42、ドリンク配布 後編
「ノエルさんノエルさん! 俺のコップ!」
「はいはい。溢さないようにな」
慌ててノエルさんからコップを受け取ったヤンさんは、中身を一気に飲み干すと、火の中に手を突っ込んだ。
私は思わず「うわぁ」と感嘆の声が漏れる。
ガルラ火山の熱に耐えられるよう調整したドリンクだから、暑さを感じなければ良いだけと思っていたけれど、防炎機能がここまで喜ばれるとは想定外だ。怖くないのかな。
炎に手を突っ込む楽しさは、私には分からないわ。
「すっげぇえええ! マジだ。熱くねぇ! つーかウマッ、え、ウマっ! ちょ、俺、普通に飲んじまった!」
「馬鹿だなぁ、もう少し味わえよ」
「仕方ねぇだろ……! リンゾウ、まだ飲める機会はあるよな!?」
「後何回かは予定してまーす!」と叫べば、二人は両手を高々と上げてハイタッチを決めた。仲良すぎでしょう。微笑ましくて、ついつい笑ってしまう。他の団員さんたちも驚いた目で見つめていた。一度本音で怒鳴りあったせいか、今まで以上に打ち解けたみたい。
ドリンクのデリバリー、気に入ってもらえたようで良かった。子供のようにはしゃいで喜ばれると、少しむず痒い気がして照れてしまうけれど。
第三騎士団はジークフリードさんの意向で、貴族であろうが平民であろうが等しく騎士団の一員として接するように、という決まりがあるらしい。もちろん騎士団員として仕事をしている間は、だ。
「騎士服を脱いだアラン君や団長……特に家の事情で出ている時なんかは、こうも気安くは出来ないよ」と、ノエルさんが苦笑しながら言っていた事を思い出す。
ああして家柄や地位など気にせず笑いあえるのは、ジークフリードさんの人柄が成せる業なのかもしれない。
――だからこそ余計に、何故ヤンさんやアランさんからも慕われていた第三騎士団の団員が皆を危険に貶め、仲間割れを誘発するような事をしでかしたのか。不思議でならない。
「リンゾウ君」
「はいっ!?」
しまった。考え込んでしまったようだ。ジークフリードさんの声に慌てて振り向くと、私の前にはコップを持った団員さんたちの列が出来上がっていた。
アランさんたちのおかげで警戒心が溶けたのだろう。良かった。これで全員に飲んでもらえそうだ。
「す、すみません。すぐに準備しますね!」
温くならないうちにと急いでコップに注いでいくと、彼らからは「怪しんですまない」「本当ありがとう」「お前、凄い奴だったんだな。……色々ごめん」と次々私に言葉をかけてから列を離れていった。胸がじんと熱くなる。
本当に皆さん良い人ばかりだ。私が男なら、今すぐにでも入団希望を告げていたかもしれない。
* * * * * * *
「すみません。最後になってしまって……しかも、その、とても温くなっていて……」
「かまわないさ。ありがとう」
「リン」と、私にしか聞こえない程の小さな声で呼び、優しげに微笑む。リンゾウではなく、わざわざリンと呼ぶなんて。何のサービスですか。
本当にもう、ジークフリードさんの一挙一動に私がどれだけ心乱されるか、知ってほしいくらいだ。本当に知られてしまったら、恥ずかしすぎて地面に穴掘って埋まりますけれど。
私は努めて平静を装い、ジークフリードさんのコップにドリンクを注ぐ。「どうぞ」と私が言うと、彼は小さく頭を下げてドリンクを一気に飲み干した。
「ふぅ、生き返るな……!」
大きく息を吐き出し、ややあって、団長としての仮面をはぎ取ったような、安心ともとれる表情を見せる。
「しまった。まだ気を抜ける場所ではないのだが……全く、君の……あ、いや、魔女様の作るものは不思議だな」
「魔女様って。もう、あなたまで。でも、団長にもちゃんと効くんですね。良かった。炎の魔法が使えるから耐性があって防炎は必要ないかと思ってました」
「確かに団員よりかはマシだと思うが 、暑くないわけではない。正直、けっこうキツイぞ」
いつもなら「大丈夫」と誤魔化されてしまうところを、今日は素直に弱音を吐いてくれた。その事実が嬉しくて、ついつい表情が緩んでしまう。
戦闘面でも彼のサポートをしてきたおかげかな。少しでも信頼度がアップしたのなら、とても喜ばしい事だ。
「なんだ、リンゾウ君。顔は見えやしないが、気配で笑っていると分かるぞ。俺は何か変なことでも言ったか?」
「いいえ! そういうのでは無いので気にしないでください! ……それにしても、全然気づきませんでしたよ? いつも凄く平然と戦っているから」
「む。話題を逸らされた気もするが……まぁ、君が言いたくないのなら無理強いはしない。平然としているように見えたのなら良かったよ。これでも団長だからな、情けない姿は見せられないさ」
さすがは責任感の塊、ジークフリードさん。格好良い事をさも当然のように言うものだから、遠くの方で団員さんたちが「さすが団長です」「スゲー。俺無理ー」「気合いが違う」と感心しきりだった。
「……なんだか気恥ずかしいことになったな」
「ふふ。じゃあ僕、瓶を向こうに送り返してから転移シートを片付けますね!」
「ああ。準備ができたらいってくれ。出発しよう」
「了解です!」
私は転移シートの上に空になった瓶を丁寧に置き、両手を地面につく。そして、魔力を送り込もうと顔をあげた瞬間――魔法陣の上に紙が一枚、のっていることに気付いた。
なんだろう。拾い上げで見てみると、ミミズがのたくったような字で『マル君のおかげで魔力・体力共に万全。多少無茶な転移も可』と書かれていた。この慣れないと読む事すら出来ない文字は、ハロルドさんのものだ。
どうやら喧嘩もなく、二人で上手くやってくれているらしい。良かった。マル君にハロルドさんの事は君に任せますとお願いしてきた甲斐があったものよ。
しかし、相変わらず私の考えなんてハロルドさんにはお見通しみたいだ。私は紙の裏側に返事を書いて瓶の側に置き、改めて魔法陣に魔力を送り込んだ。





