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49、報告会議? 後編



「どうやら、よほどガルラに気に入られたようだな」

「いやいやいや気に入られている、なんてレベルじゃないでしょそれ!?」


 両手でテーブルを叩き、反動で身体を起き上らせるハロルドさん。


「あのね。リンは知らないだろうから教えてあげるけど、それ凄いことなんだよ? 僕が遠くから魔法を操作しているのとは訳が違う。例えるなら自分の魂を切り離して貸し与えているようなもの。だから自分自身の力は弱まるし、攻撃されると本体にダメージがいく。この意味わかるよね?」


 魂を切り離す。自分自身の力は弱まる。攻撃されると本体にダメージがいく。――私はガルラ様から何も聞いていなかったので、危険な言葉のオンパレードに慌ててフェニちゃんの方を向いた。ガルラ様との約束で、二人が同期中だとは口が裂けても言えないのだ。

 私は「ガルラ様」と開きかけた唇を閉じ、じっとフェニちゃんを見つめる。


 しかし予想に反して、彼女は問題ないとでも言いたげにキュイと鳴いた。翻訳魔法が発動したのか、『誰に問うておる?』と言っていることが分かった。

 ハロルドさんの形相から、大変な預かりものをしてしまったのかと狼狽えたが、意外にも当の本人は問題にすらしていないようである。


 寿命が違うと魂の重要さも違うのかしら。


「分身か。なら、俺の分身も付けておくか。ほら、持っていけ。影を使って立体物を作るくらいしか出来ないが、上手くやれば攻撃手段にもなるぞ」


 「飴でもどうだ?」というレベルの気楽さで、自身の影からコロンと丸い子犬――マル君の正体からして狼なのかもしれないが――を引っ張り出し、私に投げて寄越した。

 いくら魔力の塊とは言え、見た目は子犬。私は落とすまいと必死でその子をキャッチする。


 ガルラ様といい、マル君といい。気軽に大事な分身を預けようとしないでほしい。いや、傷つけたり無理な命令を行使しようとは思わないけれど、こっちの心労も考えてほしい。


「私に拒否権は?」

「ないに決まっているだろう。タダなんだ。もらっておけ」

「もらっておけって、そんなモノみたいに……はぁ、わかりましたよ」


 子犬――黒柴に近い見た目をしているが、眉と口元に白い毛が生えている以外は全て漆黒。うるんだ真ん丸の瞳すらも真っ黒で、鏡のように私の顔を映していた。

 彼は短い腕を必死に伸ばしてぺちぺちと私の鼻頭を叩くと、満足したのか空気に溶けるように姿を消した。


 「可愛いッ」うずくまって喉から言葉を絞り出す。何なの、この子は。マル君の分身とは思えぬ可愛さだった。癒し力が半端ない。

 ちなみに肩に乗っていたはずのフェニちゃんも、なぜか床に転がって震えていたので私と同じ気持ちなのだろう。


「ガルラ火山のような制限のある場所には連れていけないだろうから、その場合は店に置いておくと良い。鳥も同じだ。常に身につけて歩く必要はないぞ」

「僕の中の価値観が音を立てて崩れていくんだけど……。これだから魔族様は……」

「なんだ? お前も欲しいのか?」

「いらないよ!!」


 「もう馬鹿じゃないの。常識って何だよ……」もう一度テーブルに倒れ伏すハロルドさん。

 出会った当初は飄々として掴みどころのない自由人だったのに、彼を上回る自由人が現れたせいで最近はもっぱらツッコミに回っている気がする。

 これはこれでちょっと面白いから、助け舟は出さないでおこう。


「あ、マル君。あの子の能力、影で立体物を作れるって言いましたけど、鍋とかフライパンとか作れたりします?」

「うん? そうだな、作れるのは作れるが、そのまま使うのはお勧めしないぞ。浄化の膜でも張れれば問題なく使えると思うが……」

「浄化の膜?」

「ああ。聖女サマならできるはずだ」


 つまり梓さんが傍にいれば調理機材として使用しても問題ない、という事か。また梓さんに頼んで実験させてもらおうかな。


 報告を始める前に、右へ左へ話が脱線していく。

 自由人が集まるレストランテ・ハロルドの面々らしいが、さすがにガルラ様を待たせ過ぎている。ガルラ様と同期中のフェニちゃんは、キュキュイと呆れたように鳴いた。

 すみません。そろそろ本題に入ろうと思います。


「あー、えっと、ガルラ火山遠征についての報告とかしておこうと思うんですけど、二人とも今からでも大丈夫ですか?」


 私の問いかけに、マル君は面倒くさそうに、ハロルドさんは疲れ切った表情で頷いてくれた。


 

