43、真面目なジークフリードさん
明日には火口へと辿り着き、星獣ガルラとご対面になるだろう。
この遠征、結界の調査はもちろんの事、山に蔓延る魔物の討伐も目標に定められている。よって、結界からはみ出る魔物だけではなく、ガルラに危害が及ばぬよう火口付近の強力な魔物も討伐対象となっていた。
出来る事ならば盤石な体制で挑みたい。そう思うのは当然なのだが、私たちは今、かつてない危機に陥っていた。
――暑さである。
夜になると火の勢いは落ち涼しくなる、と想定していたのに、微々たる変化しか感じられないのだ。まさに灼熱。暑すぎる。ドリンクの加護がある私以外は、皆一様にぐったりと地面に横たわっていた。
「くっ……、想定外だ。いつもよりかなり暑いぞ、これ……」
ジークフリードさんですら、ぐしゃぐしゃと頭を掻いて荒い息を零す。困った。今までの経験から薬の準備も、ドリンクの準備すら予定に入れていない。
薬とは違い、ドリンクだったら量産できるのではないか、と思いがちだが、メインとなる食材が邪魔をしていた。イチゴである。
市場で聞いた話だが、今の時期は少し旬からズレていて、普通なら店頭に並ぶはずのない食材なのだそうだ。
しかし、数年前から魔法を駆使して様々な食材を年中栽培する魔法使い様が現れたらしく、安定供給とまではいかないものの、時期を気にせず買えるようにはなったみたい。当然、その分少しだけ値段は高い。
レストランテ・ハロルドではイチゴの使用量を減らして効果を抑え、安価になるよう努力をしている。ただ、今回は全て騎士団が持ってくれるそうなので、イチゴを買い占め全力のドリンクを作る事が出来た。
残念ながら、それでも万全といえるほど用意が出来なかったのだけれど。
時間さえあれば、劣化コピーだろうが大量生産できる別のレシピを考えられたかもしれないが、いかんせん今回は緊急事態。そんな余裕はなかった。
「団長、こうなったら奥の手使いますね。ハロルドさんには申し訳ないですが、ここで休めないと明日に支障をきたします」
「奥の手? ……ああ、なるほど。それは嬉しい」
「はい。団長にもお力を貸していただきたいのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんだ。何でも言ってくれ」
「ありがとうございます!」
ジークフリードさんから許可は貰った。では食堂の料理番、本領発揮といこうではないですか。
私はまず魔法陣を床に敷き、必要なものを書き記したメモを中心に置いて転送を開始する。
レストランテ・ハロルドで提供している料理は、体力回復に焦点を当てたものが多い。しかし様々な効果を持つ料理の研究は、日々怠ってはいないのだ。
薬師連盟に目を付けられないよう、研究だけに留めているけれどね。
最初の頃に作ったハンバーグも防炎効果を持っているが、一つ一つ肉をこねて焼いていくのは効率が悪すぎる。今回は却下だ。大鍋で大量生産が理想だろう。――ならば一つ、レシピがある。
魔法陣が光り輝き、私の頼んでおいた食材や調理器具などはすぐに届いた。質量が多い分、ぐっと魔力を吸い取られた気もするが、別段ふらつく程でもない。むしろハロルドさんの方が心配なのだが、ドリンク配布の時にもらった手紙を信じて今は目の前の事に集中しよう。
「よし。それじゃあ鍋に……んぐぬぬぬっ、これっ、ちょ、重っ」
ガルラが作った泉――泉というより熱湯風呂だけれど――に鍋を沈めてお湯を汲み、持ち上げようと力を込める。だが想像以上に重かったそれは、簡単に持ち上げることが出来なかった。
大人数用の鍋だもの。そりゃそうか。熱さはドリンクでカバーできても、怪力属性付与なんて効果は無い。
「大丈夫か、リンゾウ君」
「わっ」
反動で転げそうになった私の身体を片手で抱きかかえ、もう片方の手で平然と鍋を持ち上げるジークフリードさん。すごい。目一杯までお湯を汲んだ鍋が軽いわけがないし、恥ずかしながら私の体重だってそれなりにある。鍛え方が違うわ。
怪力というと、ニンジンを素手で破壊させるライフォードさんや、聖女パンチの梓さんを思い浮かべてしまいがちだけれど、ジークフリードさんも一般男性以上のスペックを持っている。
さすが騎士団長様だ。
「ありがとうございます……! すみません、非力で」
「いや、これはなかなか重い。力仕事が必要なようだし、手伝わせてくれ」
