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48、報告会議? 前編



 早朝。外はまだ薄暗い。


 私はノエルさんの背からひょいと顔を出して前方を見据えた。前を走る馬と団員たちの隙間から王都の門が見える。

 精巧なツタの金細工が印象的な巨大な白い門。あれをくぐれば私はリンゾウからリンに戻る。


 上りは本当に暑さと魔物で大変だったけれど、下りはガルラ様の計らいでとても楽に下りる事が出来た。

 討伐によって魔物が減った事もあり、騎士団が山を離れるまで限定ではあるが、結界の強度を下げてくれたのだ。おかげで熱さが抑えられ、行きとは比べ物にならないくらいスムーズに下山できた。有難い。


 こうしてガルラ火山遠征はつつがなく終了し、私たちは無事王都に到着した。


 基本、王都まで戻ると解散なのだが、私を除く第三騎士団のメンバーは全員一度城に戻るらしい。なんでも馬を繋いでこなければいけないから、だとか。

 私はノエルさんに背に乗せてもらっていたので、一足先に解散という運びとなった。


「俺は報告もあるので残念ながら付き添えないが、ノエルに送らせよう。あいつの馬は俺が引き受ける」

「僕なら構いませんが……僕で良いですか? リンゾウ君」

「いえいえ滅相もない!」


 ジークフリードさん、ノエルさんの提案に、私は首を横に振って断る。

 ノエルさんも疲れているだろうし、子供ではないのだから一人で帰れる。――などという建前で誤魔化したが、レストランテ・ハロルドにまでついて来られてはマズい、というのが一番の理由だ。


 私が魔女本人だとバレてしまうではないか。せっかく仲良くなれたのに、人間を飼っているヤバイ女だと思われるのだけは避けたい。切実に。


 そんなこんなで、私は今、一人でレストランテ・ハロルドの前に立っていた。


 心の奥底がじんわりと温かくなる。

 郷愁の念を覚えるほど長く住んでいるわけではないが、やっと帰って来られたんだなぁ、と感じるくらいには愛着のある店だ。第二の実家、みたいなものだろうか。


「ただ今戻りました!」


 扉を開けると、チリンと涼やかな音が鳴った。

 店内にてくつろいでいたマル君は、分かっていたぞとばかりに唇を弧の形に歪める。そういえばブレスレット兼GPSを持たされていたのだった。


「お帰り」

「あれ? マル君だけですか?」

「お前が帰ってくるまで意地でも起きている、と言っていたんだが、睡魔には勝てなかったらしい。つい先程ぶっ倒れたんで寝室まで運んでやったところだ」


 愉快そうに笑うマル君の表情から、ハロルドさんがどういった状況だったのか容易に想像できた。全く、ハロルドさんってば。無理をしなくても良いのに。


「あの、今回二人には本当にお世話になったので、何かお礼を――」

「そういうのは明日以降で良い。お前も疲れているだろうから、さっさと休め。頭も体もさっぱりスッキリさせてから話を聞く。それで良いだろう?」

「……そうですね。確かにちょっと頭回らないかも。ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 今日一日、私もハロルドさんもベッドから動けないので、店は臨時休業という形をとらざるを得ないだろう。さすがにマル君一人に店の切盛りを任せるわけにはいない。


 貼り紙とか用意しておくべきかな。

 そんな事を考えていたら「お前たち二人はゆっくり休むべきだ」とマル君に怒られた。私の考えなどお見通しか。

 どうやら、お客様への諸々の説明などはマル君が一手に引き受けてくれるらしい。本当、なんだかんだ言って優しい魔族様である。ガルラ様の気持ちがちょっとだけ分かったかも。


 鎧と騎士服を脱ぎ、ハロルドさんに無理を言って作ってもらった風呂場――最近ではマル君もお気に入りだそうだ――で身体をサッパリさせてから布団にダイブする。


 魔力切れで疲れているのに使ってもいいのだろうか。

 不安になってマル君に尋ねると、「もう沸かしてある。というか、そのせいでギリギリのラインを越えたんじゃないか?」との事だった。ハロルドさんには本当に無茶をさせてしまったと思う。


 お礼を――そう、お礼を何か考えなくてはいけないのだが、今日はもう駄目かもしれない。

 ふわふわと温かい布団に包まれると、急激に思考が鈍っていくのが分かる。私ってばちゃんと疲れていたんだな。ジークフリードさんの前では、心配させまいと肩肘を張っていたものね。


 一度目を瞑ると、再び瞼を開ける事が出来ない。ああ、眠い。とても眠い。

 そうして私は、徐々に眠りに落ちていった。


 

