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21、作戦決行2



「えっと、どちらからの手渡しを希望……されます?」

「凛さんからでは駄目なの? あんなキラキライケメンズ共より、凛さんが良いわ。苦手なのよね、ああいうの」


 演技中なのでコソリと呟かれる。

 さすが梓さん。本日のうちの目玉、完全否定ですね。――そう思ったけれど、心の中に留めておくだけにした。


 無理にジークフリードさんたちに手渡してもらっても、自然な一般女性の反応にはならないだろう。棒読みで「きゃー、うれしー」が関の山である。ならば、今は下手に策を(ろう)すべき時ではない。

 ドリンクに対する警戒心を薄れさせるためには、彼女の飲みっぷりを見てもらうのが一番だと思う。だって、梓さんは自然体が一番魅力的だもの。


 私はキリリと冷えたドリンクを氷の山から取り出し手渡す。

 梓さんは手の平から伝わるひんやりとした冷気に、ほぅと息を吐いた。そして、左手を腰に当て一気にぐいと飲み干す。


「んー、美味しい! 味だけでもリピーターになっちゃうわよ、こんなの! ってか、太陽の下で試してみると分かるけど、膜? みたいなのが全身包んで日光から守られている感じ、すっごくわかるわ!」


 両手を広げ、全身で太陽の光を浴びる梓さん。勝利宣言のように頭巾を脱ぎ、高々と空に向かって掲げた。


「ほほほ! このうっとうしい頭巾からもおさらばです! ってかあんたたちも飲んどきなさいよ。今日は日差しが強めだから、真っ黒になったら女性が悲しむんじゃなくて?」


 「はいはい、あたしのおごりおごり!」と、私に代金を払ってジークフリードさんたちにドリンクを配っていく。逆です。お客さんが店員にドリンク配ってどうするんですか。

 もっとも、梓さんをお客さんだと認識している人なんて、いるはずもないけれど。


 演技なんて遥か彼方に忘れ去っているかのような自然体。日焼け防止がきっちりと効能を発揮しているので、テンションが上がってしまったようだ。


 しかし、梓さんが何の違和感もなくドリンクを飲み干した事により、周囲の反応も変わってきていた。

 「え、飲んだわ」「飲めるものなのかしら?」「美味しそうだった」「魔物と言えど、蜜だものね。うん、蜜だもん」好意的な意見もちらほらと出始める。


 グッジョブ梓さん。

 これで、ちゃんと飲み物だという認識を植え付けられただろうか。


「私たちも飲んでおきましょうか、ハロルドさん」

「そうだね。問題ないと思うけど、外で検証できてないしね」


 完成したのが夜中だったので、疑似的に魔法で再現し検証はしたが、太陽の下ではまだだった。良い機会だ。ダメ押し、とばかりに私もドリンクに手に取る。

 折角なのでハロルドさんにも渡して、二人でカチンとグラスを合わせた。


 私たちの様子を見て、ジークフリードさんとライフォードさんも、苦笑を交えながらグラスを重ねていた。


「んー、今日は暑いからすっきりするねぇ」

「はい!」


 酸味が一瞬にして口の中いっぱいに広がった後、イチゴの甘酸っぱさと蜜の上品な甘さが、舌を蕩けさせる。疑似ミキサーで潰した果肉がとろりと喉を通っていく感覚も、また格別だ。

 冷えている事もあり、飲むとスッキリさせる味に仕上がったと思う。


 効果の方も問題なさそうだ。

 太陽の熱はじりじりと腕にしがみ付き、痛いようなむず痒いような痺れを生まれさせる。しかし、ドリンクを飲んだ後は梓さんの言った通り、薄い膜が肌に張り付き、日の光から守ってくれているような気がした。

