぁ」

「いや、あの小ささでどうして分かるの!? 凛さんの方が凄いわよ!」

「目はそこそこ良いんです!」


 ふふん、と腰に手をやれば「そういう意味じゃないんだけど」と、ため息を漏らされた。


 でも、ジークフリードさんは騎士服もそうだけれど、目立つ髪色をしているので、すぐに分かると思う。そりゃあもう、コンマ一秒レベル見つけやすい。


「赤髪は珍しいですし、基本、城内で見かけるとすればジークフリードだけでしょう。ああ、あの真ん中の。なるほど、白の聖女はこれが目当てで」

「あんたもか! なんなの、ジークフリードさんを見つけられないあたしの方がおかしいっていうの!?」


 梓さんとは逆側。ライフォードさんも私の隣に立つと、「さすがジークフリード。良い動きです」と満足そうに頷いた。

 ブラコンは健在のようだ。


「まぁ、さすがにジークフリードがこちらに気付く事はないでしょう。離れていますし――」

「でも、こちらを向いているような……気のせいでしょうか?」


 訓練がひと段落ついたのか、ジークフリードさんは髪を掻き上げると、何かを探すように首を左右に振り、ふと空を見上げる。

 なんとなく、目があったような気がした。


「手を振ってみますね。ジークフリードさん、お疲れ様でーす!」


 私の髪色は特別珍しいものではない。

 見えたとしても、誰かまでの認識は出来ないだろう。せいぜい人がいる、程度。そもそも、顔を見上げたからと言って、私たちの方を向いているとは限らない。 


 だから、気付いてくれたら良いな、くらいの気持ちで、ぶんぶんと片手を振る。


 ――しかし。

 ジークフリードさんは、少し驚いたようにぴくりと肩を跳ねさせた後、剣を持っていない方の手――左手で大きく振り返してくれた。


「うっそ、振り返してるわ」

「え? あぁ、本当ですね。白の聖女だと思って――いたらあんな大振りはしないでしょうし。あれは確実にリンだと分かって手を振り返していますね。……どうして気付いたんだ?」


 梓さんとライフォードさんが、不思議そうに私とジークフリードさんを交互に見る。

 私は自信満々に「きっとあれですよ!」と人差し指を一本立てた。


「ジークフリードさんは、歩き方や体の動かし方、話す時のクセなんかで私だと分かるそうですし。今回の場合、手の振り方が私だったのかもしれません。護衛ってすごく対象を観察する仕事なんですね」

「は? いや、えっと、何? 手の振り……え?」

「……ジーク」


 梓さんが眉間に皺を寄せてライフォードさんのマントを引っ張れば、ライフォードさんも梓さんの手を引いて、私から少し距離を取った。


「ね、ねぇ、護衛ってそこまで把握してるものなの……?」

「いえ、普通できませんよ。さすがに。……ですが、その、言わないでやってください。きっと自覚なしですよ」

「いや、でも。ねぇ?」

「兄として、凝視注意とだけは言っておきます……」


 彼らはもう一度私の顔を見ると、二人揃ってため息をついた。




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