40、ドリンク配布 前編
「リンゾウ君、援護を頼む」
「お任せください!」
揺らめく炎から飛び出してきたのは魔物の群れ。この高さまで来ると、さすがに生物の体は成していなかった。大小様々な黒い塊。眼だけが異様にギラついている。
先頭を進むジークフリードさんに目標を定めた彼らは、脇目も振らず攻撃を仕掛けてきた。トップを叩くのは良い戦法だけれど、残念ながらジークフリードさんはその程度でやられる人ではない。
「いけ」
凛とした声と共に腕が振り下ろされる。
彼の周囲をくるくる回っていた剣たちは、それが合図となって一斉に魔物へと襲い掛かった。脆い。炎の剣で身体を貫かれた者は一瞬のうちに燃え上がり、黒い霧となって姿を消す。
私が手伝うまでもなく第一陣は全滅した。
しかしまだ後ろが控えている。頂上に近づくにつれ魔物の数は増加する一方だ。
「防壁展開」
剣を横に敷き詰め、敵の攻撃を受け止めるジークフリードさん。まるで盾だ。前線部隊を犠牲にした敵の攻撃は、こうして防がれた。攻撃の後には必ず隙が生まれる。チャンスだ。次はこちらの番。
後ろで何度も見ていたから、ジークフリードさんの攻撃パターンは履修済みである。左の装甲が厚そうな敵は炎の剣が。正面の動きが鈍そうな敵は自らが切り裂くだろう。
ならば細々とした右側は――当然、私の出番だ。
「セット」
ジークフリードさんは左手を緩く握りしめた後、思い切り前に突き出した。彼の動きと剣とは連動している。
攻撃から戻ってきた数本の剣は折り重り、一つの巨大な炎の杭へと姿を変えた。そして一閃。砲丸のように打ち出された杭は、魔物の腹を容易に食い破る。串刺しだ。
圧倒的な強さ。惚れ惚れする――が、見惚れている場合ではない。私は指先に魔力を込め、右側の敵に向かって打ち出した。
一発。二発。三発。四発。ジークフリードさんに当てまいと大きく右側に逸れた雷の弾丸は、途中でぐるりと向きを変え、魔物を確実に捕らえていく。よし、全弾命中。
体の自由を奪われた魔物たちは床にごろりと転がる。それをジークフリードさんの剣が横一線に薙ぎ払った。前方の魔物は一瞬のうちに片を付けたらしい。
「討伐完了。リンゾウ君、お疲れ様。偉そうなことを言っておきながら情けないが、君がいてくれて本当に助かっている」
「いえ、気にせずじゃんじゃん使ってくださいね」
ふわりと蕩けるような笑みを向けられると、疲れなんて吹き飛んでしまいそうだ。
正直、そろそろ料理人とは何かみたいな気分になってきているのだが、役に立てるのは純粋に嬉しい。いつか森とかで迷子になったら、狩をして生き延びられそうだしね。身に着けておいて損は無い。
ちょうど良いタイミングで補充されたドリンクで喉を潤し、私は周囲を見回した。ガルラ火山はもう中腹を越え、明日には頂上に辿り着けるはずだ。そのせいか、火の勢いはかなり強まっており、団員たちの疲労は色濃く顔に出ていた。
薬は節約しているため、魔物が頻出するポイントや、火の勢いが特別強い場所でもない限り使用は出来ない。――ただ、これでも使っている方なのだ。ドリンクが無ければこの場所で薬は一つも使えなかっただろう。
何度もガルラ火山に挑戦した事のあるノエルさん、ヤンさん、アランさんですら今回は堪えるらしく、暑さと疲れで動きが鈍ってきているようだ。
現在、私は最前線に立っている。
最後尾にいた頃は「元気だねぇ」と孫を見守るお爺さんよろしく、ノエルさんから優しい眼差しを向けられたが、ヤンさんアランさんからは「涼しそうな顔しやがって」「横から僕とヤンで抱きついたら、僕たちの気持ちも分かるんじゃないか」と本末転倒な提案をされそうになった。
本当、自分だけ涼しい思いをしてすみません。心の中で何度も謝っておいた。準備したドリンクの量を考えるに、もう少し上にいかなければ配れなかったのだ。
実はリンゾウ君、自分で火を防げるという売り文句で第一騎士団から第三騎士団にレンタルされたらしい。おかげで一番動き回れる私がジークフリードさんのサポートに付き、ガンガン登り進めている。
それにしても、ジークフリードさんは常に涼しそうな顔をしているけれど、大丈夫なのかしら。炎の魔法が使えるだけあって、バリアみたいなものでも張っているのかな。
「団長。そろそろドリンクの配布、いけると思うのですが。どうでしょう?」
魔物の討伐が終わったこの場所ならば、比較的安全に転移魔法が使える。そう思って提案してみた。正直、団員さんたちの様子も心配だ。
「そうだな。この調子でいけば、あと二時間程度で最後の休息ポイントに辿り着く。お願いできるか? リン。……ゾウ君」
「はい、おまかせください」
