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60、フラグ



 王城で世話になっていた、とハロルドさんは言った。


 なるほど。なぜ閑古鳥の鳴く食堂の店長が、騎士団長たちと知り合いなのか常々疑問に思っていたが、それなら納得だ。


「あ、それと。その許可証はリンのだから」

「へ? わ、私の?」

「レストランテ・ハロルドとして、って言っただろう? 従業員であるリンの分もあるに決まっているじゃないか。それ、直接聖女様に持って行った方が驚かれるんじゃない?」


 このハンバーガー。確かに、転移魔法を使いライフォードさんの執務室経由で渡してもらう方法より、直接赴いた方が驚きも倍増だろう。

 ただ、私には王城に近づきたくない理由があった。


 そう、ダリウス王子の存在だ。


 第一印象は最悪の一言。彼の立場を考えれば仕方のない態度だったかもしれないが、出来る事ならば二度と出会いたくはない。いや、二度目の出会いは既に果たしてしまっているけれど。まぁ、それはそれ。


 顔を覚えられている事が分かった今、出来る限り彼に近づきたくはないのだ。


「騎士団の薬貯蔵庫。あそこね、鍵を持っているのは第一から第三までの騎士団長と、薬師連盟のトップであるダリウス王子だけなんだよね。僕の記憶が正しければ」


「それって……」


 「決まりじゃないですか」つい余計な言葉が出そうになって、慌てて口を塞ぐ。アランさんたち第三騎士団のメンバーが調べた証言と照らし合わせると、自ずと答えは一人に集約される。


 しかし――普段は気だるげな黄金色の瞳が、獲物を見つけたかのように爛々と輝いていた。表情から笑みが消えうせ、遠くを探るように目を細める。


 まるでハロルドさんではないみたいだ。誰か別の。そう、例えばガルラ火山で見た、ジークフリードさんの横顔に似ている気がした。

 いやいや。何を考えているんだ私は。そんなわけがないのに。


「あのね、ダリウス王子って馬鹿なんだよ」

「ちょ、ハロルドさん!?」


 前振りもなく投下された爆弾発言に、私は思わず周囲を見回した。窓の外に人影は無い。大丈夫だ。誰かに聞かれている心配はない。

 ホッと胸を撫で下ろす。


 いつになく真面目な表情で何を言い出すかと思えば、王子の悪口だなんて。心臓に悪い。


「ああ。猪突猛進で、自分の考え以外は受け付けないって方向の馬鹿なんだけどさ。誰かを操ってまで嫌がらせするような馬鹿じゃないんだよね」

「それって、どういう」

「ってなわけで、ライフォードとの約束があるから急ぐね! ついでにこれ、リンへのプレゼント。王城と言っても広いから、ダリウス王子と出会う事なんてほぼあり得ないと思うけど、念のため」


 テーブルに準備したハンバーガーを受け取り、代わりとばかりに一つの指輪を置いていく。鈍く光る銀色の輪の中心には、持ち主であるハロルドさんの瞳に似た、蜂蜜色の石がはまっていた。


「ちょっと待ってください、何ですか、これ!」

「うん? ちょっとした変装道具。魔力を込めれば髪の色と長さを変えられるくらいだけど、王子相手だったらそれで事足りるでしょ。ジークなら無理だけどね。いちおうリンの事ライフォードには伝えておくから、あいつの執務室に向かえば通してくれるはずだよ」

「いや、私行くとは一言も!」


 「じゃあマル君、出発だよ!」ハロルドさんは掛け声と共に、マル君の襟首を握ってぐいぐいと出て行ってしまった。

 店を出る前に素早く耳と尻尾を引っ込めるマル君の適応力はさすがの一言だが、私は一体どうすれば良いのだろうか。


 店内にぽつんと取り残され、私は指輪を見つめた。


「変装道具、かぁ。梓さんには会いたいけど、うーん……」


 髪の色と長さを変えられる指輪。私の癖や体の動かし方などを把握しているジークフリードさん相手では、意味をなさない変装だが、ダリウス王子ならいけるかもしれない。


 ハロルドさんも、王城は広いから滅多な事では会わないと言っていたし。もし見かけたとしても、別人のふりをしてサッとその場を離れれば良いだけだものね。


 いや、行くか行かないかはまだ決めていないけれど。


「まぁ、何事にも挑戦はしてみるものよね!」


 指輪を手に取り、小指にはめてみる。丁度良いサイズらしく、ぴったりと嵌ったそれに、私は魔力を込めた。


 中央にある蜂蜜色の石が淡く輝きだし、中から一つの光る珠が飛び出てきた。それはくるりくるりと私の周囲を回転したかと思うと、次の瞬間、ぱちんと弾けるように掻き消えた。


