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幕間「調査と魔族サマ」前編



 薬貯蔵庫。


 氷のような滑らかさは無いものの、同等の冷気を含んだ壁を指先でなぞりながら、ハロルドはため息をついた。

 湿った空気が体にまとわり付いてくる。


 薄暗い室内。魔法で灯した火を掲げながら、彼は床に手を置いた。

 久しぶりに足を踏み入れた場所だが、特に変わりはなさそうだ。


 貯蔵庫と言うだけあって、様々な効能の薬がきっちり木箱に入れられて管理されている。しかし、良く使われる薬の棚は埃も少なく小綺麗に保たれているが、あまり使用頻度の高くない棚には、小さな蜘蛛の巣が張っていた。

 昔と変わらない。


「やっぱり駄目だね」


 ハロルドは、後ろでつまらなさそうに欠伸をこぼしているマルコシアスを見る。


 日数が経っている事もあり、魔力の痕跡を調べようにもかすかな残り香しか追えなかった。

 いくら天才ハロルド・ヒューイットとは言え、使われた魔法が何であるかまでは解析できない。分かったのは、魔法が使われた形跡があるという事だけ。


 ただ、この場には魔族様もいる。何か別の方向からアプローチできないものかと、後ろのマルコシアスに頼んでみる。

 彼は鼻をひくひくと動かして、「臭いな」と吐き捨てるように言った。


「臭い? ああ、薬がぶちまけられたからね。でも結構日数経ってるよ? まだ臭うの?」

「それくらいの日数で俺の鼻が誤魔化せるわけないだろう。……って、そうじゃない。同族の匂いがする、と言ったんだ」

「同族って……」


 魔族の匂いがする、という事か。

 予想外の答えにハロルドは目を瞬かせる。


「この敷地内に入った時から薄々と感じていたが、まぁ、普段は上手く誤魔化しているんだろうな。俺の鼻でも追えないくらいには。――けれど、変化した状態ではうまく隠せなかったようだ」


 人間が操る魔法――相手を錯覚させる幻術の類とは違い、魔族の変化は物理的に身体を弄くる術らしい。

 普段とは違う姿に擬態するには相応の精神力が必要となり、魔族の気配を完全には消すことが出来なかったのだろう、とマルコシアスは言った。


 マルコシアスは嘘をつかない。

 言いたくない事はのらりくらりと言葉巧みにはぐらかすが、嘘だけはつかない。そんな彼が言うのだから、間違いはないはずだが。


「これ、想像していたより面倒な事になってない?」

「ははは。頑張れ頑張れ!」

「他人事のように……」

「他人事だからな」


 ゆらりと怪しげに揺らめく緋色の瞳を睨みつけ、ハロルドは「やっぱり首を突っ込むんじゃなかったかも」と眉をひそめた。



* * * * * * *



「どうやらお前の策は上手くいったようだぞ、ハロルド」


 所かわって、昼下がりの城下町。


 空高く昇った太陽から隠れるように、ハロルドは薄暗い路地裏で膝をついていた。足元には半径一メートルはあろう巨大な魔法陣が展開されている。


 薬貯蔵庫の捜査は早々に打ち切った。

 代わりに、ジークフリードの部下である第三騎士団の面子から、銀髪の男が言い争っていたという場所を聞き出し、そちらも調べてみる事にしたのだ。


 王宮に魔族がいるだけならまだ良い。事件に関係なければ、まだ見過ごせる。しかし――この事件に関わっていたとなると、ただ犯人を見つけるだけで済むかどうか。


「何? 策って程の事はしてないつもりだけど?」

「ほら、見てみろ」


 マルコシアスはひょいとしゃがんで腰を下ろすと、手のひらを差し出してきた。その上には黒い球体が浮かんでいる。「へぇ、君って手の内あんまり見せてくれないから、珍しいね」ハロルドが人差し指で球体を突くと、表面が波打った。


「映像魔法みたいなものかな。人間が使うのとはまた違ったフォルムだ。興味深いね。後で――」


 色々教えてよ、と続けようとして言葉に詰まる。


 球体の表面がぐにゃりと揺れ、映し出された映像。

 そこにはリンとダリウスの姿があった。しかも、聞き及んでいた確執とは何のことやら、とばかりに談笑に興じているではないか。付け加えるなら、ダリウスの表情。どう見てもリンを気に入っているとしか思えないほど、優しげな眼差しをしていた。


