27、正式な聖女は……?
ジークフリードさんと別れた後、私はライフォードさん率いる第一騎士団の面々と森の奥へと赴き、星獣の結界とやらを少し見て回った。
王子の手前ああ言ったが、結界内の魔物が出てきているとなると緊急事態らしい。梓さん自身が問題ないと判断した事もあり、軽い調査を行う事になったのだ。
もっとも、同行者にハロルドさんがいた事が大きな後押しになったみたい。第一騎士団長に手放しで信用されている食堂の店長って何なの。
危ない事をしないと約束してたのにごめんね、と梓さんに謝られたが、そもそも私たちが勝手に第一騎士団に同行させてもらっているのだ。国の一大事に首を横に振るわけがない。むしろ自分の身を自分で守れないのが口惜しいわ。
「ハロルド。結界の様子、どう思いました?」
「どうもこうも。問題ないよ。ん。これも美味しいね」
「やはりそうですか。そうなってくると魔物の方が――あ。それは私が食べようと思っていたものです。取らないでくれませんか?」
軽い調査とは言え危険がゼロなわけではない。私たちは早々に結界の傍から離脱し、今は聖樹と呼ばれる木の根元でくつろいでいる。
マーナガルムの聖樹。
数千年も地に根を生やし、何人だろうが倒されぬ、とずっしり居を構える姿は見事の一言だ。幹を一周するのに、一体何人の人間が手を繋がなくてはならないのだろう。下手をすると、両手でも足りないくらいの人数になりそうだ。
森の陰惨とした空気も、聖樹の周辺だけは薄れていた。さやさやと揺れる枝の隙間から、木漏れ日が差し込む。とても良いピクニック日和だ。
ハロルドさんはさっと地面に魔法陣を浮かび上がらせ、レストランテ・ハロルドからお弁当――バスケットに入ったサンドウィッチセットを呼び寄せる。いつもの厚焼きタマゴサンドにレタスサンド、ハムとチーズのサンドなどなど。
本当はジークフリードさんも混ぜて三人で食べようと思っていたので、かなりの量だ。二人で食べきれるかなとバスケットを地面に置けば、さも当然のようにライフォードさんと梓さんも自分の席を確保し、サンドウィッチに手を伸ばし始めた。
そして、ハロルドさんと腹ペコ王子様――もといライフォードさんによる取り合いが始まったのだ。
「こういうのは早い者勝ちでしょ。欲しかったら名前書いておいてよ」
「分かりました。――氷の柱よ」
バスケットの底に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこから次々と氷柱が生えてサンドウィッチを串刺しにしていく。
待って。のんびりピクニック日和が、いきなり血生臭くなったんですけど。
「印をつけさせていただきました」
「本当にこいつは……」
満足げに微笑むライフォードさんと呆れ顔のハロルドさん。薄々感じていたけれど、ライフォードさんって物凄く負けず嫌いよね。
第一騎士団の団員さんたちが遠目からこちらの様子を窺っている。まだ私がレストランテ・ハロルドの魔女だと気付かれていないみたいだ。これはまたとない営業チャンスかも。
ただの巻き込まれ召還者の料理なら食べてくれるかもしれないので、「よければどうぞ」と声をかけてみる。しかし「いえ! 団長や聖女様と一緒になんて恐れ多いです!」と断られてしまった。真面目なのか、ライフォードさんが厳しいのか。残念だ。
「あ。魔法って言えば、正式な聖女様ってまだ分からないんですか……?」
「そう言えば、まだ言ってなかったわ! ちょっとややこしい話になるけれど……、ここなら騎士団しかいないから、内緒話に丁度いいわね」
梓さんはサンドウィッチの残りをぱくりと口に押し込み、姿勢を正した。
白と黒の聖女様。結論から言うと、二人とも正式な聖女として認められたらしい。梓さんが自ら戦う武闘派で白の聖女が味方を強化する補助派という違いはあるが、どちらも聖魔法を使えたため、異例の措置が取られたのだ。
今まで聖女が複数人いた記録は残っていない。王国としても苦渋の決断だったそうだ。
「ここからが内緒話なんだけどね、私たち二人が合わさってようやく過去の聖女と同じくらいの力なんじゃないかって言われているわ。つまり、聖女が二人召喚されたんじゃなくって、二人召喚されてやっと聖女として機能するって感じ?」
「ま、協力する必要ないのが幸いだけどね」と梓さんは重い息を吐きだした。各々が得意分野で活躍すればいいだけ。――つまり聖女の力が能力ごとに分かたれ、分散したまま二人が授かってしまった、という事か。
確かに内緒話に相応しい話だった。
梓さんの聖女パンチも、湯水のように使えない聖魔法をどうすれば戦闘で活かせるか、という問題を解決する一つの策として編み出したものらしい。一部分を最大限強化する事により、少ない力でも完全な聖女と同じ破壊力を得るとかなんとか。
聖女って破壊力がいるのね、なんて思ったけれど口には出さない事にした。
「まぁ、過去の聖女たちも最前線で魔物と戦いながら、周囲の補助をしていたらしいし。分裂したなら別々の戦場で戦えるっていう旨味もあるよね。これはこれでいいんじゃない? 武闘派な聖女は初めてだけど」
ハロルドさんの言葉に「まぁね」と梓さんが頷く。
「一人で背負わされるよりかは楽だし、祈りで退散なんて柄じゃなかったしね。やっぱり殴ってなんぼでしょ」
「んー、でも魔法もなかなか良いものだよ。良かったら聖魔法以外に何か適性があるか調べてみるかい? ちょうどよく聖樹があるしね」
「本当? 簡単に調べられるのならやってみようかしら。戦略の幅が広がるわ」
「任せて!」
ハロルドさんが、梓さんに見えない角度でガッツポーズをしたのが見えた。迂回案の提示だ。
何をしたかは知らないけれど、せいぜい殴られないよう頑張ってください。