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34、ガルラ火山へ出立



 まだ明けきっていない濃紺の空と、地平線から顔を覗かせる太陽。

 徹夜明けだと太陽が黄色く見える、なんて事を思い出す羽目になろうとは思いもしなかった。凄く眩しい。目が焼き切れそうだ。


 ハロルドさんマル君と手分けして特製ドリンクを作り続け、朝が来てしまった。途中ライフォードさんが「私も手伝います」と申し出てくれたが、丁重にお断り申し上げた。余計な作業が増えてしまうからだ。


 マル君だけは「疲れた。手伝ってもらえ」と泣き言を漏らしていたが、ハロルドさんと一緒に全力で止めた。

 あの爽やか王子様フェイスに騙されてはいけない。彼は己の腕力で食材を砕く気でいる。


 残りの作業は二人に任せ、私は第三騎士団と合流するため変装をする事になった。そのままの姿で現れては、ジークフリードさんに追い返される。それくらい想定済みである。


 そして現在。


「それではノエル、彼をよろしくお願いします。少しシャイで鎧が手放せない子ですが、役に立つ良い子ですよ」


 私は第一騎士団に最近入隊したばかりの新人騎士として、第三騎士団副団長ノエル・クリーヴランドさんに紹介されていた。

 ライフォードさんが見習いの頃着用していたお古の騎士服に身を包み、頭から腰までバッチリと鋼鉄の鎧で固めた状態で、だ。これならば顔を見られる心配は無しい、何より――。


「よろしくお願いします」


 私の口から発せられたのは、中低音の男性ボイス。誰がどう聞いても爽やかな少年のものだ。ハロルドさんの仕業である。

 声だけは誤魔化しがきかないからと、声帯に作用する幻術を鎧にかけてあるのだ。


 更に鎧の方にも軽量化の魔法が乗っているため、重さは感じない。つまりハロルドさんは常時、遠距離にいる私に二つもの魔法をかけ続ける事になっている。

 さすがの彼でも体力がゴリゴリ減っていくと思うので、レストランテの運営はマル君が主体となるだろう。


 誰かが裏で糸を引いている可能性もある。

 下手なことをして、こちらの作戦を気取られる訳にはいかないのだ。


 私程度なら歯牙にもかけないだろうが、ハロルドさんが店にいないとなると警戒が高まるかもしれない。よってレストランテ・ハロルドは通常通り開店予定だ。


「はじめまして、僕はノエル・クリーヴランド。副団長といっても庶民の出だから、気安くしてもらって大丈夫だよ。正直、少しでも戦力が増えて助かる。ありがとう……ええと」

「あ、わた……じゃなくて僕はリ――……リンゾウです! 若輩者ですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」


 しまった。

 見た目は完璧にカモフラージュできていたが、偽名を考えるのを忘れていた。とっさに浮かんできた名前を口にしたが、正直酷いセンスだと思う。リンタロウよりましだけれど。


 ライフォードさんの肩が小刻みに震えている。

 ええい、言ってしまったものは仕方がない。私はリンゾウ。いや、僕はリンゾウです。


「リンゾウ君? 変わった名前だね。うん、でも覚えやすくて良いと思う。こちらこそ、よろしくね」


 爽やかに微笑むノエルさん。素朴で優しげな外見から想像しうる通りの人柄だ。最近、周りがキラキラした美形ばかりだったので、隣に立つととても落ち着く。

 ジークフリードさんには頼れない状況。信頼できそうな人に預けてもらえて良かった。


 背負ったリュックに巨大な魔法陣を描いた布を。腰には空のドリンクボトルを。武器はその二つ。私の役割は一つだけ。失敗は許されない。


「では、ライフォード様。彼をしばらくお借りいたします」

「ええ。ノエル、どうかよろしくお願いいたしますね」


 ライフォードさんとはここでお別れだ。


 ジークフリードさんを先頭に、約50人程度の第三騎士団員たちは馬に乗り、まずはガルラ火山近くの町を目指す。

 私は馬になんて乗った事がないから、ノエルさんの馬に同乗させてもらった。副団長だからか、最後尾で団員全員を観察しながらの行軍となる。


 騎士団全体から漂ってくる、言葉では言い表せない重苦しい空気。やはり、事件の影響は少なからずあるみたいだ。


「この遠征、団員たちも不安に思っているのですか?」

「……なかなかズバリと聞いてくるんだね。ああ、そうなんだ。普段は好意的に見ているものも、疑心暗鬼に駆られた今ならば、逆の考えが浮かんでくる場合がある」

「逆?」

「例えば団長だ。どういう事かは、今夜分かると思う」


 途中休憩をはさみながら一日馬を走らせると、初日の目的地についた。ガルラ火山近くの町だ。この町には一泊と腹ごしらえのために立ち寄る。

 まともなご飯に在り付けるのは、ここまでだ。あとはレーション――簡易な保存食で腹の虫を誤魔化すしかない。


 騎士団用の保存食なだけあって、体力回復の効果は高めに作られている。ただ、味はライフォードさんとハロルドさんが瞬時に顔を逸らすレベルだった。私はまだ食べていないから分からないが、覚悟はしておいた方がよさそうだ。


 本当は現地で私が作れたらいいのだけれど、ジークフリードさんにバレても帰らされない場所――中腹までは我慢するしかない。さすがにガルラ火山を半分まで登って、一人で帰れとは言われないだろう。たぶん。