 王城勤めをしていたハロルドですら、見た事のない穏やかな顔だ。いつも隙など見せまいと気を張っていた彼が、一体どうして。


「いやいや、僕はただ、王宮にも気軽に出入りできたら良いんじゃないかなって……もー、それなのにリンってばいつも斜め上をかっとんでいくんだから! 本当、人タラシの才能あるんじゃない? ってか絶対あるよ!」

「経験者の言葉は重みがあるな」

「あのね。君だって同じようなものでしょ? いわば同類だよ、同類」

「おいおい、俺は身体目当てだ。お前らとはまた違う」


 ハロルドは「言葉のチョイスが最悪」とマルコシアスを小突いた。リンの作る料理が好きだ、と素直に言えばいいものを。わざと怒らせるような言い方をしてくるのだから、タチが悪い。

 さすが魔族様だ。


「それで、どうする? 戻るか?」

「そうだね。ここにはもう、調べるものは何もない」


 マルコシアスの気配を参考にして、魔族の残滓を感知できるよう探索系魔法を弄ってみた結果、大当たりを引き当てた。いつもなら「さっすが僕、天才! こんな短時間でここまでの応用力、天才すぎて怖い!」などと軽口を叩いているところだが、状況が状況だけにそうも言ってはいられない。


 残念ながら、この事件に魔族が関わっている事は確定事項となった。

 古に滅んだとされている種族。

 それが、王宮にまで入り込んで中を引っ掻き回している。本格的に面倒な話になってきた。


 ハロルドは足についた砂やほこりを払うと、背伸びをして立ち上がる。


「はぁ、気が重いなぁ」

「ところで、ここまで俺を酷使したんだ。ご褒美は弾んでくれるんだろう?」

「はいはい、分かってるよ。リンに何か頼んでみる」


 幸か不幸か。レストランテ・ハロルドにも魔族様は居すわっているが、殊のほか善良だ。

 ハロルドは、唇を弧に歪めて不敵に微笑むマルコシアスを、横目でちらりと確認する。


 彼は片手で顎を支えつつ、もう一方の指先でくるくると黒い球体を回していた。

 立ち上がる気はないらしい。


 魔族への協力要請は、基本的に対価が必要だと古い文献に記してあった。

 善良とは言え彼も魔族。この件、マルコシアスの意志で付き合ってくれているわけではない。対価を要求してくるのは想定済みである。

 しかし、マルコシアスはやれやれとばかりに肩をすくめた。


「はぁ、天才が聞いて呆れるな。リンに頼まなければ何もできないのか? リンに頼むくらいなら俺でも出来る。ご主人様は呆れるほどに善良な人間だからな、俺の頼みでも断らないだろう。それじゃあご褒美にならない」

「えぇ、そういうもの?」

「当たり前だ。自力で手に入るものを強請ってどうする」


 そう言われれば、確かにその通りかもしれないが。ではどうしろというのか。ハロルドは眉間に皺を寄せる。

 しかし、とマルコシアスは続けた。


「リンのあの性格。ああいうのは、人間でも珍しい部類じゃないか? 傍で愛でるには良い鑑賞対象だがね。綺麗なものほど汚して傍に置きたいと思うのが魔族の常だが……ああ、いや、俺の性質の場合の間違いか。性根が綺麗な魔族もいるにはいる。少数だけどな。しかし、どうにもご主人様には堕落という言葉は似合わない。それより――」


 彼が球体を放り投げると、それは瞬時に霧散した。


 ぐいと前髪を掻き上げ、赤い瞳が玩具を吟味するかのように細まる。

 一体どのように隠していたのか。

 ぺろりと唇を舐める目の前の男からは、同性であっても魅入られてしまいそうなほど濃厚な色気が漂っていた。


 ジークフリードやライフォードの端然とした魅力とは違う、ずるずると沼に引きずり込んで沈めてしまいそうな。そんな、危険な雰囲気。端的に言うなら目の毒。まかり間違っても、子供を近づけてはいけない。


「君、そんな獲物を狩るような目でリンを見たらフッとばすからね」

「ふ、ははっ、堕落させるなら、お前の方が面白そうだとは常々思っているよ、ハロルド。どうだ? 少し人間の理から外れてみないか?」

「冗談」


 犬を追い払うように、シッシと手を振る。


「つれないな」



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