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幕間「ジークフリードと夢の話」



 夜風はガルラ火山の炎に炙られ、ぬくもりを纏って紅の髪を揺らす。ジークフリードは自分の隣で無防備に眠りこける二人を見て、柔らかく微笑んだ。

 よくもまあ、これだけ失態を見せたにも関わらず、離れて行こうとしないものだ。


 聖女が召喚され、彼女の護衛として第一騎士団が動けない今、体力の必要な遠征はほぼ第三騎士団が請け負う事になっている。

 第二騎士団も動く事はあるが、あくまで彼らは魔導騎士。魔力だけは潤沢にあっても、基礎の体力が低ければ長期の遠征には耐えられない。


 結局、面倒事は第三騎士団が引き受ける羽目になるのだ。もっとも、彼らが任務に失敗した過去は無い。それもこれも、(ひとえ)に第三騎士団団長ジークフリード・オーギュスト――彼の功績が大きいだろう。


 多少無理を通してでも団員を守り、つつがなく任務を終えるため適切な指示を出す。更に、団員たちに比べて体力量の多いジークフリードは、自分の回復量を犠牲にしてでも団員を見守っていた。そうやって、今まで全員無事に帰還できていたのだ。

 もちろん彼にも限度はある。しかしなまじ優秀だったため、今まで何の問題も起こらなかった。出来ない事はやらない。だが出来てしまう以上、それはやるべき事なのだ。


 義理や義務などとは言うまい。全ては彼の意志。


 見張りなぞ楽しいものではないが、団員たちの事を思うと苦にはならならなかった。彼らを守るのが団長の役目。

 だから――ジークフリードは苦笑を湛えた表情で、リンゾウの鎧をそっと撫でる。遠征先でこれほどぐっすり眠れる日が来るとは思わなかった。


「馬鹿だな、君は。俺なんかのために、こんな危険な場所にまでやってきて」


 自身でも驚くほど優しい声が漏れた。

 今回、ジークフリードが一人無理を通した程度で、果たして上手く行っただろうか。分からない。答えはもう出せない。何せ、彼女が背負っている重しを少し持って行ってしまったのだから。


 どうか、ひと時の幻でもいい。穏やかな夢を見ていますように。

 ジークフリードは目を細めて空を見上げた。川底に砂金をぶちまけたように、静かながら力強い輝きが降ってくる。


 いつからだろう。夢を見なくなったのは。

 目を閉じて意識が沈むと、辿り着くのはいつだって深淵だった。深い深い川底に落ちてしまったように、最後はゆっくりと泥の中に沈んでいく。不思議な事に、恐怖や気味の悪さなどは感じない。あるのは安心感だ。


 おかげで目を覚ますのに時間がかかって仕方がない。今日だってリンやノエルには随分と苦労をかけてしまった。どうにか克服しようと頑張ってはいるものの、残念ながら効果は表れない。それどころか年々酷くなっている気さえする。


 夢を見ていた頃は、まだ今ほど起きるのが苦痛ではなかったと思う。最後に見た日は思い出せないが、恐らく子供の頃だったはずだ。

 ジークフリードの見る夢は、いつも決まっていた。誰かの記憶を追体験しているような、そんな夢だ。といっても面白味など一切ない。


 最初の人物はどこかの王族だろうか。玉座に座り、感情の機微もなくただ臣下を見下ろしているだけ。最後は誰に看取られるでもなく、天井を見上げて終わった。

 次の人物も似たようなものだった。次も。その次も。

 変化が訪れたのは、何人目だったか。


 男の隣には、常に美しい女性がいた。ふんわりとした深みのある蜂蜜色の髪をなびかせて、花が綻んだように笑うたおやかな人。

 彼女と男が出会ったのは庭園だ。一瞬、空が光り、墜ちてきたのが彼女だった。男は慌てて着地点まで走り、既の所でキャッチに成功する。ギリギリであった。


『大丈夫か? 君は? ……ええと、どうすべきか』


 彼女は必死に男へ話しかけるが、どうやら言語体系が違うらしく、何を言っているのかさっぱり分からない。最終的に泣きだした彼女を、男は身振り手振りで「大丈夫」だと伝え、笑顔を見せてくれるまで根気強く付き合った。


