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41、ドリンク配布 中編



「アランさん……! 僕、気持ちを込めて注ぎますね!」

「そういうのいいから。普通でいいから!」


 アランさんは、ふいとそっぽをむいてコップを更に突き出してきた。耳が赤い。照れているのかも。

 何に対しても言える事だが、はじめの一人というのはとても勇気がいる事だと思う。私は心の中で感謝しながら、彼のコップにドリンクを注いだ。


「あ。冷たい……」

「転移させるまで冷やしてもらっておきましたからね!」

「ふーん、気が利くじゃないか」


 満足そうに微笑む。これだけ暑いと、冷たいものに触れるだけで幸せになれるものね。


 彼はちらりと後ろに視線を投げてから、大事そうにコップを抱えて横にずれた。その後ろから表れる二つのコップ。一つは控えめに、もう1つは勢い良く私の前に差し出された。ノエルさん、ヤンさんだ。


「いつもだったら最後尾なんだけど、今日はいいかな」

「んじゃ三番目もーらいっと。つか、とある筋ってンだよリンゾウ。やべぇとこじゃねぇだろうなぁ」


 ニヤニヤとからかうように痛いところを突いてくるヤンさん。困った。言い辛くてとある筋と表現したが、やはり気になりますよね。

 私のミッションはドリンクを皆さんに飲んでもらう事だから、出来る限りマイナス面は出したくないのだけれど。


 第三騎士団の方々は、レストランテ・ハロルドにて開店パーティーという名のトラウマを植え付けられたと聞いた。更に今は魔女の噂まで引っ付いている。本当の事を言っても大丈夫だろうか。


「そ、それは……その……」


 言い淀んでいると、ジークフリードさんが私の肩を叩いた。


「ははは! リンゾウ君は言いたくなさそうだからな。俺が代わりにバラそう。それを作ったのは噂に名高い食堂の魔女殿だ」

「ちょ、ジークフリードさ……団長!」


 爽やかに笑って最大の問題点を口にしたジークフリードさんに、私は驚いて顔を上げる。しかし自信満々、憂いなど何一つないという表情で、彼は片目をパチリと閉じた。

 ああもう、こんな時なのに破壊力の塊をぶつけてくるのは反則だと思います。文句の一つも言えやしないわ。


 よし、考える事は放棄しよう。全てジークフリードさんにお任せだ。私は二人のコップが下げられない事を良い事に、さっさとドリンクを注ぐ事にした。


「へぇ、あの。噂はかねがね。実は僕、気になっていたんですよ」

「魔女ぉ? ……って、もしかして、あのクソ不味いレストランテ・ハロルドの魔女か!」

「情報取集不足だぞ、ヤン。あまりに不味い料理を出すから、それが魔女の逆鱗に触れ、今では魔女が仕切っているという噂だ。料理の味も劇的改善。むしろ美味しすぎて虜になる人続出らしい。今は人間のペットを飼いながら、絶賛営業中だとか。しかし、リンゾウ君が魔女殿とお知り合いだなんて、ビックリだな」

「人間のペット……魔女サマすげぇ」


 ノエルさんの解説に、目を瞬かせるヤンさん。

 でも待ってほしい。不味い料理が魔女の逆鱗に触れって何。知らない。そんな噂、私知らないんですけれど。


 レストランテ・ハロルドの責任者はあくまでハロルドさんだ。噂話には尾ひれが付きものだけれど、もはや背びれや胸びれまで付いているのでは、と思わざるを得ない。

 もっとも一番酷い噂は「人間のペットを飼っている」だけれど。本当にもう、全部マル君のせいだ。勘弁してほしい。


 ノエルさんはリンと魔女が同一人物だと知らないようなので、唯一そこだけは安心出来た。人間のペットを飼っている危ない奴、という目で見られるのはキツイ。


「人間のペット、ね。それは俺も知らなかったな」


 じ、と私の顔を覗き込んでくるジークフリードさん。お願いですから、そんな耳元で囁くように言わないでほしい。鎧があって助かった。


 マーナガルムの森の一件から忙しくしていたジークフリードさんは、あれから一度も店に訪れていない。その間にマル君が従業員に加わった事も、彼が私を「ご主人様」呼びしている事も当然知らないのだ。

