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58、君も大概頑固だな



 我が儘なお願いと聞いて警戒させてしまったのかもしれない。


 ライフォードさんは立場のある人だ。

 何でもと言われたが、本当に何でも叶えるわけにはいかないのだろう。小さく頭を下げて謝ってから「可能な限りで大丈夫ですので」と付け加える。


「いえ、そうではないのです。頼み事をするなら、てっきりジークフリードの方だとばかり思っていたので。……そうだろう? ジークフリード」

「な、なぜ俺にふる」

「自覚がないのか? リンが私を名指ししたとき、視線がとても痛かったぞ。まぁ、気持ちはわかる。リンが私に我が儘なお願いをする、と言ったのだからね。私に」


 コバルトブルーの瞳を悪戯に細め、ジークフリードさんの鎖骨辺りを軽くトントンと人差し指でつつく。そして唇を三日月形に歪め、余裕すら感じさせる笑みを零した。


「喧嘩は二度とごめんだといった口で、すぐさま喧嘩を売られた気がするのだが。気のせいか? 気のせいか?」

「ははは、心が狭いぞジーク。それで、私に頼みたいこととは何でしょう?」


 剣呑な雰囲気を背中に張り付けているジークフリードさんを尻目に、ライフォードさんは立ち上がって胸に手を置き、首を傾けた。柔らかそうな金髪が瞳の上を流れ、自信ありげな力強い瞳が私を見据える。


 何か勘違いをされている気もするが、お願いを口にすればすぐに解ける範囲の誤解だ。私はまっすぐに彼の瞳を見つめ返し、口を開いた。


「実は――第三騎士団の皆さんに、面談の許可を出してあげてほしいのです」

「はい?」


 澄み切ったブルーの瞳が困惑により揺らぐと同時に、第三騎士団のテーブルからざわめきが起こった。

 女性人気抜群のライフォードさんだが、そっち方面のお願いをするなら、私はジークフリードさん一択だ。実際は、恥ずかしすぎて口にすることは無いけれど。


「魔女様! これは魔女様への褒賞です。我々の事は我々で解決しますので、どうか!」


 勢いよく立ちあがったアランさんは、当惑よりも懇願を色濃く映した表情で私を見る。残りの二人も、彼の言葉にうんうんと深く頷いた。

 喉から手が出るほど欲している解決策だが、安易に乗ってこない辺り、彼らなりのプライドがあるのだろう。


 それでも――私はゆっくり首を振った。


「現状で満足している私に望みはありません。変なお願いをするよりも、有効に使っていただきたいのです。これで一歩でも解決に踏み出せるのなら、私も嬉しいですしね」

「し、しかし、ライフォード様にうちの団長ですよ? 何でも、などという言葉、どれだけの人間が欲しているか」


 確かに、公爵家の御子息で騎士団長という地位のあるお二人。なおかつ、どちらも女性が放っておかない程の美形ときたら、老若男女や地位すら問わず、お願いをしたい人間は沢山いるだろう。


 ただ、そんな人たちには、まかり間違っても「何でも」とは口にしないはずだ。私の性格を知っているからこそ出た言葉だと思う。

 何でもと言って無理難題を押し付けたり、彼らを利用して自分優位に事を運ばせたり、国家の機密に足を踏み入れたりはしない――と、信頼はされていたのだと思う。


「だから、これは本当に私の我が儘なのです。ライフォードさんへのお願いも、皆さんの意思を無視して勝手に事を進める事も。不要なら、ライフォードさんへそう言ってください。私の願いはそれだけですから」

「魔女様……」


 彼はノエルさん、ヤンさんと交互に視線を交わした後、キラキラとした真っ直ぐな瞳を向けてきた。どうやら意見は一致したようだ。「ご厚意、謹んでお受けいたします」実に晴れやかな表情で微笑まれる。


 良かった。内心断られたらどうしようか、とビクビクしていたのだ。役に立てたのなら、とても嬉しい。

 逆にライフォードさんはというと。


「我が儘、か。ええ、確かに一種の我が儘でしょう。間違いありません。ええ、ええ、勝手に期待した私が愚かだったのです……!」


 一気にテンションが落ちてテーブルに突っ伏していた。そして、隣にはそんな彼の肩を嬉々として叩くジークフリードさんの姿があった。


「実にリンらしいじゃないか! 相変わらずというか、何というか」

「お前はそれで良いのか、ジーク」

「む。そう言われると痛いな。結局のところ、また我が団がリンの世話になっただけのような気がするので、喜ばしいかと問われれば首を傾げざるを得ないが……で、お前はどうする気だ? ライフォード」

