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4、就職先は食堂でした



「お前が聖女の可能性?」


 しんと静まり返った室内に、乾いた笑いが響く。王子だ。


「はっ、馬鹿も休み休み言え。他の自然発生した聖女ならいざ知らず、召喚の儀によって呼ばれた聖女は特別だ。ふわりとした蜂蜜色の髪。慈愛をたたえた瞳。鈴が転がるようなか弱い声ながら、しっかりと自らの意志を持った強い女性。――それが伝承にある聖女だ」


 「彼女のように」王子は一歩足を引き、茶髪の美少女ちゃんに向かって腕を伸ばす。少し芝居がかった動きだが、さすが美形なだけあって様にはなっていた。ええ、様にはなっていたのだけれど、今の私には腹立たしさが増しただけに過ぎない。

 ただの格好つけじゃない。似合うというのならジークフリードさんの方がよっぽどスマートに似合うと思うわ。


 ちなみにもう一人――黒髪の美女さんは、感情のこもっていない瞳で王子を見つめていた。いや、睨み付けていたの方が正しいかもしれない。今の言い方だと、贔屓しますといっているようなものだものね。当たり前だ。


「それで、お前のどこに共通点が?」

「聖女を召喚したら同じような人間が呼ばれるのですか? それとも、聖女様は能力よりも顔で選ばれるとでも?」

「それはっ! そんなわけ……! くっ、僕はただ……」


 想像していませんでした、とばかりに目を逸らされる。


 馬鹿馬鹿しい。よく分からないが、彼の中で召喚された聖女は特別で、並々ならぬ理想像が作り上げられているみたいだ。そして、そのお眼鏡にかなったのがふんわりした茶髪の美少女ちゃんだった、というわけか。

 それで良いのか、この国は。


「分かった。ならば真偽のほど、この場で確かめてやろう。おい、あれが戻ってきたはずだ。出せ」

「かしこまりました」


 王子の元に、小さな座布団に乗った丸い水晶のようなモノが届けられる。

 真偽のほどを確かめるって。まさか。この場で聖女かどうか判断する、という事か。


「王子、それは割れたと……」


 ジークフリードさんの眉が怪訝そうにひそまる。


「一度は、な。だが壊した本人が魔法に明るい人間だったので、責任をもって直させた」

「ああ、彼が壊したというのは本当だったのですね。……だが、それにしても早すぎる」

 

 最後の台詞だけは苦々しげに、私しか聞こえない程度のボリュームで呟かれた。それもそうだ。聖女かどうか判断する道具があるのなら、私が聖女かもしれないというハッタリなど不要。恐らくジークフリードさんは、聖女の判別に時間をかけている間に色々裏で準備を進めておこう、という腹だったのだろう。


「これは先々代……いや先先先代か? まぁいい。前回の聖女探しも難航し、今後このような事があっても楽に探せるようにと、時の王が技術と金をつぎ込んで作ったもの……は壊れたので再度私が作り直させたものだ。聖女かどうか、力を込めるだけで分かる。――手を出せ。今回は特別に貸してやろう」


 拒否権などないらしい。当たり前か。

 言う通りに手を出すと、水晶を乗せられた。


「ほら、力を込めろ」

「力を込める? どうやってですか?」

「要領が悪い奴だな。なんというか、こう、力を込めるんだよ」


 説明になってないわよ、馬鹿王子様。

 苛立ちを心の奥底に押し込めて根気強く質問していくと、どうやら気みたいなものを注入する感じで集中すれば良いと分かった。聖女の力があれば、水晶の中心から白い光が漏れだし、最終的に水晶全てが光り輝くらしい。


 聖女でないのだから光るわけがないが、やらなければ怪しまれる。光らなかった後の対策――私は巻き込まれたと認めてもらえれば良いだけだから、他に取れる戦法としては聖女様たちを巻き込んで同じ世界から来たと証言してもらうくらいか。


 笑いものになる前提で頑張るのは被虐趣味のある人間だけだ。私はもちろん当てはまらないので、嫌々ながらに力を込める。

 何事も起こるはずがない。そう考えていたのに。


 奥底から一瞬、目を突き刺すような光が生まれた――次の瞬間。水晶はパリンと鋭い音を立てて粉々に砕け散った。床に散らばった破片は、シャンデリアの光を浴びてキラキラ輝く。


「は?」

「おまっ、お前っ! まさか嘘がバレるからといって壊すやつがあるか! 百歩譲ってお前が異世界から来た来訪者だと認めよう! ああ、認めてやる! こんな馬鹿がランバートン公爵家の手先なわけがないからな! だがこの罪、ただで済むとは思うなよ!」

