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30、横暴と夕食とギャップ



 光にかざしたルビーのように、透き通った赤色が細まり、ハロルドさんを見た。やはり赤い目だ。あれを黒とは呼ばない。翻訳魔法のお陰で言葉の違いは修正されているはず。どういう事だろう。


「で、マル君は不法侵入までして何の用なの?」

「ふん。不法侵入も何も、俺にとっては影があるところが入口で出口だ。ならばここはただの出口だ」

「影が出口、ねぇ。隠す気はないんだ」

「それこそ無意味だ。お前相手ではな。そうだろう? 魔術師」


 マル君とハロルドさんの間に火花が散った。


 私としては、マル君呼びに不満はないのか、とか。扉を無理やりこじ開けた様子がなく、どう見ても逆密室トリック状態なのはどういう事なのか、とか。そもそも影が入口で出口ってどういう意味なのか、とか。色々気になる点はあるのだけれど――。


「とりあえず明かりをつけましょう。明かり。それから座って話しましょう! ね!」


 「それもそうか」パチン、とハロルドさんが指を鳴らせば、壁に刻まれた魔法陣から光の珠が吐き出された。それは、受け皿として設置されているガラスの容器に溜まっていく。


 ライトの魔法。

 属性は無く、魔法の適正があれば誰にでも扱えるものだ。魔力は物質化すると発光する。その原理を逆手にとって明かりにしているらしい。白熱電球レベルで明るいので助かっている。


 ただ難易度は高めらしいので私にはまだ扱えない。――ライトフラワーを食べたら使えると思うのだけれど。これはまだ実験をしてみないとね。


「さて、と。まず君の理由を聞こうかな?」


 ハロルドさんはテーブルに、マル君はカウンター席に。それぞれ腰を落ち着ける。私は当然キッチンだ。もう夕食を準備する時間だし、なによりお腹が空いている。


「こちらの要望は至極簡単、明朗会計だ。店主、俺を雇え。二人での切り盛りは大変だろう? 役に立つぞ、俺は」

「ちなみに拒否権は?」

「ない。必ず頷いてもらう」

「えぇ……」


 なんて横暴な。私は心の中で呟きながら、疑似冷蔵庫から具材を取り出す。昼食のサンドイッチを作るついでに、ある程度仕込みは終わらせておいたのだ。


 あと、奥の方に入れておいた鍋。これは昨日、暇が高じて手作りしてみたブイヨンだ。

 調理後に余った野菜くず――タマネギ、ニンジン、キャベツなどを水に放り込んで、ゆっくり煮込んだお手軽製である。ザルで() した後、鍋ごと疑似冷蔵庫に放り込んでおいたので、これも取り出す。


「別に、この店は今のところ人手不足ってわけじゃないよ」

「一人抜けたら回らなくなるだろう?」

「その時は臨時休業かなぁ」

「お前。店をなんだと思っているんだ……」


 本当。マル君の方が正論を言っているのはどうかと思うわ、店長。

 いくら繁盛していないとは言え、昼食時は少し人が入ってくれるようになった。デリバリーサービスもやっているし、確かにどちらかがいないと厳しくなるだろう。


 人手が増えるのは大いに結構。

 マル君は役に立つと前雇用者、ダンさんからもお墨付きをもらっている。ただ、性格が難ありなのだ。

 ハロルドさん――店長が制御できない従業員、というのは些かどころか、かなり問題がある。どうすべきか。


 聞き耳を立てつつも、手は止めない。とりあえずマル君の対応はハロルドさんに任せておこう。私は夕飯に全力だ。


 今日の一品目はポトフ。

 ブイヨンを暖めながら、隣でニンジンやジャガイモを少し炒める。火の通りにくい野菜とそうでない野菜とでは、調理順を変える必要があるためだ。

 その後、塩と水を足して蒸し焼きにする。


「その間に次ね、次」


 二品目はひき肉入りオムレツ。

 一番面倒なパーセンテージ計算も、分量を計る事も終わらせているので、具材を焼いて卵で巻くだけなんだけれども。


 視線を感じてふと顔を上げると、ハロルドさんもマル君も無言でこちらを見つめていた。


「一時休戦中。お腹すいちゃった」

「俺の分もあるだろうか?」


 マル君の分もあるか、なんて決まっている。ある。そりゃあもう、バッチリ三人分。

 本日は護衛ありがとうございました。よければ夕食を食べていきませんか――なんて、お礼にかこつけてジークフリードさんを誘う予定だったからだ。


 私がどんな気持ちでブイヨンまで手作りしたと思っているのか。いや、うん。暇を持て余していたのも嘘ではない。嘘ではないけれど、やっぱり推しの美味しそうに食べる顔が見たかった、と思ってしまうのは仕方のない事だと思うの。


 私は悔しさをバネに、火が通った具材を卵でささっと巻いていく。三人分くらいあっという間だ。上にトマトをメインに使ったソースをかけて、オムレツは完成。


「はいっと、三人分です。良いですよね、ハロルドさん」

「仕方ないね」

「ありがとうございます。ではもうちょっとだけ待ってくださいねー」


 次はポトフの最終仕上げ。ベーコン、タマネギ、ワインなどを加えて火を通す。最後にブイヨンを加えて塩、胡椒で味をつけたら出来上がりだ。


 ポトフとオムレツ、それからパンを合わせると、森を探索し、魔法の訓練をした事による体力の消失分は十分に賄える効果量である。

 私は夕食をマル君、ハロルドさんの前に配膳していく。


「ねぇ、リン。断る方法思いつかない?」

「えぇ、ハロルドさんが無理なのに私が出来るわけないじゃないですか」

「それもそうだよねぇ。穏便にいう事を聞いてもらう方法があれば良いんだけど」


 期待を込めた視線を送ってくるハロルドさん。無茶言わないでください。私にそんな能力は無いです。


「リン、と言ったな」

「はい?」


 マル君の声に振り向く。


「別に金が欲しいわけではないので無償でいい。俺はただ、お前の作る飯が食いたい。それだけだ」


 スプーンと皿を両手で構えながら、私たちの方を向くマル君。オムレツはもう半分ほど無くなっていた。好みの味だったみたい。ええ、それは良かった。

 ただ――。


 私は何度か目を擦った。おかしい。私は今、夢でも見ているのだろうか。

 マル君の頭からつやつやとした毛並みの耳が生えているように見える。猫じゃない。犬かな。犬耳かな。

 同じく、腰の付け根辺りから尻尾も。もふもふだろうボリューミーな黒い尻尾だ。それが嬉しそうに左右に揺れている。


 美味しかった、ということなのかしら。澄ました雰囲気の男前から耳と尻尾のが生えていると、何とも言えない気持ちになる。


「あの、私の見間違いじゃなければなんですが……」

「大丈夫。僕にも見えているし、幻術でもないよ、あれ」


 どうしてそう落ち着いているんですか、ハロルドさん。

 私はだんだん考えることが面倒になってきたので、取り敢えず夕食を食べることにした。



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