「完了かな。あれ?」


 自分の毛を一房、摘まんで引っ張ってみるが、変わった所は見当たらない。見慣れたいつもの長さ、いつもの色である。あのハロルドさんの用意したものが粗悪品の訳がないし、私の使い方が悪かったのだろうか。


『ふぅむ、変化の魔石か。また珍しいものを。しかし、リンよ。もう少し抑え目にしてはどうじゃ? リンならば少し銀寄りにした方が似合うて』

「うひゃぁ! ふぇ、フェニちゃん? じゃなくてガルラ様!?」


 ひょいと肩に乗ってきたのはフェニちゃん――もとい、いつの間にか同期を完了していたガルラ様だ。


『うむ。久しいな、リン。ようやく回復したので、暇をつぶしに来たぞ』

「お、お久しぶりです。元気そうで何よりです。ところで、あの、髪の色変わってます?」

『何を言うかと思えば。その魔石を使ったのじゃから変わっておるに……んん? 少し聞くが、お主まさか、高度な抗魔力でも持っているのか?』


 そういえば。マル君がうちの店に来襲した時、そんな事を言われた記憶がある。普段は黒に擬態している瞳を、私が赤としか認識できなかったのは、その抗魔力が高いためだとか。


『マルコシアス様の擬態すら欺けぬ瞳じゃと? リン、お主は一体……。いや、お主に問うたところで詮なきことじゃな。今問題視すべき点はお主が自分の姿を確かめられぬ、というただ一点じゃ』

「う。確かに! ど、どうしたら見えるようになりますか?」

『いや、マルコシアス様の魔力すら跳ね除ける抗魔力。妾とてどうする事も出来ぬ。それも、勝手に弾くのじゃろう?』


 はいと頷けば、『諦めるしかあるまい』と悲しい返事が返ってきた。


 ガルラ様の言葉から、私の髪色が金髪に変わっているらしいことは分かるのだが、目に見えないのでは確かめようがない。

 どうしよう。

 変装なのだから似合う似合わないに固執しても仕方がないのは理解できるが、これでも性別上は女だ。少しくらい見た目にも気を使いたい。


『そう悲観するものでもないぞ。何のために妾が傍に居ると思うておる』

「え?」

『妾に任せよ。お主に似合う髪にすれば良いのじゃろう? お安い御用じゃ』


 まるで胸を張るかのように、ばさりと紅の翼を羽ばたかせる。なんて心強い。

 自分で確認できない以上、ガルラ様にすべてお任せするしかない。私は彼女のくるりと丸い可愛らしい瞳を見つめ返し、よろしくお願いしますと伝えた。


 ――というわけで。


『ふむ。こんなものじゃな。この魔力パターンを記憶しておくが良いぞ、リン。さすればいつでもこの色、この長さが一瞬で再現されるはずじゃ』


 ガルラ様曰く、いろいろ試した結果、髪の色は灰色っぽいアッシュブロンド。長さは腰より少し上くらいになっているらしい。私を知っている人ですら、一瞬見た程度では私だと認識できないくらいには別人に見えるとか。


「ありがとうございます、ガルラ様。助かりました」

『よいよい。なかなか楽しかったぞ。ところでマルコシアス様は……その、どちらにいらっしゃるのじゃ? 先ほどから姿が見えぬが』

「ああ、それなら」


 騎士団の内情など詳しい話をしても仕方がない。わけあってハロルドさんに王城へ連れて行かれたと、軽く説明を入れる。

 しかし、私は忘れていた。ガルラ様は面倒見がよく優しい部分も多いが、ことマル君関連になれば、ネジが一本どころか二本くらい外れてしまう事を。


『うぬぬ。わざわざ疲れる同期までしたというに、ご尊顔も拝めぬとは。あり得ぬ。というわけでリン。妾も行くぞ、その王城とやらに。供をせよ』

「いや、でも私は……」

『供をせよ!』

「……はい」


 ここまで付き合わせておきながら断ることは出来ない。私は諦めにも似た境地でしぶしぶ頷いたのだった。

 どうかダリウス王子と会いませんように。


 これがフラグにならない事を祈って、私は王城へ出かける覚悟を決めた。



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