「リンゾウ君、眠る時まで鎧を着ているの?」

「は、はい! もちろんです! 鎧に囲まれている状態が、一番落ち着けますので。僕にとって鎧は戦闘装束であり、布団でもあるのです!」

「そ、そうなんだ」

「はい。よろしければノエルさんも是非一度試してみてください。抜け出せなくなりますよ。物理的に!」

「い、いや、僕は大丈夫。リンゾウ君が良いのなら、僕は気にしないから。うん」


 本当、何言っているんだろう私は。嘘を嘘で覆い隠そうとして変人と化している気がする。


 ノエルさんは優しい人だ。こんな怪しさの塊にすら、丁寧に対応してくれる。ライフォードさんが背後にいるおかげかもしれないけれど。彼の評判を落としていないか、今からちょっと心配だ。


 私は第一騎士団から貸し出されている設定なうえ、ライフォードさん直々に「頼む」と言われたこともあって、団長、副団長と同じ部屋で休息を取る事になった。

 ただ、部屋にいるのは私とノエルさんだけ。ジークフリードさんの姿は見えない。


「団長はいつもそうだ。野宿の時でも絶対に寝顔は見せない。普段ならば我々のために見張りを買って出てくれている、と皆思っていたけれど……」


 ノエルさんは寂しげにうつむいた。


「今は団員を信じられないから寝顔を見せないのだ、なんて噂がまかり通っている始末さ」

「ジークフリードさ……様はそんな人ではありません」

「――ッ、ああ、その通りだ。良かった。リンゾウ君、君とは仲良くできそうだ。さすがライフォード様に気に入られているだけある!」


 心底安心したように笑うノエルさん。


 ああ、ジークフリードさんは良い副団長を選んだのですね。疑心暗鬼で覆われている中、自分を心配し、信頼してくれる――そんな人が副団長だなんて、素敵だと思う。


「さぁ、ぐっすりと寝て体力を満タンにしておこう。僕たちは、あの人の役に立つためにここにいるのだから」

「はい」


 主の居ないベッドを見ながら、私は布団を被る。


 ジークフリードさんの寝起きの悪さを考えるに、部下に格好悪いところを見せないようにしている部分も、少なからずあると思う。

 ぐっすり眠ってしまうと、覚醒するまでに時間がかかる人だと知っている。責任感が強く、何でも自分で解決してしまう人という事も知っている。でも、こういう大変な時くらい周りに頼っても良いのに。


 ままならないものだ。

 悔しいな。私には何もできないのかな。



* * * * * * *



 夜中、ふと目が覚めて部屋の中を見回す。ジークフリードさんのベッドは空のままだった。


 私はノエルさんを起こさないよう、そっと外へ出る。


 夜の静寂が支配する時間帯。周囲は薄暗く、月光だけが唯一の光源だ。目が慣れるまで何も見えやしない。周囲を見渡すと、一つ大きな窓の下にジークフリードさんはいた。片膝を立てて座り、ぼんやりと空を見上げている。


 眠っていないのかしら。


「ジークフリードさ……団長」

「ああ、君は確かライフォードから頼まれた……リンゾウ君、だったか。すまないな。面倒な時期に協力をしてもらう事になって」

「いいえ。僕が役に立てるのなら、幸せな事だと思います」

「ありがとう」


 青白い光に照らされた彼の顔は、いつも通り見惚れるほど端正で格好良いのに、儚くも見えた。久しぶりに会えて嬉しい、なんて感情よりも心配の方が表に出る。

 ジークフリードさんはよく「頼ってくれ」と言うけれど、彼自身は誰か頼れる存在はいないのだろうか。


「あの、団長は眠らないのですか?」

「ああ、俺の事は気にしなくて良い。ちゃんと仮眠は取っている。君も早くお休み。明日からが本番だ。体力はきちんと回復しておきなさい」

「はい」


 リンゾウでなくリンだったら、引きずってでもベッドに連れて行った。残念ながら、今の私はリンゾウで、まだジークフリードさんに正体を見破られるわけにはいかない。

 だから素直に頷くしかなかった。


「あの、無理はしないでください」

「大丈夫だ。いつもの事だ」


 この人はいつもこんな無茶をしているのだろうか。

 明日からが本番とは言え、今日だって一日中馬で駆けていたはず。ノエルさんに引っ付いていただけの私でも疲れているのだ。慣れているとは言え、先頭を走っていたジークフリードさんが疲れていないわけがない。


 最初は少しだけ。ほんの少しだけだが、仕事をしているジークフリードさんを見られて嬉しい、なんて思っていた。けれど今は違う。


 私は一度部屋に入り、ジークフリードさん用のベッドから毛布を引っ張り出すと、丸めて抱きかかえた。そして、もう一度彼の元へ戻る。

 「こら。しっかり眠りなさいと言っただろう」と、こんな時にまでリンゾウの心配をしてくれるジークフリードさんは、本当に優しい人だ。だからこそ、私だって放っておかない。

 抱えた毛布をジークフリードさんに手渡す。


「せめてこれを」

「毛布?」

「団長が倒れたら元も子もないですからね。仮眠をとるにしても、身体を暖かくしてください」


 「では」今度こそ部屋に戻ってベッドに横になる。あれでぐっすり眠ってくれるとは思わないが、無いよりはマシだろう。




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