くすりと笑って背負ったリュックを床に下ろす。縛っていた紐を緩め、中から四角く折りたたまれた布と、あらかじめ記入しておいた注文用紙を取り出した。後は布を地面に広げて準備完了だ。
魔法陣の中心に紙を置き、両手をついて魔力を込める。手の平がほんのりと熱を持ち始め、描かれた魔法陣が輝き出す――が、やはり遠方にいるせいで通常の魔力量では足りないらしい。でも大丈夫。想定内です。
私は息を大きく吸い込み、流す魔力の量を増やした。ポンプで強引に組み上げられるように、ぐん、と魔力が減った気がする。
魔法陣の放つ光がさらに強くなった。いける。風もないのにふわりと紙が宙に浮き、小さな光の粒になってかき消えた。
よし、成功だ。とりあえず、これで注文用紙は無事向こうに届いたはず。後はハロルドさんから送られてくるドリンクを待つのみだ。
後ろから追いついてきた団員さんたちは、不思議そうに私の周りに集まってきた。最後尾にいるはずのノエルさんが近くに見える事から、全員大集合という事になる。ちょっと緊張してきたんですが。あまり見つめないでほしい。
「小休憩をはさむ。各自、体力回復に努めるように」
「といっても、難しいだろうが」ジークフリードさんが独りごちる。仕方がない。サウナもかくやという暑さだもの。団員さんたちの息も荒い。苦しそうだ。
「団長、水分補給もままならない場所で……立ち止まって、……はぁ……どうするつもりですか?」
アランさんは手の甲で顎にたまった雫をぬぐう。しかし、次から次へと溢れ出る汗は、その程度では収まるはずもなかった。
ガルラ火山と言っても水分補給ができる場所はある。ただし湧水ならぬ湧湯だけれど。
星獣であるガルラが魔力で地下から水を汲みあげ、飲み水に利用しているらしい。有難い事に、そういう場所は何カ所か存在し、基本騎士団が休息を取る場所は水源の近くと相場が決まっていた。山を駆け昇ってくる最中で沸騰してしまうので、熱々なのが唯一残念なんだけどね。
今回の休息は水源の近くではないので、不思議に思ったのだろう。
「安心しろ。意味もなくこんな所で止まったりはしない。……リンゾウ君」
「はい、そろそろだと思います――と、言っている傍から来たみたいです」
魔法陣が光り、大容量のビンに並々と注がれたドリンクが姿を現す。零さないよう、手の部分だけ鎧を脱いで触れると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。気持ちいい。これは急いで皆に配らなければ。温くなったら美味しさは半減するものね。
「よしっと。では皆さん、いつも使っているコップを持って一列に並んでください!」
「リンゾウ君、まずはそれが何かの説明を」
しまった。忘れていた。ジークフリードさんに言われて初めて気が付いた。
さすがに何か分からないものをいきなり配りますと言っても、誰も飲んでくれないものね。
「ええと、これは……あー、とある筋から転移魔法で送ってもらったドリンクです。防炎の効果があるので、今から皆さんに配りますね」
「ではお願いします」説明は手短に終わらせ、瓶を持ち上げて並んでもらうよう促す。
しかし、団員さんたちは誰一人動こうとはせず、じっと私の方を見つめるだけだった。どうしたものか――そんな困惑が伝わってくる。
説明が悪かったのかもしれない。慌てだす私の背をぽんと叩いたジークフリードさんは小さく首を振った。「君が悪いんじゃない」と付け加えて。
「料理の価値はそれほど高くない。ドリンクがそんな効果を持つとは思わないのだろう。故に、例え君自身が信用されていても、それの存在は信用されていないと言うわけだ。君が騙されている可能性もある、と思われているかもしれない。大丈夫。君は悪くない」
「そう、でしたね……」
確かに。私がこのドリンクを作るきっかけとなったあの時も、梓さんやライフォードさんは「ダンさんの店よりも効果が高いものを作れば良い」といった私に対して半信半疑――どころか疑いの目を向けていた。そうだ。この世界において、料理の価値はまだその程度だったのだ。
「落ち込まなくとも大丈夫。一度飲んでしまえば虜になるさ。俺に任せて――」
ジークフリードさんが私からドリンクを受け取ろうとした瞬間。私の目の前にコップが一つ差し出された。顔を上げると、やれやれと肩をすくめたアランさんの姿があった。
「薬でもジリジリジリジリ熱いったらないって言うのに、飲み物ごときがガルラ火山の炎に対抗できるとは思わないさ。でも、無いよりマシだろう? ちょうど喉も乾いていたし」
「だから、ちょうだい」と、彼ははにかんだ。