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24、マーナガルムの森にて食材採取を



 誰も逃がさぬ檻のように天高く伸び、鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々。

 日はまだ高いというのに周囲は薄暗く、木漏れ日すら届かない。広大な監獄にでもいる気分だ。私一人だったら、立ち入る事すらしなかっただろう。


 ここはマーナガルムの森。

 王都から見て一番近くに存在する、魔物が数多く生息している地域だ。星獣という獣が守護をしているらしく、森の奥さえ行かなければ強力な魔物が出てこないので、腕試しには絶好の場所らしい。


 本日、レストランテ・ハロルドは定休日。私はハロルドさんとこの森を訪れていた。名目上は食材探し。ナチュラルビーの蜜のように市場では手に入らない、面白い効果のある食材が隠れていないか調べるためだ。


 食材のステータスを見る能力は、口にしなければ分からないという欠点がある。薬を持参するか、高度な医療魔術を扱える人がいなければ、こういった行動には出られない。毒や幻術作用のある食材を口にしてしまえば、一巻の終わりだからだ。

 つまりハロルドさんと一緒にいて、ようやく使える能力なのである。


「ん。これ、面白い効果持ってますね。食べると誰でも一度だけライトの魔法が使えるみたいです。照明がない時に便利ですね。まぁ、3日以内に使わないと効果が切れるのと、重複は出来ない所がネックですかね」

「リン、それ鑑賞用の花だよ? お腹大丈夫? 僕がいるからって、何でもかんでも口にするのはどうかと思うけどなぁ。心配するこっちの身にもなってよ」


 「とても面白い効果だとは思うけどね」ハロルドさんは苦笑した。最初こそ目の色を変えて楽しんでいたハロルドさんだったけれど、私が何度も変な植物に当たったりした事により少し疲れ気味だ。

 すみません。解毒魔法とか回復魔法とかありがとうございます。


 私が今食べた花はライトフラワーと言うらしい。

 薄紫色をした小指の先くらいの小さな花の中に、ほんのりと光る可愛らしい球体が鎮座している。運が良いことに、ここら一帯が群生地帯のようだ。一面が青白い光で埋め尽くされている。なかなかに幻想的だ。


 よし、少し摘んでいこう。

 これだけあるのだから、生態系を壊すことにはならないはずだ。


 ステータス画面を表示させると、パーセンテージの代わりに個数が書かれていた。なるほど。見た目が綺麗だから、飾りとして使うのもありかもしれない。紅茶に浮かべるのも良い。名前は『魔法が使えるマジックティー』なんてどうだろう。安直すぎかな。


「周囲の魔物の討伐、完了したぞ」


 草木をかき分け、ジークフリードさんが顔を出す。

 彼の周囲には、炎によって形作られた剣が十本ほど踊っていた。ハロルドさん曰く、ジークフリードさんの戦い方は、自ら切り込みに行きつつ炎の剣で攻撃・防御・援護すらも同時に行うスタイルらしい。絶対格好いい。出来る事なら身近で見てみたかったけれど、「危ないから来ては駄目だ」と言われてしまったので、大人しく花を食べていたのだ。


 ジークフリードさんが握り拳をつくると、炎の剣はふ、と掻き消えた。


「……おい、ハロルド。リンを見張っていてくれと言ったはずだが?」

「大丈夫です。これは使えそうな花です!」

「さっきまで変なキノコを食べてヘロヘロになっていただろう! もう少し慎重に行動してくれ。心臓がいくつあっても足りない……」

「ジークフリードさん。私の能力は食べないと意味がないじゃないですか。それに、そのためのハロルドさんでしょう?」


 「でも心配してくださり、ありがとうございます」と、持ってきた麻袋にライトフラワーを詰めながら言う。


 ジークフリードさんだって、何のために森へ来たのかは分かっているはずだ。ただ、私があまりに変な植物ばかり引き当てるので、小言の一つも言いたくなったみたい。さすが隠れていない護衛さん。

 彼はため息を一つ零して「リンがハロルドに似てきた」と肩を落とした。


 ジークフリードさんは、また近いうちに遠征に出かけなければいけないらしい。聖女が呼ばれたからと言って、すぐに戦場に出せるわけではない。今は訓練期間。その間、魔物の増殖を抑えるのは騎士団の役目だ。