* * * * * * *



 報告と言っても、全ての事柄を事細かく伝える必要はない。山に登る辛さ苦しさなどは軽めに、魔物や結界の状況などは詳細に言葉にする事にした。


 私の苦楽などは酒のつまみ程度にしかならないが、ガルラ火山の実情は情報の宝庫だ。ただし、ジークフリードさんに変装がバレた時の事だけは二人とも食いついてきたので、少しだけ詳しく話した。


 最初は面白おかしく聞いていた彼らだったが、最終的に「いやいや、ジークそれ……うわぁ……」「なんなんだ、その男……」と遠い目をしながら、二人揃ってため息をついていたのが印象的だった。

 別に可笑しな話はしていないつもりなのだけれど。謎である。


 もちろん、最大のミッションである「ガルラ様は、洞窟の討伐にも協力してくれる優しさと、魔物を容赦なく屠る力強さを持ち合わせた素敵な星獣様だった」といった内容も違和感なく話題に滑り込ませられたと思う。

 マル君からは「そうか」という淡泊な反応しか返ってこなかったが、ガルラ様としては想定の範囲内だったらしい。満足げに私の肩で羽を休めている。


「――以上です。ご静聴ありがとうございました!」

「魔物の弱体化、か。それは盲点だったかも。確かに、言われてみれば納得できる点も多い。魔物が総じて強力になって結界を破ったのなら、マーナガルムの森で出会った魔物以上に強力な魔物が外を徘徊していてもおかしくなかった。けど、僕たちはそれらには出会わなかったし、森の外へそれらが出る気配もない」


 結界の強度は二段階に分かれている場合が多いとハロルドさんは言った。

 彼はテーブルの上に紙を敷き、大きな二重丸を描く。例えば二重丸の内側。これが強度の高い結界だ。強力な魔物を封じ込める代わりに、星獣が解かなければ出る事も入る事も出来ない。


 そして外側の円。これはマーナガルムならマーナガルムの森全体。ガルラならガルラ火山全体をカバーしている結界だ。弱い魔物しか閉じ込められないが、人間の出入りは自由となっている。


 ――つまり星獣様付近の強力な結界を突破できる魔物が、全体を覆う微弱な結界を突破できないはずがないのだ。強力な魔物が外に出ていたら、近くの町などに被害が及んでいたはず。


「ねぇ、マル君。魔物が弱体化する理由に心当たり、ある?」

「……リン、ガルラは何と言っていた?」


 人差し指でテーブルをトントン叩く。苛立っている、というよりかは思案している、といった風だ。言うべきか否か、悩んでいるのかも。


「人間は時に魔族よりも非情になれる。だから教えない。知りたければ自分で解いてみろ、と言っていました」

「なるほど」


 マル君は私の肩からフェニちゃんを掴みあげると、自分の手のひらに置き親指の腹で優しく頭を撫でた。これ、ダメなやつじゃないですよね。山、噴火しないですよね。


「良い子だ。俺もその意見には賛成だな。臆病で傲慢な人間は世界の利害など考えちゃいない」

「世界の利害……?」


 マル君の意味深な発言にハロルドさんの眉間にシワが寄る。しかし、今の私はそれどころではなかった。

 わが生涯に一片の悔いなし、みたいな表情で微笑んでいますけど、大丈夫なのですかガルラ様。

 急いでマル君の手から彼女の奪還を試みるが、時既に遅し。


「解いてみろ、人間。この問題は案外、世界の根幹に関わるかもだぞ?」

「へぇ、僕に挑戦状? 良いね、そういうの。好きだよ。大好きだ」

「ああ。俺も生意気な台詞は大好きだぞ、ハロルド」


 男たちが火花を散らす。

 そして彼らの背景効果ばりに光の粒子となってサラサラと空気中に融けていくフェニちゃん。どんな状況ですか、これ。


 結局、私の報告会はこれにてお開きとなった。

 心配していたフェニちゃんは、どうやらガルラ様の同期が外れただけで別段問題はないみたい。今は私の部屋でマル君の分身――安直ながらクロ君と名づけた――と一緒にじゃれ合っている。


 こうして私の初遠征デリバリーは、二匹の可愛い仲間を手に入れて終了したのだった。



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