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31、もふもふとかそういう場合じゃない



「どうした、死んだ魚のような目をして」

「あ、いえ……」


 どうしても耳と尻尾が気になって目で追ってしまう。絵面の破壊力凄いわ。こういう人種がいたりするのか。さすが魔法のあるファンタジーな世界だ。可愛い女の子なら絆されていたかもしれない。


「マル君、耳。あと尻尾」

「む。人型に化けるのは慣れていたつもりだったんだが」


 彼が頭に手を置くと、耳と尻尾が引っ込んだ。


「駄目だわ。キャパオーバーです。説明を! 説明を求めます!」


 二人だけで納得しないでほしい。ハロルドさんは彼が何者か知っているようだが、私にはさっぱりだ。


 色々聞きたい点はあるけれど、とりあえず二点。何者なのか。どうやってレストランテ・ハロルドの中に入れたのか。それだけは教えてほしい。二点目とか、店の防犯体制を考えなければいけなくなる。


「ヒントはリンが言った赤い目だよ」

「何? お前は俺の目が赤く見えるのか?」


 「はい」と頷けば、化け物を見るような目をされた。理不尽な。私が何をしたって言うのよ。


 「抗魔力が異常なほど高いのか……?」「僕の幻術も効かなさそうだよねぇ、困ったなぁ」マル君、ハロルドさんが独り言のように呟く。

 何なの。私以外には黒に見えているって事なのかしら。――って駄目だ駄目だ。話題がそれてしまった。戻さなくては。私の事はどうだって良いのよ。


「えっと、あなたは耳がついている種族で、耳を隠して王都に料理の勉強に?」

「違う。そもそも俺は人間ではない。本来の姿は――そうだな、人間でいうところの巨大な狼みたいなものだ」

「お、おおかみ……?」

「夕食の礼だ。触ってみるか? 毛並には自信があるぞ」


 一瞬にして耳と尻尾が現れる。ふふん、と得意げに腕を組んでいる事から相当自信があると分かった。凄くもふもふしているのね。多分。


 巨大な狼が人に化ける。

 想像がつかないけれど、ひょこひょこ出し入れ出来る耳と尻尾を見てしまえば、そういうものなのかと納得するしかない。ファンタジーここに極まれり。改めて、凄い世界だと思う。


「あ。タマネギ大丈夫でした?」

「……お前、犬扱いするな。似ているのは外見だけだ。で、どうするんだ?」


 ――チャンスかもしれない。先に弁解しておくが、決してもふもふチャンスとかではない。確かに気持ち良さそうだが、それはそれ。

 これは賭けであり好機なのだ。


「そ、それでは、お言葉に甘えて」


 私は最大限の注意を払い、耳の付け根を確認する。本当に耳と頭皮とが繋がっていた。分かってはいたが付け耳とかではないみたい。少しだけ感動する。

 絹のような手触りのふんわりした毛は滑りがよく、さすが自分で毛並が良いと豪語しているだけあった。


 私は生唾を飲み込む。ここからは更に慎重にいかなければ。機嫌を損ねてはいけない。そんな圧力をひしひしと感じる。


 横側から覗いて人の耳も確認した。「この状態は人と狼との中間だからな、どっちもある。聞こえているは人間の方だ」マル君が説明を入れてくれる。私の好奇心などお見通しか。


 よし、もう少し。私はそのまま顎を伝って、そっとのど仏に指を添える。

 瞬間。紅い目がこちらを睨んだ。私は反射的に飛び退く。


「ほほう、急所を狙ってくるか」 

「いえ、実家の犬がこの辺り好きだったものですから……今は人型なので失礼、でしたよね。すみません……」


 「リンって意外としたたかだよね」ハロルドさんがからかうように言う。

 シャラップです。いざという時のために、虎の子の条件をクリアしておきたかっただけですから。まぁ、気付いているか。ハロルドさんだものね。


 彼が見つけた数百年前の手記に書かれていた魔法。これは使用に関する条件が非常に厳しいのだ。しかし、発動できればとても優位に働く可能性がある。


「彼は魔族だよ。赤い目は魔族の証だと、古い文献に載っていたからね。魔族は影を使って移動ができる。光があるところ影があるでしょ。だからこの店の中だって、散歩をするように入れたってわけ」


