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3、巻き込まれ召喚者キレる



「本当に夢でも見てるみたい……。すみません、もう少しだけ話を聞いても大丈夫ですか?」


 逃げるべきだと提案しているのに何を悠長な、と思われたかもしれない。けれど私にとっては死活問題だ。

 右も左も分からぬまま城下に放り出されて、情報不足で村八分なんて事になったら目も当てられない。それは困る。


「また倒れられても困るからな。少しならば付き合おう」

「本当ですか……!」

「嘘を言ってどうする。ただし、少しだけだぞ?」

「はい、ありがとうございます!」


 ジークフリードさんは面倒見のいい優しい人だ。まだ混乱の抜けきらない私のたどたどしい質問にも、丁寧に分かりやすく返してくれた。


 聖女。正確には浄化の乙女らしいが、聖女の方が端的で分かりやすいため便宜上そう呼んでいるらしい。


 それは二世紀に一度現れ、魔物を祓い、王国に繁栄をもたらす存在――と昔は神聖視されていたそうだが、時代と共に人も魔法も成長する。

 現状、魔物程度で国土が脅かされることは無い。ではなぜ聖女が必要か。答えは簡単。彼女たちは平和の象徴だからだ。


 もちろん、聖女の力は強力であり、国民の心や前線に立つ騎士たちを鼓舞するために戦力として投入される場合もある。だが、聖女に求められる一番の役割は「存在する」事。


 ここ数千年ほどは、聖女の力を持つ者は自然と国内から現れていたが、かつてないほど魔物の存在が活発化している今回に限って、聖女が見つからなかったそうだ。

 大規模な捜索網を敷き、大量の魔導師を投入してもなお、聖女が発見される事は無かった。


 平和の象徴が途絶えるとどうなるか。――人々は不安に惑い、下手をすると王国が傾く可能性すらある。

 怖いのは、魔物ではなく人の心である。


 苦肉の策として、昔たった一度だけ行われた異世界から聖女を召喚する、という方法が取られた。過去一回。小さな記録として残ってはいても、召喚術式などは全くの不明。


 それを過去の文献や、召喚に関わったであろう人物の記録などを精査し、現代に蘇らせてしまった天才が魔法特化部隊の第二騎士団団長さん。

 そして今日、召喚は無事成功したと予想される。


 以上がジークフリードさんから聞き出せた情報だ。


 ふざけないで。何て事をしてくれたのよ、第二騎士団長さんは――と普段なら怒るところだが、この召喚に巻き込まれなかったら私は死んでいたわけだし。ある意味命の恩人だ。


「大体理解できました。ありがとうございます、ジークフリードさん。では城下までよろしくお願いしますね」


 ぺこりと頭を下げる。

 しかし、ジークフリードさんは目を細めて小さく首を振った。


「リン、ここまでの会話で君を城下に送るという話は難しくなった。理由はわかるか?」

「……もしかして、今のって誰でも知っている基礎の基礎でしたか?」

「ああ、君はとても賢いな。その通り。聖女の実情以外は誰もが知っている内容だ。特に聖女召喚は子供でも知っているお伽噺。必死に内容を理解しようとする君の表情は、決して演技ではなかったし、よくよく見ると変わった服装をしている。申し訳ないが、一緒にきてもらうぞ。まぁ、聖女召喚の儀の関係者にしては落ち着いている気もするが……」


 妙に冷め切っているのは、死を目前に控えていたからだ。

 信号無視した車に轢かれて事故死よりも、異世界に召喚されましたの方がまだ幾分かはマシでしょう。まぁ、理解を超えた出来事が起こりすぎて、逆に冷静になれている部分も少なからずあったけれど。


「しかし空から降ってくる、か……いや……」


 ジークフリードさんは顎に手を置いてしばらく思案にふけっていたようだが、ややあって「まさかな」と呟いた。

 私もそう思う。王宮から離れた中庭に召喚された人間が、聖女のはずがない。せいぜい巻き込まれたがいいところだ。幸い、ジークフリードさんが私を聖女だと思っているふしはない。有難い。