「騎士として、一度結んだ約束を違えは致しません。何でもと言った以上、叶えましょう。ただし、我々の監視下になりますがね。……君たちもそれで良いだろう?」


 ライフォードさんの言葉に、第三騎士団のメンバーは緊張した面持ちで頷いた。身内である彼らとの会話をどこまで信用するかは分からないが、私が口を出せる事でもない。後は、彼らに任せておこう。


「それでは団長、ライフォード様、聖女様、我々はお先に失礼いたします。魔女様と店の方も、ありがとうございました。また伺わせてもらいますね!」


 最初で最後のチャンスかもしれない。面談の内容を吟味したいと言って、第三騎士団の皆は一足早く店を出て行った。


 ちなみに御代だが。彼らが立ち上がると同時に素早くテーブルまで移動したマル君が、きっちり徴収していた。本当に優秀な従業員である。厨房の椅子に腰掛けてケラケラと笑っている店長は、見習ってほしいくらいだ。


「しかし納得がいきません。この私を好きにする権利といっても差し支えないものだったのですよ? 無欲にもほどがある。対価を払った気がいたしません」

「言い方! な、なんですか、す、すす好きにって……!」

「言葉通りですよ」


 さらりと、事もなげに言ってのけるライフォードさん。相変わらず自分の魅力に絶対的な自信がある人だなぁ、と冷静な頭で考える。さすがだ。


 まぁ、たまにおかしな言動――主にジークフリードさん関連だが――をしたり、利発そうに見えて脳筋だったりする部分も散見されるが、それらを除けば絵本から抜け出してきた理想の王子様そのものである。

 そんな人に「好きにする権利」なんて事を言われれば、動揺してしまうのも仕方がないだろう。

 私は火照る肌を冷まそうと、両手で頬をベチベチと叩いた。


 しかし、いくら納得がいかないと言われても、私は既に願いを口にした身。毅然とした態度で、もう願いはないと突っぱねる。


「むぅ、強情ですね」

「リンは頑固だぞ、ライフォード。いつも俺が折れる羽目になっている」


 ははは、と軽快に笑うジークフリードさん。自虐や呆れは一切感じさせない、爽やかな笑い声だった。赤褐色の瞳が慈しみを持って細められる。

 ドキリ、と心臓が跳ねた。全く。迷惑ばかりかけているというのに見限らず、包み込むような優しさで許容してくれる彼は、聖人君子か何かだろうか。


 「お前もよほど頑固だと思うのだが……」ライフォードさんはやれやれと肩をすくめた。


「放っておいてくれ。しかし対価、か。……確かに、そう考えると、ここで引き下がるわけにはいかないな。リン、俺は君には必ず礼を返すと誓った。良ければ、俺にも何か願いを口にしてくれると有難い。さすがにこれでは、面目が立たない」

「いえ、ですが私は……――あ、そうだ」


 これはつまり、ライフォードさんはライフォードさん、ジークフリードさんはジークフリードさんで、別々にお世話になったお礼をする、と言っているのか。

 それならば、彼の厚意を受け取るのに、私ではなくもっと適当な人物がいるではないか。


「では、ジークフリードさんの分はハロルドさんに!」


 私はさも名案のようにピ、と一つ差し指を伸ばして言う。

 急に話題を振られたハロルドさんは「え、僕?」と困惑した表情をしていたが、気にしない事にした。


「だって、今回の遠征が成功したのは、何も私だけの功績ではありません。ハロルドさんやマル君の助力だって、とても大きなものでした。なら、私だけお礼を受け取るわけにはいきませんよね?」

「それは……確かに……」


 間違った事は言っていないし、妥当な落としどころだと思う。そもそも、私だってお二人にはとてもお世話になっているのだから、先程のお願いで十分対価は頂いた。これ以上望むのは、それこそ本当に我が儘だ。


 ジークフリードさんはしばらく考え込んだ後、「分かった」と頷いた。


「ハロルドにも無理をさせたと聞いている。奴の場合、本当に何でもというわけにはいかないが、ある程度の願いならば喜んで引き受けよう。――が、それはそれとして、だ」


 「やはり君は頑固だな」立ち上がって傍まで来ると、彼は苦笑を交えた表情で私の額を人差し指でつんと突いた。そして「今はまだ借りておく。今は、な」と、吐息が触れ合う程の至近距離で微笑まれる。


 今ので全てチャラになったと言うか、むしろ補って余りあるほどのサービスを頂いた気がするのですが。

 しかし彼の破壊力で思考回路がショートしてしまった私は、首を縦に振る事しか出来なかった。



ハロルド「リン、ちょろい」

ライフォード「我弟ながらあざとい」

ジークフリード「?」

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