 落としたと言っても加護は加護。効果抜群だ。


「よしよし、ばっちりね」

「あ、あの……」

「はい?」


 振り向くと、つばの広い帽子を被った素朴な少女が、両手を胸元で合わせ消え入るようなか細さで「ひ、一ついただけませんか?」と口にした。


 来た。来てくれた。初めてのお客さんだ。飲めると分かっていても、魔物の蜜が入っているのだ。声をかけるのに勇気がいただろう。

 ありがとう。私は拝む気持ちで、彼女に微笑みかけた。


「もちろんです。よろこんで!」


 ドリンクの味も然ることながら、今日の目玉を最大限に活用するのに、彼女ほど打ってつけの人物はいない。

 私は代金をいただきながら「どちらが推し……いえ、手渡しを希望されますか?」と尋ねる。


「え、あ……あの、ライフォード様、に渡していただけるのですか?」

「もちろん! 今日限定ですけど、ちょっと個人的にお手伝いしてもらっているんです」


 ライフォードさんに合図を送ると、彼はドリンクを持ってこちらにやってきた。こういう接客をしてくれ、という指示は送っていないので、全て彼にお任せだ。

 きっとイケメンにしか許されない、女性を虜にする台詞をバシッと決めてくれるに違いない。


 しかし、予想に反してライフォードさんは普通にドリンクを手渡しただけだった。


「あ、ああ、あのっ、ありがとうございます!」


 緊張でドリンクを持つ手が細やかに震えている。このまま帰してしまうのだろうか。

 様子を窺っていると、ライフォードさんは少し屈んで少女の両手を握り込むように自分の手を合わせた。


「本日はお買い上げいただき、ありがとうございます。零さないよう、お気を付けくださいね。では、ごゆっくり」


 何か特別な言葉を掛けたわけではない。たった一アクション。それなのに、下手な言葉よりも破壊力がある。

 行動、言葉――全てに嘘偽りがない分、「きっとサービスよね」なんて冷静さすら相手に抱かせない。無駄な期待もさせない。憧れは憧れのまま、皆の王子様。

 アイドルの鑑だわ。アイドルじゃないけれど。


 少女は顔を真っ赤にしたまま、フラフラとした足取りで人通りに戻っていく。すると、彼女の周りに女性たちが集まってきた。


 「ど、どうなの?」「ライフォード様から手渡し良いなぁ」「飲める? 飲めるなら行こうかなぁ」「試してみる分にはお安い値段だし」「私はジークフリード様がいいなぁ」次から次に降ってくる言葉にオドオドしながらも、少女はグラスに口を付けた。


「――ッ、は、美味しい……」


 一言そうつぶやいた後、まるで周囲の雑踏など忘れてしまったかのようにドリンクに夢中になる。周囲の女性たちは、彼女の姿をじっと見つめていた。

 グラスが空になると、少女ははぁ、と満足げな息を吐く。


「どう、だったの?」

「めちゃくちゃ美味しいよ! こんなの飲んだことない! なんかもう、なんて言ったら良いのか分からないけど、とにかく凄いの! ライフォード様に手渡してもらえた上に、こんなに美味しいんだよ。この値段で良いのかな」

「おすすめ?」

「行かないと後悔すると思う」


 一瞬にして女性陣の視線が台車に集まる。私は確信した。いける、と。


 ここまで来たら、駄目押しの一手よ。


 私はジークフリードさんとライフォードさんに小さく頭を下げた。それだけで二人は察してくれたようだ。頷きあって、女性陣に向けて手を振ってくれた。


 後はもう、お察しの通りだ。

 雪崩れ込む女性たちのオーダーを私と梓さんで捌きつつ、ジークフリードさんとライフォードさんがドリンクを運んでいく。ドリンクの材料は分量通りに小分けして準備済みなので、ハロルドさんに一切合財お任せだ。疑似ミキサーが魔力を注入しなければ動かないせいでもあるけれど。


 嬉しい事に、あの少女を皮切りにお店は大盛況だった。

 時折「あのドリンクを作っている人、は駄目なんですか?」とハロルドさんに指名が入って驚いたり――言動で損しているものの、やっぱり美形だものね――、男性から「黒髪の美人なお姉さんに罵られながら渡されたい」というコアな要望があったりもしたけれど、基本的にオーダー通りの対応が出来たと思う。特に梓さんの対応はお見事だったわ、うん。


 気付けば周囲は私たちのドリンクを飲んでいる人で溢れかえっていた。しかし、予想をはるかに超える盛況ぶりに、グラスが足りなくなってきてしまった。

 こちらの準備不足だ。


「すみません! オーダーを少しストップします」

「見積もりが甘かったね、ごめん。とにかく僕とライフォードが魔法で水を出して洗浄するから、他は水滴を拭きとって。いける?」

「もちろんです。皆さん、よろしくお願いします」


 ハロルドさんの提案に一も二もなく頷く。

 急いで準備をしなければと、慌てて布を手に取った時、あの美白ジュースの店から出てくる人影があった。二人――一人はあのオーナーさんだ。


「やっぱり、こうなりますよね」

「私が対応しましょうか?」


 ライフォードさんの言葉に首を振る。


「いいえ、責任者は私です。皆さんはグラスの準備をお願いします」




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