 面倒事はごめんである。


「ともかく。俺は第三騎士団の団長として、君を王宮に連れて行かなければならない」


 差し伸べられた手。

 まさか逃げられるはずもなし。受け取るしか方法はなさそうだ。

 私はしぶしぶ彼の手を握った。


「そう緊張するな。騎士団として、というのは建前だ」

「建前?」

「君が異世界から来たというのならば、衣食住の問題があるだろう? 聖女に付随して召喚されたと言うのならば、王国の庇護下に入る権利がある。いや、こちらが勝手に呼び寄せてしまったのだ。この国には何が何でも君を守り通す義務がある。悪い話ではないと思うのだが」


 元より城下に下りたところで生活の当ては無い。悪い話ではないのは事実だろう。けれど、私には不安があった。


 聖女召喚の儀は恐らく成功している。そんな状況下で、私も召喚されました庇護を求めます、と言っても信じてもらえるのだろうか。

 ジークフリードさんがいくら立場のある人物だとしても、信じてもらえる可能性は五分五分。いや、もしかするとジークフリードさんに迷惑がかかってしまう場合だってある。

 私はそれが怖かった。


 見ず知らずの空から落ちてきた喪女に、ここまで親切にしてくれる人を困らせたくなかった。最近、人の優しさに触れていなかったからかな。小さなことでも、彼の行為が本当に嬉しかったのだ。


「信じていただけるでしょうか?」

「やれるだけの事はやってみよう」


 最上級の笑みで微笑まれ、私は抵抗する事を諦めた。



* * * * * * *



 ジークフリードさんに連れられ王宮の中へと入る。

 普通に生きていたら一生お目にかかれないだろう高級そうな赤絨毯。その上を擦りきれたヒールで踏みつける。ちょっと申し訳ない気持ちになるが、気にしてはいられない。


 召喚の儀が行われた場所は地下。石畳で覆われた涼しい場所だった。しかし関係者は既に別の場所へ移動したらしく、今は後始末を申し付けられた使用人が数人、箒を手に床を掃いているだけだった。


「ど、どうしましょう?」

「……恐らくは謁見室だろうな。これは好都合。急ごうか」


 謁見室は最上階。「失礼」の声と共に、身体がふわりと浮く。私はジークフリードさんに横抱きにされたのだ。いわゆるお姫様抱っこである。

 自分で上れます、重いですから下ろしてください。そう口に出したいのに、恥ずかしさと緊張で声が出ないまま、気付けば謁見室に到着していた。さすが騎士様。体力と腕力が段違いです。


「王よ。ご報告があり、参上いたしました」


 ジークフリードさんの後に続き、私も中へ入る。

 中央からぶら下がったシャンデリアの光が、磨かれた白い床を反射し、眩いばかりの光で埋め尽くされた部屋。

 入り口から見て正面の高座は、金糸によって豪華な刺繍の施されたレースカーテンで仕切られている。うっすらと見えるのは椅子だろうか。しかし、誰かが座っている様子は無い。


 ぐるりと一周。周囲を見渡せば、帯刀した大勢の人々が、中央に立つ二人の女性を守るようにすっと広がった。明確に敵意を持たれている。この場で最も重要なのは、彼女たちだと一発で分かった。


 一人は長い黒髪に、きりっと引き締まった瞳が目を引く知的な女性。スーツを着ている事から私と同じくらいの歳か、少し下だと思われる。


 もう一人は柔らかそうな茶髪を肩の辺りでゆるくカーブさせ、青みがかったブラウンの瞳をとろりと蕩けさせた保護欲をそそられる美少女だ。セーラー服を着ている事から高校生だと分かった。

 二人とも現代の服装を着ている。ということは――。


 完全に想定外だ。召喚された聖女がいるとは分かっていたけれど、二人もいるだなんて聞いていない。これは面倒な事になる。そう思った私の直感は、残念ながら大当たりだった。


