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38、初めての喧嘩



「さて、俺の言いたい事は分かるな?」


 休息地が視界に映らなくなった辺りで足を止め、ジークフリードさんは振り返った。

 この場所だけ炎の勢いが強い。立ち上った柱は全身にぼんやりとしたオレンジ色を纏わせる。

 暖かみのある色だが、背負っている人物が人物なので和やかな雰囲気とはいかない。正直怖い。暗闇の方がまだマシだったわ。


「はい。でも私は絶対に帰りません」


 大丈夫だと自分に言い聞かせ、きっぱりと言い切る。

 中腹まで隠し通す予定が少々早まってしまっただけ。ジークフリードさんの事だ。私を一人で下山させるような事はしない。必然的に誰か護衛を付ける羽目になる。人手が足りないこの状況下で、そんな愚策を提案してくるとは思えない。


 そもそも、私がここにいる理由だって頭の良いジークフリードさんなら察しがついているはず。


「帰そうにも帰せない。君の事だから分かって言っているんだろう? 全く、つくづくこうと決めたら譲らないな。豪胆なのか、頑固なのか。こちらの退路を断つための変装までして、本当にタチが悪い」 


 ジークフリードさんはイライラしたように髪をかき上げた。

 呆れられただろうか。嫌われてしまっただろうか。彼からしたら仕事が増えたようなものだものね。これ以上心労を貯めたくない時に、心配事の塊が表れたのだから。

 それでも、私は――。


「ここまで来てしまったのなら仕方がないだろう。君は俺が責任を持って守るから、大人しくしていてくれ。転移魔法陣もこちらへ渡す事。いいな?」

「嫌です」

「……リン?」

「身を守る術くらい学んできましたし、ドリンクのデリバリーは私に依頼された私の仕事です。魔力量ならハロルドさんのお墨付きです。大丈夫です。――だから……だから! あなたに呆れられても! あなたにき、嫌われても! じっとはしていられません! こちらで何があろうと私の責任! 全て私の意志です! 私を使ってください!」


 最後までジークフリードさんの目を見て言えただけでも、褒めてほしいくらいだ。彼から冷ややかな視線を浴びせられたら、それだけで致死ダメージを受ける。

 驚きに見開かれた赤褐色の瞳が、どう変化するかなんて観察する勇気もなく、私はぎゅっと握り拳をつくってうつむいた。


「泣きそうな顔で言われてもな」

「そんな顔、していません……」


 ノエルさんは「少しでも戦力が増えて助かる」と言っていた。私のような半端な魔法でも補助くらいならばできる。ジークフリードさんだって、ノエルさんから報告を受けて知っているはずだ。


 それに、ドリンクを騎士団の皆さんに行渡らせる任務は、絶対に遂行させなければならない。ジークフリードさんの魔力は温存しておくべきであり、転移魔法陣に注ぐ役は私で充分だ。

 私を利用できると分かっているのなら、余すことなく使ってほしい。お荷物は嫌だ。


「リン。俺が君を嫌いになる事はない。だが、君の言い分を聞き入れる事もできない。俺は君にほんの少しも傷をつけたくないんだ。言う事を聞いてくれ」


 どうしようもなく優しい声色に、本当に泣いてしまいそうになった。


「だったらどうして、私も同じだって考えないんですか。私だって貴方に傷ついてほしくない。仕事柄無理なのは分かっています。でも、だったら、少しでも傷つかないよう、お手伝いくらいさせてくださいよ……」


 顔を上げることが出来ないまま、声を絞り出す。

 私の前髪をかき分けて、ジークフリードさんの指先が頬に当たった。


「俺は、自分の命を誰かのために使えて本望だ。でも君は違う。俺のためなんかに、捨てていいものじゃない」


 何を言っているんだろう。私を諦めさせるための嘘だとしてもタチが悪い。ジークフリードさんは騎士団の団長とは言え公爵家の人間。簡単に命を使うなんて言える立場の人ではないはずだ。それこそ、私の命などとは比べようもないくらい。


 私は恐る恐る顔を上げた。夜の匂いが濃くなり、火柱の勢いも収まってきている。周囲を照らすのは月光。落ちてきそうな満天の星空の下、枯れる寸前の蕾が必死に花咲かせるように、寂しげで温かな笑顔がそこにはあった。


 乾いた笑いが漏れる。

 本気だ。本気で言っているのだ、この人は。だから自分に負荷がかかる無茶だって平気でする。


「な、んですか、それ。何なんですか。それじゃあ自分の命なんて捨てて良いって言っているみたいじゃないですか! 取り消してください! いくらジークフリードさんがイケメンでかっこよくて優しくて外見も中身も完璧超人だったとしても言って良い事と悪い事があります!!」


 怒りと同時に本音が駄々漏れになる。もう恥も外聞もすべて捨てている気がするが、心の奥底から湧き上がってくる言葉は、止めようがなかった。


「褒めているのか!?」

「半分くらいは!!」

「開き直ったな!?」

「いいじゃないですか! ついでに褒めちゃ悪いんですか!?」

「悪くは無い! むしろ嬉しい!」

「そうですよね!? こんな時に何を言っているんだって――え? ええ? あ、いえ……あ、ありがとうございます……?」


 逆切れしている自覚はあった。

 普段なら「今言うべき事ではない」くらいのお小言が飛んできそうなものだ。しかし一段と大きな声で「嬉しい!」と言い切られて、私は自然とお礼を返していた。


 ジークフリードさんは片手で顔を覆い、うつむいている。私も失言だらけだったけれど、今日の彼も相当だ。

 大丈夫かしら。


 ジークフリードさんは物事をよく考えてから話す人だと思う。私は思いついた言葉をつい口に乗せてしまいがちだけれど、彼は一度飲み込んでから内容を吟味し、適切な言葉を選んで話す。よって、彼の話は分かりやすいのだ。

 感情的になったとしても、あくまで冷静さは失われていなかった。しかし、これはどういう事だろう。例えるなら頭が回っていないような。


 ――ん? 頭が回っていない?


「ジークフリードさん、実はすっごく疲れていませんか?」

「……大丈夫だ」

「今の間! っていうか絶対大丈夫じゃないでしょう!」


 そうだ。私は失念していた。

 薬が足りない状態で、ガルラ火山へ挑まなければいけない。それは山に登る段階だけが大変なわけではない。


 薬がある前提で進めていた準備は全て白紙に戻り、配分などを一から決め直さなければいけない事。持てるツテを全て使って、近隣から防炎の薬をかき集める事。ガルラ火山への遠征の出立日を伸ばせないかと上にかけあう事。――全て。全て、自分の責任だと背負いこんで、ギリギリまで頑張っていたはずだ。


 疲れていないはずないじゃない。どうしてそこまで考えが回らなかったの、私は。

 山で無茶をしなければいい、だなんて。そんな簡単な話ではなかった。


「私に説教できる立場ですか。強制的に休んでもらいますからね」

「――リン、俺は大丈夫だと」

「駄目です」


 恥ずかしそうに上目づかいで訴えかけられるが、毅然とした態度で首を振る。今日の私はいつもと違います。そう簡単に懐柔できると思わないでほしい。


 私とジークフリードさんは見つめあったまま硬直する。どちらも口を開かない。言葉を紡いだとして無駄だと分かっているからだ。お互い絶対に譲らない。何かきっかけがない限り――。


「僕も団長が休むのに賛成です」

「へ?」


 突然投げかけられた言葉。

 振り向くと、岩陰からノエルさんが顔を出した。律儀に右手を上げ、涼しげな顔で「これで二対一になりましたね、団長」と微笑んでいた。



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