35、疑心暗鬼攻略法 前編
早朝。騎士団の面々は町にある厩舎に馬を預け、ガルラ火山へ向かうこととなった。
多くの魔物が徘徊する山だが、実はある資源が眠っており、登ろうとする者は少なくない。そんな者のために、町では長期間滞在できる設備が整っている。
ある資源――それは炎の魔石だ。町の特産物にもなっているが、他の町からも採掘に訪れる者は多いらしい。
この世界の火は特殊な石を用いている。魔石と呼ばれるそれは、呪印を施されている鉄の棒を当てる事で火が付く。便利な事に調整もでき、その棒を右に引っ掻くと火が強まり、左に引っ掻くと火が弱まるのだ。
ガスコンロを想像してもらえると良いだろう。
食堂の厨房でもこれを使っているため、火は元いた世界と似た使い勝手なのである。とても有難い。ただ魔石には寿命があり、割れてしまったら交換しなければいけない。
そして、火口に近い程長寿命なのだが、麓あたりでも半年くらいは持つため、登山者が後を絶たないのだ。
現在、結界の調査が必要という事で、一般市民の立ち入りは禁止されている。上記のような理由があって、ガルラ火山の調査は急務となっているらしい。
全部ライフォードさんからの受け売りだ。私は何も考えずに火を使っていたからね。
「リンゾウ君、ガルラ火山へは初めてかな。あれがそうだよ」
ノエルさんが指差す方向へ視線を向ける。しかし、そこに私の想像する山は無かった。鎧に囲まれて視界が狭まっているからではない。見えるのは、巨大な火柱だ。
麓辺りはまだポツポツと木の姿が確認できるが、全て枯れ木。上がるにつれて草木の姿は無く、乾いた土から立ち昇るのは全て炎だ。
赤から青へのグラデーションを纏った炎は、まるでオーロラのように幻想的だった。火口に近づくにつれて青の割合が多くなっており、防炎の薬が無いと登れないのにも納得である。
一年中炎が消えぬ山。比喩ではなく、まさか山自体が常に燃え上っているとは思わなかった。
町からガルラ火山に向かうには、まず小さな森を抜けてからになる。私とノエルさんは案の定、最後尾で団全体を見渡しながら進んでいた。
「この森にも魔物は出没するから、気は抜かないように」
「はい。了解しました。それにしてもちょっと隊から離れすぎていませんか?」
「そうだなぁ、普段はもうちょっと近くにいるんだけど……」
私とノエルさんが最後尾の団員に近づくと、彼らは顔しかめて足早に距離を取られた。結局、元通りの距離感に収まる。
ちょっと露骨すぎやしないだろうか。普通にへこむんですが。
「ごめん。団員同士でもちょっとピリピリしている所があるのから」
「第一騎士団の僕ならなおさら、という事ですか」
「あと単純に見た目が……」
「意外とはっきり言われた! ですよねやっぱり!」
上半身のみ鎧の男なんて怪しさ爆発ですもんね。しかも脱がないときた。
「そういえばリンゾウ君は剣を持っていなけど、戦法は? まさか拳?」
「いえ、そんなライフォード様じゃあるまいし」
「あはは、おかしなことを言うなぁ。ライフォード様ほど流麗な剣捌きの方は見たことないよ。あの人が拳だなんて、誰かと勘違いしてるんじゃないのか?」
流麗な剣捌きとな。
さすがライフォードさん。騎士団内でも完璧な王子様なのか。あの人がニンジンを片手で粉々に粉砕したり、拳で釘を打ちつけようとしていた姿を見たら、どんな反応をするのだろう。
後が恐ろしいので絶対にバラしたりはしないけれど。
「……あー、そうですよね。誰と勘違いしちゃったんだろ」
「あははは、だろうなぁ。でも想像したら凄く面白……あ。ライフォード様には今の内緒ね?」
「勿論ですとも!」
ノエルさんは微笑んで「ありがとう」と言った。
私は中指、人差し指、親指の三本だけを真っ直ぐ伸ばし、ピタリとくっ付けた状態で、胸辺りまで持ってくる。これが私の武器。剣も拳も使えない。出来る事は敵の動きを止めるくらい。援護オンリーだがお荷物よりはマシだと思いたい。
ふと顔を上げる。
前を歩く騎士団員近くの草むらに違和感を覚えた。
微かだが、葉っぱが数枚揺れた気がする。動物か魔物か。目を凝らして良く見る。瞬間、草むらから黒い影が飛び出してきた。頭にドリルのような鋭い角を生やした、ウサギのような生き物。魔物の方だった。
騎士団員は瞬時に気付き、剣を抜こうと足を一歩後ろに引く。
だが間に合わない。
「セット!」
構えると同時に魔法陣が出現する。私はそのままノータイムで電流を打ち出した。電流は狙いが甘く、あらぬ方向に飛んでいく――と思いきや、ぐりんと弧を描くように向きを変え、魔物に直撃した。
空中で電流を受けた魔物は、そのまま動かず地面に墜ちる。
よし。上手くいった。
人間の身体には微弱な電流が流れている。
例えば視覚。見るという事は目に入ってきた光を神経が電気信号に変換して脳へ伝える事だ。逆もしかり。
魔物も構造は同じらしく、私はその電流をマークして電流を放っている。通常では考えられない軌道で魔物に向かっていったのはそのためだ。
人間と魔物とでは流れる電気信号に違いがあり、人に当たる事はまず無い。感覚として、魔物の方には何か黒いものが混じっているような。そんな感じ。
密集している場所で一人の人間を狙い打つのは難しいけれど、紛れ込んだ魔物なら百発百中だ。
ちなみに全部マル君から教えてもらった知識をもとに、改造した結果である。
「リンゾウ君、今のって……」
「大丈夫ですか! 怪我はありませんか! あ、心配しないでください! これ以上近づきませんから!」
両手を空に向けて真っ直ぐに伸ばし、ぶんぶんと手を振る。
すると何故か前を歩いていた団員たちは私の方に向かって歩いてきた。どうしよう。余計なお世話だったのかな。顔が恐ろしく怖いんですが。
「今の、お前か?」
「は、はい! すみません余計なお世話でしたよね!」
その団員は、私が今まで交流した事のないタイプの男性だった。具体的な例を出せば、夜のコンビニの前で、集団でたむろして喋っているタイプだ。正直怖い。鎧が無ければノエルさんの後ろに避難してしまいそうだ。
しかし――。
「すげーじゃねぇか! 何だ今の! いやぁ助かった助かった!」
「雷? うっわ、本当にそんな属性あったんだ。ちょっと感動!」
一瞬にして破顔する団員さん。二人は私の左右に位置取り、私は両側から肩を掴まれる事になった。何なの。挨拶なのかこれは。