 かつてないほど魔物の存在が活発化している今回、必然的に遠征の回数も増える。


 また一週間かそれ以上、ジークフリードさんに会えなくなる。だから今日は騎士団の方は副団長に任せて、わざわざこちらの護衛に来てくれたのだ。「これくらいしか出来ないが、役目は全うしたい」と言って。

 真面目だなぁ、と思う。同時に、一緒に居られるのがちょっと嬉しくて、テンションが上がってしまっているのも事実である。


「さて、せっかくジークフリードさんが安全な道にしてくださったんです。このまま突き進みましょう!」

「そのために魔物を退治してきたのではないのだが……」


 ジークフリードさんは何度目かも分からぬため息を吐いた。


 瞬間、(とどろ)く咆哮。


 震える風は衝撃波のように唸りをあげて葉を散らす。ざわめく草木。ギリギリまで張った糸のような緊張感が周囲を満たす。

 何だこの声は。犬の鳴き声に似ているが、それよりも遥かに畏怖を感じさせる。背筋が震えた。

 近い――のだろう。


 はらはらと顔に張り付いてくる葉っぱを手で退けると、いきなりジークフリードさんに肩を掻き抱かれた。赤褐色の瞳が鋭く細められる。


「ハロルド、行くぞ」

「ああ、分かってるよ」

「リンは俺の近くに。絶対に離れないように」


 ジークフリードさんの厚い胸板に顔を押し付けられながら獣道を進む。私は思わず彼の服をぎゅっと握りしめた。


「この先だ。いいか、ハロルド」

「ああ、任せて。僕が先手を――ん?」


 木々の合間を抜けると開けた場所に出た。

 光を遮るものは何もなく、大地は太陽の恵みを余すとこなく享受している。そして、その中心にあるもの――あれが、魔物なのだろうか。


 人間の三倍はあろう巨体に狼の頭が二つ乗った獣。体毛で覆われた長い腕を振り回すたび風が生まれ、木々が揺れる。

 本当に入り口レベルの魔物なのだろうか。ジークフリードさんとハロルドさんの表情は固い。


「どうやら先客がいるようだ」


 ハロルドさんの言葉に目を凝らす。

 体毛で覆われた巨大な魔物の前に一人の女性が歩みよる。金色のオーラを纏った彼女は流れる黒髪を片手で払い上げ、不敵に笑った。

 知っている。あの人は――。


「梓さん!?」


 梓さんは地面を蹴り飛ばし、一瞬で間合いを詰めた。舞い上がる砂ぼこり。左右から襲い掛かってくる両腕を器用に避け、腕の上に飛び乗る。一瞬の出来事。瞬きしていたら見逃してしまう。

 ふわり、と黒髪が舞った。


「せいっ!」


 掛け声のち一閃。

 魔物の顔面にまで飛びあがった梓さんは、目にもとまらぬ速さで拳を打ち込んでいく。何が起こったのか分からないままに、腫れあがっていく魔物の顔。ぐらり、と巨体が後ろに倒れる。しかし、それを見逃す梓さんではなかった。


「悔い改めなさい! 聖女パアァァンチ!」


 握りしめた拳が光り輝き、渾身の力を持って突き出される。トドメの一撃。拳と魔物とがぶつかる瞬間、ドン、と花火に似た腹に響く音と共に、魔物の身体が吹き飛んだ。草花と砂とが舞い上がる。


「ふん、おとといきなさいってーの!」


 優雅な足取りで着地を決める梓さん。見据える先には魔物の身体。それは木々を二、三本なぎ倒してから、ようやく止まった。威力のほどが覗える。聖女パンチ恐るべし。


 ぱらぱらと舞う落ち葉が魔物の上に落ちる。しかし、葉が触れようとしたその瞬間、魔物は霞のように黒い霧へと姿を変え、空気に溶けて消えてしまった。

 残ったのは抉れた地面だけだ。


「ジーク、聖女って何だろう……?」

「目の前にいる彼女の事だな……」

「リン、聖女様に殴られたら死ぬかな……」

「死んじゃうと思います……。だから怒らせないでください、絶対に……」


 「ヤバイ。手遅れな気がする……」私の返答に、ハロルドさんはうな垂れた。

 一体、何をしてしまったの、ハロルドさん。



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