 出来れば知られたくなかった事実である。


「知らなかったなぁ」

「ご、誤解なんです。それには深いわけが……」

「帰ったら是非、ゆっくり聞こう」


 優しげに微笑まれるが、妙な強制力を感じた。

 ここで下手に言い訳をしても墓穴を掘るだけだ。私は無言で頭を縦に振った。帰るまでに誤解の解き方を考えておいた方が良いかもしれない。


「ともかく、味も効果も保障されてるってわけだね。冷たくて気持ちいいから少し名残惜しいけど」


 アランさんは零れないようコップに顔を近づけてから、ひとくち口に含んだ。冷たさからだろうか、一瞬、目が見開かれる。そして顔を空に向け、ぎゅっと瞳を閉じた。喉が上下に揺れる。薄ぼんやりと目蓋が開いていくと同時に、はぁと満足げな息が漏れた。

 良かった。好みの味ではあったみたい。


 彼はまじまじとコップに注がれたドリンクを見つめた後、私の方を向いて「リンゾウ、ありがとう」と呟いた。真一文字に閉じられた唇が自然と吊り上がり、笑みの形をつくる。


 何に対しての感謝なのか分からないが、これは私もお礼を返した方が良いのだろうか。考えている間にアランさんはコップに注いだドリンクを全て飲みほし、何故かもう一度ドリンク配布列に並び直した。


「君たちが飲まないなら、僕がもう一杯もらっても大丈夫だろう? というわけで、リンゾウ。ほら、コップだ!」

「いや、二順目はなしです。一人一杯飲んでもらわないといけないですから!」


 堂々と差し出されたコップを押し返す。

 どうやら気に入ってくれたようだ。とても嬉しい。でも、だからと言って二杯目を注ぐわけにはいかない。


「そうか。そうだよな、冷静に考えると。困らせて悪かったな、リンゾウ」

「そんなに美味いのか?」


 「とても」ヤンさんの問いかけに、彼は大きく首を縦に振った。


「じゃあ効果は?」

「そうだな。冷えていて生き返った気がするし。体力回復効果もちゃんとあって……あれ?」


 アランさんは不思議そうに自分の身体を見つめた後、何を思ったのか立ち昇るガルラ火山の火柱に近寄って行った。そして焚火にでも当たるように、両手をかざす。


「んん? ……えい」


 そして小さな掛け声と共に、そのまま腕ごと火の中に突っ込んだ。


「アラ――ン!? おまっ、暑さで頭がヤられたのか!?」


 ノエルさんに自分のコップを押し付け、彼の元に走るヤンさん。襟元を掴み、勢い良く炎と距離を取らせる。

 まぁ、普通は驚きますよね。ハロルドさんの炎を防ぐくらいだから大丈夫だとは思うけれど、こういう実験的な行為はいつ見ても心臓に悪い。


 「ノエル、良く見ろ。大丈夫だ」慌てて薬の準備に走り出そうとするノエルさんを、ジークフリードさんが制止する。彼の瞳が静かに見据えた先には、呆然と己の両手を凝視するアランさんの姿があった。もちろん、火傷はおろか、傷一つもついていやしない。


 ええ、全力を出しきったドリンクですもの。多少魔力がこもっている炎程度では防炎機能は貫けない。


「お、おい、アラン。大丈夫……なのか?」

「見ろよ、これ。無傷。というか、熱くないんだ。全く。汗も引いたし、ここがガルラ火山だって事忘れそうなくらい快適」


 「ヤバイ。薬より効果あるんだけど」アランさんは微笑んで「魔女様凄い……!」と星空を写し取ったようなキラキラとした瞳で私を――いや、私の持っているドリンクの瓶を見つめた。



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