 ――異世界から呼び出された聖女。

 伝承とは些か異なった内容だったが、夢を重ねるにつれて確信に変わった。なぜ自分がこんな夢を見るのか。ジークフリードには分からなかったが、今までに比べれば随分と穏やかな夢である事には違いなかったので、何も考えないようにしていた。


 ジークフリードが空から降ってきたリンに対して、違和感なく聖女召喚の関係者だと受け入れたのは、この夢の影響が大きい。

 黒の聖女も白の聖女も、どちらも聖女としての能力を持っている。だから召喚場所から離れた場所に出現したリンは、巻き込まれたと判断された。夢の内容が真実だとするのならば、もしかすると――。


 もっとも夢の話を語った所で信憑性など皆無だ。

 そもそも今と昔とでは、魔法も随分と進化している。ハロルドが手を加えた召喚魔法に穴があるとも思えず、よってあの時のジークフリードもリンを巻き込まれたと判断した。

 周りもリン自身も巻き込まれたと思っているのならば、きっと、それで良いのだろう。


 夢の中の聖女は、どれだけ国が盛大にもてなそうとも笑顔を見せる事は無かった。男は彼女のために言葉を教え、逆に聖女の国の言葉も理解しようと努め、彼女の信頼を勝ち取っていった。彼女の表情に明るさが灯ってきたのは、男の尽力が大きいだろう。


 ただ、ジークフリードは男の感情も追体験していたので、どうにもいたたまれない気持ちになる事も多かった。何せ男は聖女にベタ惚れだったのだ。

 彼女が男の名前を呼んだ日は、勝手に記念日設定されていたし、彼女が笑うたびに心の中が「可愛い」で埋め尽くされた。溺愛も溺愛。顔は平静を装っていても、心の中はでろでろの甘々だった。

 ジークフリードは子供ながらに「もういい加減にしろよ」と何度思った事か。


 ――この歳になって、少しだけ男の気持ちが分かってしまったのだが。

 ジークフリードは隣で眠るリンの姿を見つめ、咳払いを零した。


 後はあれだ。元の世界に戻る(すべ)はついぞ発見されなかったが、聖女は笑顔で男の手を取った。そうして彼らは、死が二人を分かつまで幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしだ。

 夢はこれで終わり――そうだったなら、気分も幾分か楽だったのだが。


 後の夢は酷いものだった。

 子供の頃、母親に手を引かれてどこかに連れて行かれる。そこで終わり。そして、すぐに別の人間の記録になるのだが、これもまた同じようにすぐ終わる。繰り返し繰り返し。


 子供の頃は何を表しているのか分からなかったが、今ならば分かる。あれはどうしようもなく嫌な夢だった。だからきっと――あの時、自分が助かったのは奇跡に等しかったのだ。


 幸運の前借があるのなら、ジークフリードの未来には砂粒程度の幸運も残ってはいまい。奇跡の連続によって、かろうじてこの場に立っていられるだけ。この幸福も、いつかは終わりを迎えてしまうだろう。

 予想ではなく、なぜか確信があった。


 リンを元の世界には戻せないかもしれない。だから、せめて自分の命があるうちは全力で彼女を守ろうと思う。願わくは、夢の中の聖女のように、誰か愛しい人を見つけて幸せになってほしい。そのためならば、いくらでも気持ちに蓋をしよう。

 自分ではきっと、幸せには出来ないのだから。


「ん……じ、く、ふりーどさん……」


 ごろりと寝返りをうってから、マントの端を握られる。何の夢を見ているのだろうか。自然と口元に笑みが浮かぶ。


 リンに出会って最初、夢の中の聖女に似ていると思った。姿かたちではない。在り方が、だ。

 一歩下がって相手を観察する冷静さと、いざという時は形振り構わず強引な行動に出るところ。そっくりだ。――彼女が傍にいれば自然と笑みが浮かんでしまう。たまに見ていてハラハラするが。そう言っていた夢の男の気持ちが良く分かる。


「離れていかないさ。生涯君を守ろう」


 ジークフリードは周囲を見渡す。結界が破れられる気配はなく、団員たちは全員気持ち良さそうに夢の中だ。


「朝日はまだ遠い。ゆっくりお休み」


 鎧の上から額にそっと口づけ、彼女の安眠を願った。



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