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65、ライフォードの執務室にて


 ダリウス王子と連れ立って現れた私に、混乱した様子のライフォードさんだったが、すぐにいつもの余裕綽綽といった笑みを張り付けて、私たちを中に招き入れてくれた。

 さすが女性が理想とする王子様。切り変えも早い。


 ライフォードさんの執務室は、彼の性格が良く出ていた。

 壁は落ち着いたクリーム色。机や本棚などの家具はシックな茶色で統一されており、床に敷かれた絨毯は白を基調に濃い赤や金色で繊細な刺繍が施されている。


 執務机の後ろには天井まで伸びた窓があり、室内に光を招き入れていた。とても居心地のよい空間だ。


「御足労、感謝いたします。どうぞ、おくつろぎください」


 ライフォードさんに促され室内に足を踏み入れると、入り口近くのソファに案内された。私は後ろのダリウス王子にお礼を言おうと振り返ったが、なぜかそのまま身体を押され、思わずソファに腰を落とす。


 そして、さも当然のように私の隣に腰掛けるダリウス王子。お帰りになるんじゃないのですか。普通にくつろぎ始めた王子にどうしたものかと眉を寄せる。

 でもソファは向かい側にもあるのに、なぜわざわざ私の隣に座るのだろうか。


 あまり近づき過ぎると不自然なので、少しだけ距離を取る。すると、移動した分きっちりと距離を詰めてきた。本当になんなの、一体。


「――ンンッ、ええと、ところで彼から報告を受けてから、随分と経っていますが、道中なにかありましたか?」


 ダリウス王子の様子に呆れつつ、ライフォードさんがちらりと私を見る。その瞳に、口に乗せた言葉以上の問いかけがあるような気がした。

 今、その姿での名前は何か――きっと、それだ。不用意にリンと呼ばないため、さっさと名前を教えなさいという事なのだろう。


 ならば王子に怪しまれないよう、自然と会話の流れで名前を伝えなければいけない。なかなか難易度の高いミッションだ。よし。私はライフォードさんを見つめ返し、小さく頷く。


「い、いやぁ、道に迷ってしまって。王子にお世話になったんです。リィン大失敗!」

「そ、そうでしたか。相変わらずですね、リィン」


 引きつった笑みでははは、と笑った後、彼は額に手を置いて「苦しすぎる」と呟いた。

 うう、やっぱりそうですよね。持てる全力を出したつもりだが、機転の効いた上手い返しなんて、そうそう思い付くものじゃない。これでも頑張った方なんです。

 自分で言っていて、かなり恥ずかしかったけれど。


「私はこれから彼女を聖女様の元までお連れしなければいけないのですが、王子はどうされますか?」

「聖女? ああ、黒の聖女か。お前の客ではなく、聖女の客だったんだな。……分かった」


 ダリウス王子はおもむろに立ち上がると、「邪魔をしたな、見送りはいらん」と出口へ向かう。途中、ふいと後ろを振り向いて私の名前を呼んだ。


「リィン。……またな」

「はい。あの、案内ありがとうございました」

「うん」


 ダリウス王子は満足げに微笑むと、扉に手を掛ける。


 途端、扉が自然と外側に開き、堰を切ったかのように男性が飛び込んできた。白を基調とした騎士服を着ている事から、第一騎士団の人間だと分かる。 


「ライフォード様ッ! ――あ、ダリウス王子! し、失礼いたしました!」

「騒がしいな。どうした」


 ライフォードさんの目が細まる。


「そ、それが、何やら羽が生えた異形の者が、ぐったりした人間を抱えて飛んでいると門番から報告があり、急ぎこちらへ! 敵意のほどはまだ分かりませんが、どうやら目的地は王宮らしく……」

「分かった。私が向かおう」


 執務室の椅子に掛けてあったマントをサッと羽織り、一瞬にして顔付きを変える。

 これが、ライフォードさんの仕事モードか。いつもの王子様然とした表情は消し去って、氷のような鋭い緊張感を纏わせる。


 黒い翼の生えた異形の者。

 もし敵対者なら大変な事態だと思うのだが、ライフォードさんもダリウス王子も取り乱した様子は一切なく、酷く冷静だ。くぐってきた場数が違う、という事なのだろうか。


「相手の特徴は?」

「はい。遠視の魔法で確認したところ、異形の者は漆黒の翼を生やしていますが、見た目は人間に近いそうです。短い黒髪に黒目の男。彼は両手で男を抱えており、不敵に笑いながら王宮へ向かっていると」

「……全身黒? まさかとは思うが、ぐったりしている人間とは新緑色の髪をした男では?」

「え? ええ、そう伝え聞いていますが……どうしてそれを……」

「いや、一つだけ心当たりがあっただけだ。問題ないと捨て置いても良いが……いや、やはり出向くだけ出向いておこう。何かあっては遅いからな」


 ふわりとマントをはためかせ、ライフォードさんは私に微笑みかけた。


「リィン。すみませんが、今しばらくここでお待ちください。すぐに終わらせて戻って参りますので」

「あ、いえ、お忙しいなら日を改めて……」

「鳥もどき一匹、墜落させるなら一瞬で済みますよ。すぐ戻ります」


 でも、と私が言葉を濁らせると、ライフォードさんはもう一度「すぐ戻ります」と力強く宣言した。

 本当に良いのだろうか。ご迷惑になるのなら別の日でも全く問題ないのですが。


 ハンバーガーくらい、いくらでも作れる。バスケットの中で大人しくしているガルラ様は、マル君に出会えれば満足してもらえるだろうし。


「あの――」

「ライフォード、この件は私が行こう」


 すると、入り口付近で事の成り行きを見守っていたダリウス王子が、さらりと割り込んできた。普段ならば絶対に提案しない事なのか、ライフォードさんの目が驚きに見開かれる。