「馬鹿って! 私何もしていませんよ! あなたが言った通り力を込めただけです! 私一人の責任ではないでしょう! で、でも、割った事に対しては、わ、悪かったと……」

「そんな嘘がまかり通るわけないだろう!」


 嘘ではないのに。

 少し足をずらせば破片が擦れ、ジャリ、という音が足の下から発せられた。さすがの私も罪悪感が湧いてくる。というか、聖女かどうかを判断する道具を壊してしまったのだ。呼び寄せられた聖女様たちにも迷惑がかかるんじゃないだろうか。


「あ、あのっ、私っ」

「心配しなくとも大丈夫だ、リン。旧式の判別方法になるから少し時間がかかるが、聖女の判別は出来る。だから怖がらなくても良い。……ですよね? 王子」

「それは結果論だ。割った罪がなくなるわけではない」

「そ、それは……」


 何と言えばいいのか分からず二の句が継げずにいると、同じく召喚された黒髪の女性がすっと前に出て、手を挙げた。


「すみませんが、わたしを放って話を進めるのは、そろそろ止めてくださいますか? こっちも当事者なのですが」


 表情は穏やかながら、私の話を聞けと言わんばかりの迫力が込められている。これ以上言葉を重ねても意味がない。そう悟った私は無言で一歩後ろに引いた。


 結果、私の衣服や発言内容から同郷だと判断した黒髪の彼女が「――というわけで、その人に危害を加えるのならば、私は協力いたしません」と宣言した事により、周囲のローブたちが慌てて王子を説得し、私とジークフリードさんは不問となった。ただし、城下に下りる条件付きで。

 私としては願ったり叶ったりだ。


 ありがとう、の意味を込めて黒髪さんへ頭を下げる。すると、彼女は首を振って力なく微笑んだ。大丈夫かしら。妙に疲れているようだけれど。


「リン、彼女ならば大丈夫だ。聖女として相応の対応をしてもらえる。でも君は違う。とりあえず、城下まで案内しよう。今後については道中で」


 ジークフリードさんに言われるがまま、彼に手を引かれて王宮の外へ出る。「寛大な処置に感謝するんだな」という王子の捨て台詞を背中で聞きながら。


 重厚ながら精美な彫刻が施されている門をくぐり、手入れの行き届いた並木道に入った。さすが王宮まで続く道。空から落ちてくる葉が風に吹かれて舞う様は、まさに絶景だった。


 それにしても、いつまで手を繋いだままなのだろう。骨ばった力強い指にぎゅっと握られ恥ずかしくなってきた。


「すまない。私がもう少し儀式に噛んでいたら……」

「でも、ジークフリードさんは反対されていたんですよね?」

「いくら国益のためとはいえ、異世界から少女を呼び寄せて戻さない、など正気の沙汰ではない。反対もするさ。おかげで城周辺の警備という形で遠ざけられてしまった」


 力なく笑う姿に反して、私の手を握る力は強くなる。


「本当に申し訳ない。王子の良い噂は聞かなかったが、あれほど聞かん坊だったとは。後で手は回しておくから、君は何も心配しなくて良い。――だが、ははっ、球が割れた時の王子の顔、ふふふ、駄目だ、思い出したら笑ってしまう」


 「すまない。こんなに愉快な気持ちになったのは久し振りでな。ありがとう」頬を桜色に染めて微笑まれては、直視なんて出来るはずもなく。


 本当に口から出るんじゃないかってくらい、心臓が跳ねた。並木道なんて目じゃない。ジークフリードさんの笑顔の方が何百倍も絶景だ。


「なぜ割れたかは不明だが……相性が悪かったのだろうか? いや、考えても仕方がないな。しかしよく割れる球だ」

「本当にすみません……」

「あれは王子も悪い。気にしなくとも良いさ。さて、これからの事だが。王宮の庇護には入らない、むしろ入りたくないというのは本心か?」

「はい。あそこにいるくらいなら、城下にでも何でも下りて仕事見つけて生きる方がマシです」

「仕事、か。当分の生活費は王宮から分捕……ンンッ、頂いて後から君に届ける予定だが、君が働きたいのなら一つ、斡旋できる職場がある」


 分捕ると言いかけたのはツッコまないでおこう。顔には出ていないけれど、ジークフリードさんも相当頭にきているはずだ。


「働ける場があるのなら嬉しいです!」

「ははは、君は前向きだな。ただ良い職場かと問われると、どうだろう。俺の知り合いが一人でやっている食堂でな。その、そいつはかなりの変わり者なうえ、普段は頼りない。こればっかりは会ってみないとわからんが……」


