36、疑心暗鬼攻略法 後編
「悪かったな、えっとリンゾウ? だったか。お前、本当にガルラ火山攻略のため手伝いに来たのか?」
「当たり前じゃないですか」
私の言葉に、彼らは顔を見合わせて気が抜けたような笑みを零した。
「なぁんだ、監視されてんのかと思ったぞ」
「そうそう。前を歩く貴族様たちだって、俺たちの事怪しんでるのにさ。第一騎士団から来たって、どう考えても俺たちの監視だって思うじゃん」
「平民出の奴から離反者が出た。んならよぉ、第三騎士団にいる平民出の俺たちも同じような事するんじゃねぇかって、怪しまれてるだろーしな」
「ていうか、犯人はアイツだっていうけど、アイツは優しい奴だからきっと何か事情があるに違いないんだよ」
「そうだそうだ。貴族様たちはそれがわかっちゃいねぇ!」
驚いた。一気に気を許してくれた感がある。彼を守った事で敵ではないと認識されたのだろうか。何にせよ、怒っていたのではなくて良かった。
第三騎士団は、貴族ばかりで固められた第一騎士団とは違い、平民出身の者も数多く在籍していると聞く。
普段は同じ騎士団に所属し、協力し合っている仲間。しかし、今回のようなトラブルに見舞われ疑心暗鬼渦巻く中では、出自の差と言うものは、こうも分裂を引き起こしてしまうものなのか。
ジークフリードさんに聞いたことがある。第三騎士団の団員は貴族平民と入り交じっているため、価値観の違いからたまに衝突がおこる。しかし彼らは憎まれ口を叩きながらも、実際はそこそこ仲が良い、と。ライフォードとハロルドに近い、とも言っていた。
確かにライフォードさんとハロルドさんはよく口喧嘩をしているが、根底には信頼による気安さがあるように思える。
だったら彼らだって、本来は――。
「貴族の人たちが、そう言ってきたんですか?」
「いや……直接は言われてない」
「でもよぉ、態度で分かるんだよ。態度で。どう考えても俺たちを怪しんでるって」
なるほど。そう言う理由か。ならば、やはり自らの想像で架空の敵を作ってしまっている可能性がある。
自分は嫌われているんじゃないか――そう思うと、相手のどんな仕草も悪意を持って見てしまう。被害妄想だと一言で片づけるのは簡単だ。しかし一度芽吹いた疑惑の根は、そう簡単に摘み取れない。
こういう場合、本音で話し合うのが一番なのだけれど。通常の方法では難しいだろう。
私に出来る事――少し強引になってしまうが、打てない手が無いわけではない。部外者であり、無邪気な少年と認識されているからこそ出来る方法だ。
そうと決まれば、まず裏付けだ。私の考えが合っているのかどうか、確かめないとね。
「分かりました! じゃあ僕、ちょっとあの人たちに本当かどうか聞いてきますね」
「はぁ!? ちょ、おい、リンゾウ!?」
ガッシャンガッシャンと鎧を揺らしながら、私は前を歩く貴族様たちに近づく。ヤンキー団員さんたちと違って、歩き方から騎士服の着こなし方まで全てに品がある。さすが貴族さまだ。
同じタイプが集まっている第一騎士団と違って、こうもタイプの違う団員たちをまとめ上げるのは至難の技だろう。ジークフリードさんは凄い。
「すみません」
「うわぁ! ……あ、なんだ。人か。というか、あれか。第一騎士団から協力に来たって言う。びっくりした」
「ホントに目立つ格好をしているなぁ。で、何かな? 僕たちに何か用かい?」
まぁ、驚きますよね。こんな格好では。
私が声を掛けた男性は、雰囲気だけで言うとライフォードさんに近いタイプだった。彼ほどキラキラと輝くアイドル王子様のようなオーラは纏っていないが、それでも出自の良さは仕草や表情など至るところから感じ取れる。
私は手短に、今回の事件のあらましは理解している事を説明し、そして貴族出身の方が平民出の方を怪しんでいるのではないか、と尋ねた。
「は? 僕たちが平民を怪しんでる? 何で?」
「確かに防炎の薬を割ったのは第三騎士団の団員で、平民出の人間だよ。だからって平民全員を怪しむなんて、するわけないだろう。どんだけ僕たちの視野が狭いと思ってるんだ」
「ああ。さすがに失礼だぞ」
「最近、妙に睨んでくるから、ちょっと腹立たしいけどね。本当、なんなんだよアイツら」
気分が悪い――声に出さなくとも表情が物語っていた。
良かった。やはりそうか。
犯人を取り調べているのは第一騎士団。そこから出向しているリンゾウに、平民出を庇うような嘘をついたところで旨味など何もない。彼らは本心を語っている。
これは疑心暗鬼による些細な行き違いだ。彼らは一つ川を挟んだ向こう岸から、お互い睨み合っているようなもの。ならば、やる事は一つ。橋を掛けてやればいい。
私は微笑んで――鎧を被っているから表情なんて分からないだろうけど――後ろを歩いている団員たちを指差した。
「いえ僕ではなく、ご本人たちが。貴族様の態度がそう言っていると」
「はぁ!?」
面白いくらい表情が歪んだ。彼は私の隣を抜け、勢いよく後ろへ突進していく。予想通り。行動力のある人で良かった。
なければないで、対応策は考えていたけれどね。まぁ、スムーズに進むのが一番だ。