「……では、少しお言葉に甘えさせてもらってもよろしいですか?」
「もちろんだ。君やノエルのおかげで、いつもより体力が残っているしな。気にせず使ってくれ」
ジークフリードさんは優しげに微笑んだ。いくら体力があると言っても暑さは抑えられていない。辛い状況には変わりないというのに、本当格好いい団長だ。
申し訳ないが、遠慮していられる場面ではないので、有り難く頼らせてもらう事にしよう。
まず小石を積んだ簡易かまどの上に鍋を置いてもらい、中にトマトを放り込んでいく。沸騰済みなのが地味に時間短縮に繋がっていた。
少し待ったら皮が剥けてくるので取出し、指で一つ一つ剥ぎ取っていく。
「皮を取るのだな」私の作業を隣で見ていたジークフリードさんは、ぎこちない手つきながらも手伝ってくれた。
ライフォードさんのように「撒き散るトマト、ガルラ火山の惨劇、見習い騎士団員は見た!」といった状況になるんじゃないかと少しだけ身構えていたけれど、杞憂に終わったみたい。
同じ公爵家のご子息であっても、やっぱりジークフリードさんはジークフリードさんだ。
今回作るのはミネストローネである。
トマトには防炎効果があるので、ドリンク程とはいかないにしても、薬くらいの効果は出せると思う。
「よし、これくらいで大丈夫だろうか?」
「はい、バッチリです! やっぱりライフォード様とは違うんですね」
「……あいつと同レベルに思われていたとは。心外なんだが」
複雑そうな顔をするジークフリードさん。すみません、と軽く謝っておく。
全ての困難は拳で打ち砕く系王子様とは違って、彼は思慮深く控え目だものね。見た目だけで判断すると逆に思われがちだが、それもまたギャップがあって素敵である。
「この石で囲まれた場所に火を出せば良いんだな?」
「はい、よろしくお願いします!」
簡易かまどの中心に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこから炎がゆらりと顔を出す。火の魔法。外で料理をする場合、これほど頼もしい魔法はないと思う。雷じゃあ黒こげにしてしまうだけだものね。
トマトの総重量をはかってから、ざく切りにし、お湯を捨てた鍋に放り込んで煮込み始める。最後に塩も足しておきましょう。
「煮込んでいる間に次です」
予備なのか間違えて入れてしまったのか、真相は分からないが二本転移されてきた包丁の一本をジークフリードさんに渡す。
さすがに地面に正座をして材料を切るわけにもいかないので、近場にあった岩を綺麗にスパッと横凪ぎに切り捨て、台所がわりにした。ジークフリードさんが。
岩ってこんな滑らかに切れるものなのね。ビックリである。
戦闘時、彼の周りをくるくる回っている炎の剣は、想像以上に鋭い切れ味をしているようだ。
「ええと、分量計算は終わったので、タマネギ、ニンジン、ベーコンを細かく切っていきます。まず包丁の使い方ですけど……」
口説明するより見てもらった方が早い。私はタマネギを一つ見本にして切り方をレクチャーする。
子供の頃、母親に包丁の使い方を教えてもらった時、どうやって習っただろう。よく言われているのはあれよね。添える手は猫の手にするってやつ。
「ええと、こうやって……猫の手に……猫……手を切らなきゃ何だって大丈夫だと思いますが、私の国では猫の手ってよく言われてました」
「ふむ。こうか?」
ジークフリードさんは真面目だ。真面目だから私のふわっとした説明すら完璧に理解しようと、左手を猫の手にして確認を求めてくる。こういった趣味は無いはずなのに、相手がジークフリードさんだと「良い」と思えるから不思議である。可愛いなぁ。
正直、私も大概疲れが溜まっていたのかもしれない。小首をかしげ、あまり無防備な表情をするものだから、少し悪戯心が顔を出す。
「……猫の鳴き声は何でしょう?」
「ん? にゃん?」
「――ッ、ありがとうございます! そしてごめんなさい。何でもないんです!」
完成していないのに御褒美をもらった気分だ。よし、頑張ろう。ジークフリードさんは不思議そうにしているけれど、質問の意図を説明するわけにはいかないので、笑って誤魔化した。
ちなみにこの後、疲れと暑さで相当参っているノエルさんから「うちの団長で遊ばないでくれないかな」と静かな雷が飛んできたので、作業のスピードが更に上がった。
とても反省しております。