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20、作戦決行1



 一足先に目を覚ました騎士団長様たちは、服を整えてくると言って一度家に帰った。正確に言うと寝ぼけ眼のジークフリードさんを、ライフォードさんが引っ張って帰ったのだけれど。


「このような服を着たのは初めてです。似合っているでしょうか?」

「自信あり気に尋ねる台詞じゃないと思うんだが……破るなよ?」


 戻ってきた二人はウェイターに近い格好をしていた。

 ライフォードさんが全てのボタンをきっちり留めた上に蝶ネクタイ。ジークフリードさんは第二ボタンまで外したラフな格好だ。下は二人ともおそろいの黒いズボンを穿いている。

 ジークフリードさんの言い方から、恐らく二着とも彼の私物だろう。


 雰囲気の違う美形に左右から「発案者の意見が聞きたいのですが」「おかしくはないか? 君のイメージに沿えているだろうか?」とグイグイ詰め寄られ、一瞬頭が真っ白になる。

 私は首にバネが仕込まれた人形の如く高速で頷いて、梓さんの後ろに避難した。自分で発案しておいてなんだけど、これに墜ちない女性がいるのかしらってくらい破壊力あるわ。二人とも。


「あら、凛さんもそんな反応になるんだ」

「ちなみに推しメンはジークフリードさんです」

「アイドルか!」


 ぺちん、と梓さんは笑いながらデコピンを仕掛けてきた。でも痛くはない。一晩一緒に過ごした仲だもの、昨日よりずっと絆が深まっている。


「でもやっぱり、こう目にしちゃうと、騎士団長様――というか公爵家の御子息様たちになんて事をさせているんだろうって思っちゃいますね。すみません」

「問題ありませんよ。この程度であなたに恩が売れるのなら、お安いご用です。これからも、たくさん頼ってくださいね?」


 ライフォードさんは私の前に立つと、小さく頭を下げた。

 恩、という言葉に若干不穏な気配を感じる。


「その代わりお願いがあります。これからも全力を出し過ぎない程度で頑張ってくださいね? そして、私が困った時は是非お力添えをお願いいたします」

「は、はい。それはもちろん」

「それは良かった。こちらが困った時、あなたの能力が周りにバレていると困りますから」


 「手の内は全て見せるものではない。使うべき時は見定めなければなりません。切り札はここぞという時に切らねば、ね」唇を弧に歪めてほくそ笑む。ライフォードさん個人でもなく、騎士団としてでもない。――例えるなら人の上に立つ者の顔。支配者のそれだった。


 あれ。もしかしたら私、とんでもない人に協力を願い出たのかしら。


「第一、第三騎士団を牛耳ってる辺りから分かると思うけど、ランバートン公爵家は軍事方面に力を持っている。王宮にも近衛兵がいるけど、能力は段違いだよ」


 ぐい、と身体を引っ張られ、後ろからハロルドさんに耳打ちされる。


「今は軍事のランバートン、薬の王族で均衡を保っているんだ。……だからね、君の料理、向こうからすれば喉から手が出るほど欲しいはずだ。いやぁ、面倒な奴に目をつけられちゃったね」

「それって結構ヤバイやつじゃ……」

「まぁ、力関係が変わってくるかもしれないしねぇ」


 ぞくり、と背筋が粟立った。

 私の料理で王族と公爵家のパワーバランスが崩れるとか、考えてもいなかった。満面の笑みで私を見てくるライフォードさんには悪いけれど、困った時はできるだけ自分で解決するようにしよう。うん。


「でもジークフリードさんは……」

「いや。あいつはあんまり公爵家の仕事に関わりたくないみたいだから、気にしなくて良いんじゃ――」

「いつまで引っ付いている気だ。近いぞ、ハロルド」


 私たちの間に両手を割り込ませ、べりっとハロルドさんだけを引っぺがすジークフリードさん。

 ハロルドさんと仲は良いが、だからこそ彼の面倒な部分も知っているので、いつも気にしてくれるみたい。少し心配性な気もするけれど。


 でも良かった。

 私はジークフリードさんには助けてもらってばかりだから、彼に頼まれたら何だってしちゃうもの。この世界に召喚された時も、城下に下ると啖呵を切った時も、全部優しく助けてくれた。今日だって、こうして無償で手伝ってくれている。

