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19、決行準備



 キッチンから一番近いテーブルに私と梓さん。隣のテーブルにジークフリードさん、ハロルドさん、ライフォードさんが座っていた。中央には、どちらもほぼ完食状態のお皿が置いてある。


 昼食の『分厚い卵のサンドウィッチ』は梓さんにも好評だった。

 お城のご飯も、日々疲れた体力を回復するため色々混ぜられているので美味しくは無いそうだ。一カ月ぶりにまともな食事を取れて感動した梓さんは、終始「デリバリー、デリバリーは無いの!?」と口にしていた。


「デリバリー。ふぅん、そっちの世界には面白い言葉があるんだね。検討してみようかな」


 ハロルドさんが最後のサンドウィッチを口に入れながら、紙とペンを取り出す。

 転移魔法陣を弄ってみる気かしら。梓さんの元にデリバリー出来るのなら、喜んで毎日料理を作るのだけど。さすがに聖女様の部屋に転移魔法陣を設置する許可は下りないと思う。安全上の問題が大有りだ。


「ん? デリバリーの説明しましたっけ?」

「あら、凛さんは知らないのね。召喚された時に超高度な翻訳魔法が掛けられているのよ、私たち。デリバリーと私が言ったら、この世界の人には料理を配達する事って自然と分かるようになっているみたい。翻訳チートよ。どんな脳味噌してるのかしらね、元第二騎士団長のハロルドって人は」

「え、ちょ、待ってください。元第二騎士団長? ハロルド!?」


 私は指先でペンをくるくる回しているハロルドさんを見た。


 確かに、しがない食堂の店長にしては魔法を使いこなし過ぎている。こんな道具が欲しいという私の無理難題を、彼はいつも右手一つで解決してくれるのだ。魔法特化の第二騎士団団長だったとしても何ら驚きは無い。


「元って事は、もう騎士団には在籍してないんですよね? じゃあ……」

「あー違う違う。元第二騎士団長もハロルドって名前らしいのよ。っていうか、店長さんがそうだったら、真っ先に私がなぐ――んんっ、いいえ、誅罰を与えていましたもの」

「ちゅ、誅罰ですか……」

「ええ、ほほほ。ってか、見た目が違い過ぎるのよ。なんかね、巨体で、ふくよかなのに動きが軽くて、魔法で空を飛びながら攻撃魔法をボンボン飛ばすって、第二騎士団の人たちが言っていたわ。だから城下に下りたらすぐ見つかると思ってたんだけど」


 「まだ見つからないのよ」梓さんは手のひらを拳で叩きながら、フン、と鼻を鳴らした。やっぱり殴る気満々じゃないですか聖女様。


 梓さんの言う外見的特徴に、ハロルドさんは一切当てはまらない。彼女が嘘をつくメリットなどどこにもないし、本当に違うみたいだ。私はもう一度ハロルドさんに視線を移す。

 彼は「なぁに?」といつも通りの人をくった笑みで迎えてくれた。「なんでもないです」答えて、ふいとそっぽを向く。


 それにしても、ふくよかな巨体が素早く空を舞い攻撃魔法を放つ図って、一度見たら忘れられない光景になりそうね。トラウマの方面で。


「ああ、そういえば騎士団にいる時は基本は幻じゅ……」

「何かな? ジーク」

「沈黙は金、だな。騙し通せるとも思いませんが」


 男性陣の間に一瞬ピリッとした緊張が走ったが、ライフォードさんの一言で平常に戻り、なぜか三人とも無表情でお茶を啜っていた。一体、何なのかしら。



* * * * * * *



「釘を打つ? 面倒だな、拳で叩いてはいけないのか?」

「普通に金槌があるだろう!? そっちの方が綺麗にできるはずだから、使ってくれ。頼むから……」


 ジークフリードさんとライフォードさんは、台車の改造係をお願いした。

 たった一日限定の屋台だが、二人はああでもないこうでもないと意見を出し合いながら、真面目に取り組んでくれていた。例え血の繋がりがなくとも、やっぱり似たもの兄弟である。おかげで、クオリティの高い屋台が完成しそうだ。


 時折、ジークフリードさんの視線が外れた隙を狙って、とても幸せそうに笑うライフォードさんを目撃した。

 何だかこっちまで幸せになっちゃうわ。二人にお願いして良かったみたい。



「っし! 完成したわよ! 会心の出来!」


 梓さんには看板をお願いした。

 さすが聖女様。何を売っているのか一目で分かるように、という注文をバッチリ満たした素晴らしい看板を作ってくれた。しかも女性向けを意識した可愛い仕上がりだ。


 一枚目を書き上げた時は、なぜか夜の街を駆け回るバイクの背ではためいていそうな出来上がりだったが、私がツッコむよりも先に梓さんが「違うのよー!」と叫びながら拳で粉砕した。