 変人店長か。ジークフリードさんが口ごもるなんて、よっぽどかもしれない。でも、頼りない上司には前職で慣れっこだ。

 考えるまでもない。私はすぐさま頷いた。


「よろしくお願いします」

「分かった。無理だと思ったら言ってくれ、すぐ別を探そう」


 店長一人で持っているなら、忙しさはそれほどでもないと推測される。料理は得意ではないけれど、苦手でもない。

 店長と良好な関係さえ築ければ問題なく働けるだろう。しかも、無理なら別の職場を斡旋してくれるというホワイトっぷり。

 こんな高待遇でいいのかしら。


「よし、希望が見えてきました。ではその食堂まで……あー、えっと、その前にジークフリードさん、そろそろ手、離しませんか……?」

「ん? 手?」


 ジークフリードさんは私と繋いだ手をじっと見つめた後、「やだ」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。



* * * * * * *



 繁華街からは少し離れた裏道に、その食堂はあった。真新しい木製の一戸建て。食堂というより、小さなレストランといった風だ。

 名前はレストランテ・ハロルド。周囲に生えた木々が、丁度良い木陰になって食堂を包んでいる。

 扉を開けると、チリン、と涼しげな音が響いた。


「おや、ジークじゃないか。何だ、僕の料理を食べに来たのかい? 大歓迎だよ」


 店の奥に佇む男性。彼が店長だろうか。

 さらりと流れる新緑の髪に、澄んだ金色の瞳。想像していた店長像より、何倍も優しそうで若かった。何よりジークフリードさんとはまた違ったタイプの美形だ。

 ジークと愛称で呼んでいる事から、気が置けない間柄だと分かる。


「いや、今日は彼女を働かせてもらえないかという交渉に来た。聖女召喚に巻き込まれた人だ。断りはしないよな?」

「巻き込まれた……? そうか、そういう事もあるのか。確かに魔力の残滓があるし……うん。それは断れないね」


 彼はしばらく考え込んだ後、私に向き直って微笑んだ。


「初めまして、僕はハロルド・ヒューイット。しがない食堂を一人で切り盛りしているしがない男さ。あんまり人は来ないから、のんびりできると思うよ。今日からよろしくね」

「私はリン・カブラギです。こちらこそよろしくお願いします」

「リンだね、覚えたよ。じゃあ、さっそくだけど僕の料理を食べて。効果は抜群だけど、どうにも固定客がつかなくてね。率直な意見を聞きたい。あ、ついでだしジーク食べていきなよ」

「は、はぁ……」


 会話が始まって早々、不穏な単語のオンパレードなんですが。それは。

 固定客がつかないのはまだ良い。でも料理に対して出てくる言葉が「効果」って何だろう。普通「味」じゃないのかな。


 ジークフリードさんは「あんたは本当強引だな」と呆れながらも、椅子を二人分引いてくれた。お礼を言って腰掛ける。彼は私が座るのを見守ってから、自分も席に着いた。

 さすが騎士団長さま。レディファーストが徹底している。


「実は実験中だったから、もう出来ているんだ。いやぁ良いタイミングで来てくれたよ。ではでは、どうぞ。お召し上がりを」

「えっと、ありがとうございます」


 実験中という単語にツッコミを入れたい。けれど、目を輝かせてお皿を目の前に置いてくれるハロルドさんに言えるはずもなく、私は「いただきます」と呟いた。


 白磁の皿に盛られたのは、日本でもお馴染のハンバーグ。ソースも何もない素っ気なさだったけれど、見た事ない料理よりかは口に入れやすい。

 魔物のソテーとか言い出されなくて良かったわ、本当。

 私はそれを一口大に切って、口に入れた。


「――ッッッ!」


 口内に衝撃が走る。

 余分な工程は要らないとばかりに肉を刻んで圧縮したようなハンバーグ。いや、ハンバーグに失礼ね。ただ肉を焼いたものだわ、これ。熱でお互いがくっつきあっているだけ。


 唯一スパイス的な何かが入っている気はするけれど、青臭い風味といい噛むと溢れてくる苦味といい、どう言い繕っても草だった。

 ええ、草。まごう事なき草の味がする。


 胃の奥から込み上げてくるものはあったが、必死に押し止めて何とか飲み込む。涙が出そうになった。

 しかし隣のジークフリードさんを見ると、彼は顔色一つ変えずにもくもくと食べ進めていた。え。まさかとは思うけれど、この世界の食事って意外とこれくらいなのかしら。


「リン。こちらに来てから何も食べていないんだろう? 食欲は無くとも口にはいれておいた方がいいぞ」

「分かってはいるんですが……あの、ジークフリードさん。食事は何のためにあると思いますか?」

「ん? 生きるためだな」


 切実だった――!

 楽しい美味しい元気が出るじゃなくて生きるためって、必要最低限の回答じゃない。

 手元のハンバーグもどきに視線を移す。ああ、こういう味になってしまうのもやむなしなのか。


 その時私は決意した。

 美味しい料理が食べたければ、自分で作るしかないと。



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