 聖女様たちの後ろから出てきたのは、透き通った銀髪が印象的な、美形の青年だった。パープルの瞳が値踏みをするように細められる。

 視線が痛い。


 彼は二人を守るように、私たちの前に立ちふさがった。周囲から「王子」「お下がりください」といった声が聞こえてくる。つまり銀髪君は王子様なのか。


「ジークフリード、何用だ? お前は此度の召喚の儀において、一切の関与を認めていないはずだが?」

「その件について、お耳に入れたい事があり参上いたしました。王はどちらでしょうか?」

「ふん。残念だったな。未だ王の体調は芳しくなく、今をもって私がこの儀の最高責任者となったばかりだ。報告は私にせよ」

「……かしこまりました」


 ジークフリードさんはすっと前に歩み出て、事のあらましを説明してくれた。

 うん。この人すごく優秀だ。


 彼の話は、分かりやすい上に妙な説得力があった。私の状況を有りのままに説明すると、真偽の怪しい内容にしかならない。それを現場の状況を踏まえ、ジークフリードさんの考えや召喚の知識などを盛り込んで、説得力のある内容に仕立てあげている。

 庇護をスムーズにするために、さらっと聖女の可能性がゼロでないという情報まで組み込み済みときた。

 素直に凄い。


「――ですので、彼女の庇護を求めます」


 話終わると、ジークフリードさんは頭を下げた。周囲の空気は、最初に入ってる来た時よりも随分と和らいでいた。全てはジークフリードさんのおかげだ。


 しかし王子は目頭を押さえてため息をついた。

 そして――。


「お前は、このような者が召喚の儀で呼ばれたと言うのか? まるで屍ではないか。こちらは聖女が二人も召喚されて混乱しているのだ。冗談なら余所でやってくれ」


 一も二もなく切り捨てた。


 言われなくとも分かっています。

 聖女様たちと違って、肌はぼろぼろで青白く、酷使された身体は痩細って健康的な肉付きからは程遠い。美少女とは真逆の位置に立っていることくらい、自分が一番分かっています。

 だからって、良い気はしないけれど。


「しかし王子」

「ふん。ジークフリード、お前は儀式に反対していたと聞いている。この場を混乱させて聖女を手の内に収めようと言う、ランバートン公爵の策略か? なんにせよ、このような稚拙な狂言に惑わされるようでは高が知れるな。聖女に危害が及ばなかったから良かったが、この不始末。ただで済むと思うなよ」


 「お、王子! ランバートン公爵家に正面から喧嘩を売るのは得策ではありません!」と、従者らしき人が慌てて間にはいるが、王子は頑なに聞き入れようとはしなかった。


 駄目だこの王子。自分が聖女だと言い張るつもりはないが、仮にもトップに立っている人間が人を見た目で判断するなんて。

 もう庇護とかどうでも良くなった。人の話は真面目に聞かない、対応する相手は見た目で決める。そんな奴がいる王宮で暮らすなんて、真っ平ごめんです。


「私の処分ならば如何様にでも。しかし、彼女が空から現れたのは事実です。それに、気付きませんか? 彼女は聖女候補たちと似た服装をしております。ここで無下に放り出すのは如何なものかと」

「くどいぞ。これ以上場を混乱させるのなら、お望み通り今すぐにでも――」

「待ってください!」


 もう聞いていられなかった。

 私はジークフリードさんの前に立ち、王子を睨み付ける。


「出て行けと言うのならば今すぐにでも出て行きます。怪しまれている状態での庇護など必要ありません。むしろこちらから願い下げです。けれど、ジークフリードさんを処罰するというのならば話は別です。彼は何も悪くない。悪いのは召喚されてしまった私。巻き込まれてしまった私だけです。即刻、首を跳ねるなりなんなりすれば良いわ。ああでも、私が聖女だって可能性もゼロではないんでしたっけ? 聖女殺しにならなければ良いですけれど?」


 周囲の人々全員が、ぽかんと口を開けた間抜け面を晒しているのが横目で見えた。

 一度死を覚悟した女の意地、舐めないで欲しいわね!



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