「おい! ちょっとお前たち! 僕たちがお前たち平民を怪しんでるって、本気で思っているのか!?」
「リンゾウの野郎……!」
目を見開いて私を睨んでくる。当たり前だ。分かっていたけれど、やはり怖いものは怖いので目を逸らした。
「くそっ! ああ、そうだよ! 隠したって態度から滲み出てんだよ! どうせ俺たちが足を引っ張るんじゃねぇかって、警戒してんだろうが!」
「ふざけんな! 普段と違って警戒してんのは薬が足りてないからだ! お前の脳味噌の方も足りてないけどな! 考えたらわかるだろうが!」
「はぁああああ!? 俺はちゃんと聞いたんだぞ、お前が「やったのが彼なら、仕方ないかもしれない」って言ってんの! どうせ平民の出だからやったんだろうって思ってんだろ! 山に行きたくなかったんだろうなっつってよぉ!」
「ああ言った。彼はとても家族思いで優しいから、そこを突かれたら崩される可能性もあるって話だ! 第一騎士団の兄から泣いて謝っていると聞かされていたからな。よく確認もせずに想像だけで言えたもんだな! 最近睨んでくると思っていたらそれのせいか、この馬鹿!」
「仕方ねぇだろ! それだったらそう言えよ! 睨んで悪かったと思うじゃねぇか!」
怒鳴り合っているのに、不思議と仲が悪いようには聞えない。だって、よくよく会話を聞いていれば、お互いの不満を上手く相手にぶつけ、それを「違う」と言い合っているに過ぎないのだから。
彼らに圧倒的に足りなかったものは会話だ。
でも無理やり引き合わせて「さぁ、話し合ってください」と言っても、凝り固まった思考では「話す事なんて無い」で終わってしまう可能性がある。そこで怒りの感情を利用させてもらった。
怒気で全ての本音を引き出せるとは思わないが、建前くらいは取っ払ってくれたはずだ。
人が怒鳴る時、大まかに分けて二タイプあると思う。
一つが相手の話など聞かず、ただ自分の意見だけを押しつけてくる人。もう一つが、相手の意見も理解しつつ、自分の考えを述べてくる人。後者は幾分か理性的だ。
元の世界でこういった人々の対応に馴れていたため、少し話せば相手がどっちのタイプか分かる。今回は二人とも後者だったので、強引な手段に出られたのだ。
賭けの色合いが少々強かったかもしれないが、良い方向に転がったと思う。
私は何食わぬ顔でノエルさんの隣に戻った。
「リンゾウ君……これ、どう収拾付けたら……。団長の手間は取らせたくないのに……」
「ノエルさん心配し過ぎです。今の会話を聞いていたら、もう大丈夫だって分かりますよ」
頭を抱えてうつむくノエルさん。副団長としては胃の痛い光景なのだろう。心の中ですみません、と謝っておく。
「そろそろ解決しそうです」私が声を掛けると、「解決?」と不安そうに顔を上げた。
「大体、アイツは俺たちを裏切るようなことはしねぇ! 理由があったに決まってんだろ!」
「そんな事くらい僕たちもよく分かってる! 彼は優しい奴だ。僕だって、何度も何度も彼に助けられている! そんな事、身に染みてわかってる!」
「んだよ、それ! 俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!」
「だから馬鹿だって最初に言っただろうが、この馬鹿!」
はぁはぁと肩で息をしながら、二人は一度黙る。
手の甲で口を押え大きく息を吐きだした後、彼らは呆れたように笑いあった。
「はぁ、何やってたんだろうなぁ」
「こんな時だからこそ、協力しなきゃいけないのにね」
「とりあえず、王都に帰ったらアイツが馬鹿やった理由を突き止める」
「ああ。それから犯人を見つけて突き出す。僕たち第三騎士団をコケにした事、絶対後悔させてやるから」
貴族さんが右手を差し出す。ヤンキー団員さんは右手を大きくふり被って、差し出された手を握った。パァンと語気味良い音が鳴る。まるでハイタッチだ。
ミッションコンプリート。小さな一歩だけれど、ほんの少しでも騎士団の雰囲気が良くなるといいな。――なんて思っていると、彼らは同時に私の方を見た。
「おい、リンゾウもこっちへ来いよ」
「君、これが狙いだったんだろう? 全く、子供なのに随分と策士だね。さすがライフォード様のお気に入り、という事かな」
「マジかよ」
「お前はむしろもっと考えろよ……」
二人は私に向かって腕を差し出す。どうやら貴族さんには全てバレてしまったようだ。
私は「すみませんでしたー!」と叫びながら二人に近づいた。辿り着くなり、ぐりぐりと頭を押さえられる。それはあまりに乱暴な手つきだったため、撫でられているという事に気付くまで数秒を要した。
後々わかった事だが、平民出の方がヤンキー――じゃなくて、ヤンさん。貴族の方がアランさん。二人ともジークフリードさんとノエルさんを除いて、第三騎士団における平民代表、貴族代表のような立場だったらしい。
おかげでガルラ火山につく頃には、団員たちの雰囲気は随分と穏やかなものに変わっていた。
先頭を歩いていたため、最後尾の騒動を知らなかったジークフリードさんは、不思議そうにノエルさんを見る。彼は苦笑しながら私の肩を叩いた。