7、煮込みハンバーグ
「じゃあリン、僕は混ぜたらいいかな?」
輝かんばかりの笑みで問いかけられ、私の思考は一時スリープモードに入った。
そうだった。ハロルドさんの料理は酷く雑だった。やる気が感じられるのは良い事だけれど、彼に主導権を握られてはかなわない。
材料も何も刻んでいないのに、「混ぜる」という選択肢が出てくるくらいだ。彼の頭の中の完成図は一体どんな姿をしているのだろう。
考えるのが怖い。
だって玉ねぎもあるのよ。肉と混ぜて焼いたらそれはもう、玉ねぎの丸焼き~ひき肉を添えて~になってしまう。ハンバーグもどきですらないわ。
「えーっと、では調理を始める前に質問です、ハロルド店長。私たちはどのように調理していくのがベストだと思いますか」
「はぁい。火傷防止効果がある食材をとりあえずぶちこみます」
「ダメです! それでは意味がありません!」
「えー……じゃあ最大効率になるよう、パーセンテージを気にしてぶちこむ?」
「……とりあえず、ぶちこむから離れてください」
頭が痛い。彼は脳筋なのかしら。
「でも、効率を考えたらぶちこむのが一番じゃない?」
「効率だけを求めるのでしたら、薬で良いと思いませんか? 味に頓着しないのなら、薬も料理も同じになります。むしろ、効果の面で負けています。完敗です」
市場から少し離れたところに薬屋があった。魔法という概念がある世界で、薬はどういった役割を果たしているのか。私は興味を持っていた。
そこで市場からの帰り、無理を言って薬屋に寄ってきたのである。端的に言えば敵情視察だ。
結果、わざわざ料理で効果を付与しなくとも、薬である程度まかなえる――という結論に至った。
体力の回復も魔力の回復も、火傷防止も氷結防止も、解毒薬だって薬屋に置いてあった。料理に出来る事なら、一通り薬でまかなえる。
では、料理で効果を付与する意味は?
私は考えた。料理と薬との違い。そして料理が勝っている点は何か。――そんなもの、たくさんあったわ。
一つ。薬には用法用量を守った使用が義務付けられている事。料理は胃袋と相談するだけ。一つ。材料の違いによる価格の違い。さすが薬なだけあってそこそこ値が張る。一つ。これが一番大事だ。美味しい事。心の栄養。それが料理である。
効率を求めるのなら薬学でも学べばいい。でもハロルドさんは料理にこだわった。料理ならではの利点を研究したいから、ではないのか。
「ハロルドさんは、劣化薬屋でも作りたいんですか?」
「違う。僕が作りたいのは薬じゃない。あれは既にある程度発展している。僕が研究しなくとも、勝手に成長していく――……そっか。そういう事か。リン、君は凄いね」
「本末転倒になっていたわけだね、僕は」ハロルドさんはそう言うと、静かに微笑んだ。普段の意地悪な笑みからかけ離れた姿に、目を瞬かせる。
「今日は全て君に任せよう。君が考える料理の力ってやつを、僕に教えてほしい」
「はい。料理の腕はまだまだ未熟ですが、普通に美味しいくらいのものなら作れます。出来たら一緒に食べましょうね!」
握り拳をつくってハロルドさんに差し出す。
ハロルドさんは一瞬、首を傾げたが、意味が分かったらしく拳を重ねてくれた。
「では、まず私は玉ねぎに取り掛かります。ハロルドさんは胡椒を挽いといてください。……あ、機材ってありますか?」
「うーん、薬研でもあったらいいんだろうけど。今回はすり鉢で代用してみよう」
調味料はハロルドさんに任せておいて大丈夫かな。この食堂にある機材について、ハロルドさん以上に詳しい人物などいやしない。
私は大量に買い込んだ玉ねぎの皮をむいて、手早くみじん切りにしていく。ただ、異世界においても玉ねぎは玉ねぎらしく、私の瞳をチクチク刺激してくる。
いつまで経ってもこの痛みには慣れない。
「リンできたよー、次はどうする?」
「じゃあ今切ったこれを炒めておいてください。飴色に……あーえっと、しんなりと薄茶色になるまでです。私はソースに入ります」
「別に言い直さなくとも伝わるようにしてあるけど……まぁ良いや。オーケーだよ」
ハロルドさんがとても協力的なので、初の共同料理ハンバーグはつつがなく完成していった。飴色になった玉ねぎを冷やした後、調味料やつなぎと共に合い挽き肉へと投入する。
具材が多すぎるとパーセンテージの管理が面倒になると言う、私の意見が通った結果だ。
牛肉も豚肉も体力回復の効果があるが、それに胡椒を加える事によって火傷防止の効果を付与させる。
ちなみに玉ねぎには、ほんの少しだけれど付与されている効果を増幅させる効果があった。
鉄板の上でジュワジュワと肉の焼ける音がする。飛び散る油。生肉のままだと特に匂いを感じる事は無いのだが、焼いたらどうだ。甘いような、香ばしいような、得も言われぬ匂いが部屋中に充満する。
もう十分美味しそうである。
でもこれだけでは終わらない。ソースにだってこだわりがある。そう、ソースのメインはトマト。これがまた火傷防止効果のある食材なのだ。
皮をむいたトマトをざく切りにして、炒めた玉ねぎとニンニクと一緒にフライパンで軽く混ぜる。その時に胡椒と塩などで軽く味付け。あとは煮込んで完成だ。
ソースが完成したら、その中に焼き目のついたハンバーグを投入。蒸し焼きにして中まで火を通す。
「というわけで、煮込みハンバーグの完成です!」
「本当の本当に完成? まだ焼いたり煮込んだりは……」
「しませんよ。これ以上はなにもありません。完成です」
料理の途中で「完成かい?」と聞いてくるハロルドさんに「まだです」と制する事数回。やっと完成したハンバーグを、彼はテキパキと盛り付けていく。よほど楽しみだったのだろう。
年上だと思うのだが、ハンバーグを前に破顔している様子を見ると、子供にしか見えない。私もつられて笑ってしまう。
早速食べてみよう。
ハロルドさんの期待に満ちたまなざしを受け、私は椅子に腰かける。ほんわかと湯気の上がるハンバーグからは、酸味と甘みの混ざった美味しそうな匂いがしている。
そんな時――食堂の扉が開いた。
「これは……とても腹に響く匂いがするな」
ジークフリードさんだ。