 私は何も返せていないのに、この人は沢山のものを私にくれる。


「リン?」

「いいえ。いつもありがとうございます、ジークフリードさん。今日は日が高くなる昼から決行です。よろしくお願いしいますね」

「ああ、頑張ろう」


 何年かかっても良い。少しずつでも良い。ちゃんと返していこう。

 私は改めてそう思った。



* * * * * * *



 台車を引いて繁華街までやってくる。

 昼時なので、やはり平時より人通りは多い。今は美白ジュースの効果もあって、飲食店に出入りする人数も多かった。


「う、緊張してきた……」


 梓さんに作ってもらった看板を握りしめ、お腹に力を込める。

 台車の一番目立つところに敷き詰められた氷。その上にグラスに入ったドリンクが並んでいる。


 左右にスタンバイしている騎士団長――もとい、ジークフリードさんとライフォードさん。

 彼らは今日、騎士団としてでも公爵家としてでもなく、ただの友人として付き合ってくれているのだ。重要な事だから、忘れないようにしなければ。


 ハロルドさんも魔法陣の敷かれた特製ミキサーの上でスタンバイしており、準備は万端だった。周囲の人々、特に女性はライフォードさんとジークフリードさんが気になるらしく、ちらちらとこちらに視線を送っていた。


 だが、それまでだ。


 「日焼け止め特製ドリンク」という文字と効能の描かれた看板を高々と掲げても、寄って来てくれる人はいなかった。


「うーん、多分これが原因の一つだと思うんだよねぇ」


 ハロルドさんは指差す先には原材料の文字。イチゴ、トマト、ニンジンの他に、当然ナチュラルビーの蜜、という表記もあった。

 周囲から小さな声で「ライフォード様から手渡しでもらえるの?」「え、でもナチュラルビーの蜜って、あれでしょう」「私、手荒れ用に使っているわ」「飲めるものなの?」という声が聞こえてくる。


「知らずに飲ませちゃえばいいんじゃないの? 言わなきゃいいじゃん」

「ハロルドさんは気にしない人だから良いかもしれませんが、やっぱり市民に間では手荒れ薬として使っているものを使用しているんです。明記しておかないと、嫌じゃないですか」


 後で知った時、あのジークフリードさんですら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。実際使っている市民の人たちが後で知ってしまったら、嫌どころの騒ぎではない。騙しているのと一緒だ。


 もちろん、ライフォードさんやジークフリードさんの手を借りるわけにもいかない。いくら個人的に協力してもらっているとはいえ、邪推する人は出てくる。彼らに迷惑をかけないためにも、仕事はドリンクを手渡すのみに留めておきたい。例え気休めだとしても。


「しゃーないわね。凛さんがそう言うなら、私が一肌脱ぎましょう!」

「梓さん? え、どこに行くんですか?」

「まぁ、任せなさいって」


 梓さんはそう言うと雑踏に消えていった――と思ったら、何食わぬ顔で歩行者に混ざり、台車に近づいてきた。右手で黒髪を払い、優雅に歩く様はまるでモデルのようだ。

 あまりにも自然な振る舞い。今の今まで私の隣にいたとは思えぬほど、見事に市民に溶け込んでいた。


 まさか自分がお客さんになる事で、様子見している人たちに訴えかける作戦なのかもしれない。安全だ、飲める、と。さすがです、梓さん。

 私が感動していると、梓さんは優雅な仕草で私に微笑みかけた。


「わぁ、なぁに、これー。日焼け止めの効果が二時間ももつだなんてー、すごーい、のんでみようかしらー。すみませーん、ひとつくださーい」


 でも酷い棒読みだった。


 


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