「ふん。今の世界に魔族を知っている者がいるとは。顔に似合わず勤勉なのだな」

「知っていたとしても、僕たち人間にとっては不法侵入と変わらないからね」

「人間の常識なぞ知るか」


 古い文献に載っている――裏を返せば、古い文献にしか載っていない種族という事になる。

 魔族はもうこの世界に存在しない者として認識されているのだろうか。いや、そもそも魔族という種がいた事すら、この世界の人々は知らない可能性すらある。


 今この世界に存在している魔のつく生物は、私が知る限り魔物だけだ。


「魔物とは違うんですよね?」

「あのような下等生物と一緒にするな。魔族は表から消えただけで、世界の裏側では生きている。……いい。理解しようとするな。人間には分からん。魔物は俺たちが表から去った後に出てきた世界の歪み。知識のない下等生物だ」


 「世界の歪み……?」ハロルドさんは眉間に皺を寄せた。


「魔術師も知らんか。ならよほど巧妙に隠されているんだろうさ。ところで俺の条件は聞いていたか?」

「えっと……あ。雇用の条件、でしたっけ?」

「ああ。お前の飯を食えれば無償で良い。悪くはないだろう?」


 もともと売り上げは気にしていない店だから、無償と言われてもピンとこない。ハロルドさんの貯蓄がおかしいレベルなのは薄々気づいている。私が好き勝手やらせて貰えるのは、単に彼のおかげだもの。


「嫌だ、と言ったら?」

「わっ」


 ハロルドさんの言葉が終わる前に、マル君は私の背後に回り首筋に手を当てた。


「魔族との契約は絶対だ。俺が破棄しない限りはな。契約にさえ持ち込めばこちらのものだ」

「最低ですね」

「褒め言葉だぞ、それは」


 犬歯を覗かせて満足げに笑う。勝ちを確信している顔だ。確かにハロルドさんは酷薄に見える時もあるが、懐に入れた人間には案外甘い。普段なら私を見捨てる事はしないだろう。

 そう、普段なら。


 ハロルドさんは特に動じもせず、事のなり行きを静かに見守っている。任せてください師匠。スパルタ教育の成果、今こそ発揮するときですね。


 「構築、設置(セット)」指先に魔法陣を描く。後は練習した通り。命令コマンドを仕込んだ魔力を流すだけだ。

魔法陣からパリパリと電流が流れ始める。これを打ち出すイメージ。私は指先に力を込める。


「――ッ!?」


 指先から放たれた電流はマル君に直撃し、一瞬、彼の動きが止まる。私はその隙をついて戒めから抜け出し、ハロルドさんの隣まで避難した。


 電気ショックを与え、一瞬相手の動きを封じる魔法。スタンガンのようなものだ。殺傷能力は皆無。スタンガンと違う点は、指先から銃のように放つことができるため、ある程度遠距離からでも狙い打てる事くらいか。

 ただし私の命中率が上がったら、だけれど。


「雷、か。中々珍しいものを使う」

「あなたが強硬手段に出るのなら、こっちも遠慮はしていられません……! だから、その……ええと、あの、詠唱待ってもらえたり……します?」

「はははっ! 構わん! いいぞ、好きなだけ足掻いてみせろ。ただし、魔術師。お前が参戦するなら容赦はせんぞ」


 能力のある者は、時に慢心する。いま、彼の隙をつける者がいるとすれば私だけだ。

 ハロルドさんは全て理解して「しないよ」とだけ言った。


 ハロルドさんとマル君が本気で対峙すれば、レストランテ・ハロルドだけではなく、城下にまで被害が出る。無知な私でも、この二人がヤバいって事くらい雰囲気で分かるわ。

 それだけは絶対に阻止しないと。



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