44、明日に備えて
「ところで、何故リンゾウ君が料理を?」
「……え?」
みじん切りにした材料をトマト煮とは別の鍋で炒め、ぱらぱらと塩を入れる。そんな時。ノエルさんが不思議そうな顔で私に問いかけてきた。
確かにそうだ。見習いとはいえ第一騎士団は貴族の集まり。リンゾウが料理をしているこの状況は異様である。
リンゾウが騎士団見習いですらないと知っているのは、ジークフリードさんとノエルさんだけ。つまり、他の団員たちに怪しまれないよう上手く誤魔化せ、と暗に言われているのだろう。
「ええと、僕は貴族と言っても辺境の五男で、自由に育てられたものですから……」
「料理に興味が?」
「はい。そ、それで王都に来て魔女サマを知って!」
「うん。納得したよ。他の団員たちも多分ね」
良かった。ほっと胸を撫で下ろす。しかし、ノエルさんの追求はそれだけにとどまらなかった。「魔女サマの協力はドリンクだけなのかな?」と、ふわりとした笑顔で尋ねてくる。
今、レストランテ・ハロルドはハロルドさんとマル君のみで回っている。魔女こと私は体調不良で寝込んでいるという設定だ。
私は頷き、設定の齟齬がおきないよう、それっぽい理由をくっ付けながら魔女サマから防炎のレシピを貰っていると説明した。
「……なるほど。これで良いかな?」
ノエルさんは団員の様子をぐるりと一周確認してから、満足げに息を吐く。どうやら団員たちが疑問に思っている事を彼が全て代弁してくれていたらしい。
前衛で皆の盾となり剣となって道を切り開くのが団長なら、全体を見渡して問題がおきそうな所を上手くフォローしていくのが副団長だ。バランスの良い団である。
「ありがとうございます、ノエルさん。詰めが甘くて済みません」
「いや、君は理解が早いから助かるよ。回答も的確だし、さすが団長たちから信頼されているだけある。……では、僕も手伝おう」
「ノエル。体調は良いのか?」
ぐるぐるとトマト煮の鍋を掻き混ぜていたジークフリードさんが、一旦手を止める。ノエルさんは頬を伝って流れてきた汗を、ぐいと乱雑に拭った。
「手を止めさせてしまった分、お手伝いいたします。暑くて怠いと言うのなら皆同じ。なら、団長ばかりこき使うというのも変な話でしょう?」
「確かに、そうですよね……。ではよろしくお願いします」
いくらジークフリードさんが協力的だとしても、一番に頼ってしまっては団員さんたちの面目に関わってくる。彼らだって十分優秀だ。今は非常事態だから仕方ないにしても、一言「団長をお借りします」くらいは言っておいた方が良かったのかもしれない。
「リンゾウ君、僕は何をすればいい?」
さて、どうしようかな。
後はもう炒めた材料とトマト煮、水――ではなくお湯を合わせて煮込むだけだ。量が量だけに鍋はとてつもなく重たいので、男性の手が増えるのならば有難い話である。
「では、鍋を持ってもらえますか?」
「鍋? ああ、これは重いね。団長に頼るのも納得だ……よっと」
はたから見れば団長と副団長を顎で使う騎士見習い、という酷い図になってしまっているが、まぁ、気にしては負けだ。とりあえずさっさとスープを作ってしまって、皆に飲んでもらおう。
トマト煮、お湯、具材、全てをグツグツと煮込んだ後、隠し味としてナチュラルビーの蜜を入れる。効果時間延長とトマトの酸味を抑える役割だ。パーセンテージの管理を間違えれば大変な事になるので、念のため味見をしておく。
うん、大丈夫そうだ。ミネストローネ完成である。
「みなさん、出来たので、コップの準備だけお願いします。快適とまではいきませんが、多少はマシになるはずです」
防炎効果と火の加護。ドリンクを作った時は同じようなものだと思っていたが、体感温度を下げるという意味では大きく違うと最近気付いた。
炎で怪我を負わない状態にするより、暑さを抑える事の方が難しいのである。
防炎効果は戦闘時や日焼けなどの火傷防止に効果的だが、ガルラ火山ほどの灼熱の気温だと快適には過ごせない。炎の中に手を突っ込んだら、怪我はしないけれど熱さはそこそこ感じるレベル、といったら分かりやすいかな。
イチゴのパーセンテージを小数点以下第1位まできっちり管理して、ようやく加護レベルまで引き上げる事ができるのだ。だから、このミネストローネにはドリンクほどの効果は無い。
私はジークフリードさんノエルさんに頼んで鍋を運んでもらい、団員さん一人一人にスープを注いでいく。
「魔女サマ……が作ったんじゃねぇンだよなぁ……?」
「すみません、僕です。でもレシピ通りに作ったので、効果は間違いないと思います」
「ん。そうか、悪ぃな、リンゾウ……ん、うまい……! もういっぱ――」
ヤンさんはそれだけ言い残すと、バタリと地面に倒れ伏した。暑さで随分と体力をやられているらしい。
昼間は薬とドリンクを合わせて何とか凌いでいるが、常にと言うわけではない。今まで眠れなかったのは暑さのせいだ。それが多少なりともマシになれば、こうやって倒れるのも無理はないのかもしれない。そう思うと、ドリンクの加護のある私は除いて、料理の手伝いをしてくれている二人の胆力は凄いと思う。
ただ、スープを配り歩くたびに「うま」の一言を残して皆が倒れていくので、悪役にでもなった気分だ。ここが城下町ならば変な噂の一つや二つ、息を吸うようにくっ付いてきそうである。食べただけで騎士団を倒す魔女の料理とか、洒落にならないわ。
そんな中、意地でも倒れまいと踏ん張って二杯目以降を要求してくる人がいた。アランさんである。
「僕はッ、絶対にッ、魔女様のスープを満足するまで飲むんだッ! リンゾウ!」
「は、はい。無理はしないように……」
彼は無言で三杯要求し、そして満足したかのように微笑んでパタリと倒れた。最後に「魔女様、感謝します……」と言い残して。
アランさんの中で魔女様ってどんな存在になっているのだろう。魔女なんて言われているけれど、中身は至って普通の人間だ。聖女様と違って神聖視するような人物でもないので、とても申し訳ない気持ちになる。いつか機会があったら誤解を解きたいものだ。
「では、俺たちも貰っていいか?」
ジークフリードさんの言葉に「もちろんです」と頷く。手伝ってもらいながら最後になってしまったので、二人には謝りながらコップにスープを注いだ。
まだ熱いので息を吹きかけ冷ましてから口を突ける。良かった。ちゃんと美味しくできているわ。トマトの酸味が口いっぱいに広がったかと思うと、野菜やベーコンから出た旨味がぎゅっと押し寄せてくる。
私の場合、ドリンクの加護の方が効果が高いので上書きはされないけれど、ジークフリードさんやノエルさんの顔色を見る限り、それなりに暑さは抑えられたみたいだ。
「厳しいのか充実しているのか、わからん遠征だな、今回は」
「そうですね。少なくとも食事の面ではこれ以上なく充実してしますね」
二人は笑いながらコップを床に置いた。彼らと私はまだ見張りの仕事が残っている。
ナチュラルビーの蜜を入れたので二時間ほどは持つと思うけれど、それ以後は寝苦しい夜になるかもしれない。出来る限りの休息は取りつつ、仕事はきっちりとこなさなければ。
でもやっと折り返し地点だ。明日さえ乗り切れば、すべてうまくいく。
ここまでくれば後はいつも通り。問題なくガルラ火山の調査は終わるはずだ――この時の私は、そう思っていた。