 * * * * * * *



 目が覚めたとき辺り一面真っ暗で、まだ瞼を閉じたままだったかと一瞬混乱した。どうやらぐっすりと眠りすぎて夜になっていたみたいだ。

 窓の外から微かに差し込む月明かりだけが、唯一の光源だった。


 このまま朝まで眠ってしまっても良いのだが、喉が渇いたので私はカーテンを閉めてから一階に下りる事にした。

 漏れ出る明りと喋り声から、店の方にはハロルドさんとマル君がいると分かる。丁度いい。ガルラ火山の報告をしようと思っていたところだ。


「ではおいで、フェニちゃん」


 名前を呼ぶと、夜の闇からじんわりと溶け出すかのように炎が一つ、現れた。それは徐々に形を変え、鳥の姿へと変貌する。

 まるで小さな不死鳥。フェニックスのようだ。よってフェニちゃんと名付けた。安直だと思うが、私のネーミングセンスなんてそんなものだ。


 この子はガルラ様から預かった彼女の分身。さあ下山だ、という時に腕を掴まれ、そっと肩に乗せられた。


「リンゾウ。おぬしには特別にこやつをやろう。妾の魔力で編んだ鳥じゃ。名前を好きにつけるがよい。普段は空気に溶け込んでおるが、呼べば実体化し、おぬしの役に立つであろう。妾との通信も可能じゃ。もう一度言うぞ、妾との、通信も、可能じゃ!」


 ――といった具合に軽い説明を受け、強制的に押し付けられたのがフェニちゃんだった。拒否権はなかった。


 言葉が進むにつれ表情と声色に熱が籠りだしたので、重要なのは通信が可能という点なのだろう。

 分かっております。マル君にちゃんと報告できたか聞きたい。あわよくば、どんな風な反応をするか知りたい、という事ですね。了解です。


 ちなみに「まぁ、妾の分身じゃし? 炎ならかるーく操れるぞ」とのこと。凄いぞフェニちゃん。


「ガルラ様、そろそろ報告に向かおうと思っています」


 フェニちゃんにそう声をかけると、彼女は「キュイ」と鳴いた。多分、了解したとかそんな感じで頷いてくれたのだろう。

 いくら翻訳チートな魔法がかかっていても、動物にカテゴライズされているモノには効かないようだ。


『ふぇに? と名付けたのじゃな。お主の考える名はリンゾウと良い、不思議な響きをしておるな』


 フェニちゃんから聞こえてくるガルラ様の声。どうやら同期が完了したらしい。

 フェニちゃんはガルラ様の分身と言えど、一度切り離した状態だ。それを同期することによって、フェニちゃんを通して周囲の様子を知り、声を発することができる。同期後はガルラ様と同一でもあるので、「キュイキュイ」と鳴いていても言葉に変換されるみたい。


「驚かないんですね、私のこと」

『妾を誰だと思うておる。おぬしがおなごである事くらい、最初から分かっておったわ。しかし、顔を見るのははじめてじゃな。うむ、覚えたぞ 、リン』


 お前は誰だ 、とか。リンゾウはどうした、とか。説明が必要かな、と思っていたから驚きだ。さすが星獣様。

 でもどうして名前まで――と少し考え、そういえば慌てたジークフリードさんが一度だけ私を「リン」と呼んでいた事を思い出す。


 自分の感情に素直な直情型乙女なガルラ様だが、観察すべきところや失言などは見逃さない聡明さも持ち合わせているらしい。凄い。私もガルラ様や梓さんみたいに格好よくなりたいものだ。


『同期は意外と疲れるのじゃ、急ぐぞ!』

「了解です」

 

 ガルラ様に急かされるまま、さっさと階段を降りていく。

 一階の食堂には、ハロルドさんとマル君が向かい合ってテーブルに座っていた。帰って来た時のマル君の反応から思ったんだけれど、あの二人、私がいない間に随分と仲良くなったみたい。

 冗談を言って笑い合っている二人を見て、なんだか嬉しくなった。


「おはよう……にはちょっと遅すぎますよね。こんばんは」

「リン、起きたんだね。でも僕も今起きたところだから、おかしくはないかも」

「あはは! じゃあおはようございます!」

「うん、おはよう。お互いぐっすり眠ったものだね」


 金色の瞳が、柔らかく細まった。

 久し振りに会うハロルドさんは、少し目の下に隈ができているような気もするけれど、思っていたよりも元気そうで安心した。近づいて二の腕をつかみ、全身をチェックする。うん。大丈夫。


「ちゃんとご飯は食べていたみたいですね。偉い偉い!」

「もう、リンまで何。この世話焼き魔族サマが律儀にご飯作って、あまつさえ食欲のない日も無理やり押し込んでくれたおかげで元気ですよー、全く」


 拗ねたようにそっぽを向くハロルドさん。

 この人、面倒になったらご飯くらい抜いても問題ない考えの人だから、ちょっと心配してたのだ。マル君ナイス。グッジョブです。


 ちなみに私の肩に乗っているフェニちゃん兼ガルラ様から『手料理……マルコシアス様の手料理……』と、怨嗟のこもった声がボソボソと耳に届いてきたが、聞こえないふりをしておいた。

 これはツッコんではいけないやつだ。下手をすると飛び火する。ガルラ様だけに。


「ところで、リン。君の肩に乗ってるそれは? また変なものを拾って来たんじゃ……いや、この魔力量に形……いやいやいやまさかね。いくらリンでも、そんな事……」

「すみません、紹介が遅れましたね。この子はガルラ様の分身みたいなものです。名前をフェニちゃんです!」

「何て?」

「フェニちゃんです!」

「そっちじゃなくて! ってリンに言ってもダメか! 本当に君は僕の想像の斜め上をかっとんでいくなーもう!」


 私、何か変な事でも言ったのだろうか。

ハロルドさんは頭をぐしゃぐしゃと掻き回した後、疲れきったように机に突っ伏した。



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