「お前にはリィンを案内すると言う役目がある。大方、どこかの馬鹿みたく何らかの魔法を駆使しているだけだろう? 不審者の出迎えくらい、私で十分だ。あの馬鹿の相手をするのに比べれば、何倍もマシだ」


 馬鹿馬鹿と連呼しているが、あれきっとハロルドさんの事だ。

 王子ってばどれだけハロルドさんに辛酸を舐めさせられたのかしら。同情を禁じ得ない。


 でも、白の聖女の護衛をしていると言っても彼は王子。危険な場所へ率先して出て行っても良いのだろうか。


「何だよその眼、僕では力不足だとでも言いたいのか? ふん。言っておくけど、僕だって王子としての矜持がある。ライフォードやジークフリードまでとはいかないが、相応に訓練は積んでいるから大丈夫だ」


 リィン、と私の偽名を高らかに叫んで、ビシッと指を指してくる。


「後で門にいる衛兵に尋ねると良い。ダリウス王子は立派に務めを果たされましたと返ってくるはずだ! 良いか、ちゃんと聞くんだぞ!」


 王子はそう言うと、部屋に飛び込んできた騎士団の男性の手を引いて出て行ってしまった。

 でも王子、その状況で「立派に務めを果たされました」はちょっと縁起が悪すぎます。普通「見事な手腕」とか「冷静な対応」とかでしょう。


 殉職フラグを立てないでほしい。

 心配になるじゃない。


「大丈夫なのでしょうか……?」

「凄くやる気を出されているようですね……ええ、まぁ、喜ばしい事なのでしょうが、あなたの懸念も分かります。念のためうちの副官を向かわせましょう。少々お待ちくださいね」


 ライフォードさんは右腕の袖をまくると、腕に付けたブレスレットのようなものをくいと指で摘まんだ。中心にはエメラルドグリーンの石が取り付けてある。

 金色の鎖が彼の白い腕と石とをぐるぐるに縛り付けており、アクセサリーの類ではないと一発で分かった。ライフォードさんの趣味ではなさそうだもの。


 恐らくは魔石。

 彼の言葉からして、言葉を伝達する系統のものだろう。


 ハロルドさんから聞いた事がある。伝達系の魔石はものすごく貴重で、とても高価らしい。しかし、距離が離れすぎていると途切れ途切れにしか伝わらないので、便利だけれど手放しで絶賛できる代物ではないとかなんとか。

 近距離用のトランシーバーに近いのかな。


 まぁ、ハロルドさんなら転移魔法があるものね。そっちの方が便利なはずだ。


 ライフォードさんは、ブレスレットについている翡翠色の石に向かって何か指示を出すと、「お待たせしました」と軽く頭を下げた。


「我が団の副官を向かわせましたので、ご安心ください。彼はとても優秀ですので。まぁ、私の予想が正しければ立派な勤めとはいかないでしょうが……久しぶりに、怒鳴って走り回るのもよろしいでしょう」

「怒鳴って走り回る? 何の話です?」

「ハロルドの前職を知っていますか?」


 私は首を振って、「でも、王宮に勤めていたとは聞いています」と言った。


「……はぁ、いつまで隠し通すつもりなのか。いえ、話がそれましたね。実は王子とハロルドはとても仲が良くて、それはもう、毎日のように王子の怒号が飛び交いハロルドの逃走劇が繰り広げられていたくらいなのですよ」


 それは仲が良いと言うのでしょうか。

 どうやらライフォードさんにとって、彼ら二人のどたばたは、一種の見世物として映っていたようだ。ダリウス王子も苦労しているんですね。


 もっとも、ライフォードさんは極度のブラコン。

 ジークフリードさんを敵視しているダリウス王子を助ける気などさらさらなさそうだけれど。「ハロルド・ヒューイットォオオ!!」と叫ぶ王子の近くで「今日も平和ですねぇ」なんて呑気に紅茶をすすっている彼の図がありありと浮かんできて、私は苦笑した。


「でも、どうしてハロルドさんの話なんですか?」

「さぁ、どうしてだと思いますか?」


 質問を質問で返されてしまった。意地悪な人だ。

 私は今までの話の流れを思い返し――そして「あ」と声を出した。


 黒髪黒目の異形の者と、緑髪のぐったりしている男性。よくよく考えてみれば、あの二人に特徴がピッタリと合致するではないか。


「マル君とハロルドさん!」

「ご明察。そろそろこちらに戻ってくる頃合いですから、恐らく間違いないでしょう。さすがですね、リン。貴方のその聡明なところ、好きですよ」


 左手を胸に置き、右手を差し出された。

 金色のふわふわした髪が揺れ、コバルトブルーの瞳が鮮やかに私を捕らえる。本当に綺麗な顔をしている人だ。

 心に決めた推しがいる私ですら、ドキリとしてしまうのだから、まったく罪作りなお兄さんである。


「では、我々は聖女様の元へ参りましょうか」



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