 ダイジョウブデス。ワタシハナニモミテイマセン。



「ま、僕が常に魔力を送り込んでいれば良いわけだし、これでいっか」


 ハロルドさんは私の手伝い兼、台車の仕掛けづくりだ。


 ドリンクはその都度作っていくつもりだが、やはり冷えたものを提供したい。そこで台車の一部分に氷を敷こうと思ったのだが、どうやら氷は魔法で作るものらしい。

 確かに、今は文明の利器で簡単に作れる氷だけれど、冷凍庫が無ければどうすれば良いのか分からない。


 「まずは氷を溢れない程度に作って、その周囲をこの間作ったれいぞうこ? の要領で冷やして溶けないようにしようかな。どうだい?」と聞かれたけれど、魔法の原理などさっぱり分からないので、「お任せします」とだけ言っておいた。


 私はもちろん、メインのドリンク作りである。


 皆が帰ってくる頃には、ある程度完成形のイメージが出来ていたので、後は分量の計算をするだけだった。

 ミキサー問題はハロルドさんの「つまりこの小さなグラスの中で鎌鼬的なものを起こせばいいんだね?」という一言で解決した。本当、この人何者なのかしら。


 まぁ良い。今はハロルドさんの事は置いておこう。皆が頑張っているんだもの、私だっていつも以上に本気で頑張りますとも。


 美白ジュースに喧嘩を売るわけだから、トマトとニンジン、魔物の蜜は当然使うとしても、メインとなる材料は別のものを使用する。

 そう、イチゴである。


 赤い食材は、基本火に関する効果を持っているものが多い。

 イチゴも例にもれず、トマトなどと一緒で火傷防止の効果があった。――正確に言うと火傷防止ではなく火の加護レベルらしいのだが。まぁ、気にしないでおきましょう。意味は一緒だもの。


 イチゴを使う上で難しいのはパーセンテージの管理がとても厳しい事だ。普通の食材と違って、イチゴのパーセンテージには小数点以下第1位まで表示されている。これくらいの分量でいいかな、という甘えが通じないのだ。


 だから私は頑張った。はかりとにらめっこして頑張った。そして全力を出し切ったドリンクが完成したのだが――。


「リン、やり直しだよ」

「どうして全力を出してしまったんだ……」


 ハロルドさんとジークフリードさんは、同時に頭を抱えながら言った。


 被検体――もとい、試飲要因として真っ先に手を上げたのはライフォードさんだった。

 「あら、リンが作るドリンクに毒でも入っているとお思いで?」梓さんの問いかけに「いいえ、私が飲みたいだけですが?」と、さも当然のように言ってのけたライフォードさんを止める人は誰もいなかった。毒見じゃないんですね。私はグラスを彼に手渡す。


「ではいただきますね」

「はい。率直な意見をお願いします」


 結果だけを言えば、味も効果も全く問題が無かった。いや、問題が無さすぎた。

 まず味だが「何杯でもいけますね」と、爽やかにおかわりを要求される程度には美味しかったみたいだ。効果の方も、私が全力を出して調整したのだから、もちろん問題なく機能していた。具体的に言うと、ハロルドさんの魔法を跳ね除けるくらいに。


「日焼け止め程度って言ったでしょ。なんで炎弾いちゃうの……」

「ふふふ、めちゃくちゃ頑張りました!」


 腰に手を当てて、フフン、とドヤ顔をする。だって、それくらい頑張ったんだもの。


 いきなり魔法をぶつけられ、よく分からないままにドリンクの加護で弾かれたライフォードさんは、理解が追い付かないようで、目を白黒させながら自分の腕を見つめていた。梓さんも、ライフォードさんの腕を掴んで、火傷がない事を確認している。


「信じられないわ! ジークフリードさんがこうも凛さんを信用していた意味、やっと分かった。こんなの見せられちゃ、火傷防止くらいって思うもの……。本当凄い」

「ええ、これは破格だ……。――しかし、私も効果を落とす事をお勧めします。まぁ、王族に喧嘩を売りたいというのなら、その意気、面白いと思いますがね」

「王族?」


 何のことやら。私はライフォードさんに説明を求めた。


「ご存じないのですか? 薬屋を束ねる薬師連盟のトップは王族なのですよ。現在はランバルト王国第一王子ダリウス・ランバルト様。どうです? 薬師連盟に喧嘩売ってみます?」

「だ、だいいち……おうじ……?」


 最初は理解ができなくて内容が右から左へ抜けていったけれど、言葉がじわじわ脳に浸透していくと同時に、私は脊髄反射で首を振っていた。あの第一王子に関わるなんて、そんな面倒な事したくないわ。


「全力で効果を落とします! ええ、そうりゃあもう! 全力で!」

「ははは。ファイトですよ、リン」


 「リン呼び?」「ライフォードが敬称なしだと……?」ハロルドさんとジークフリードさんが同時にライフォードさんの顔を見た気がしたが、私はもうそれどころではなかった。

 まさか効果を落とす事に全力を出す羽目になろうとは。

 悲しいけれど、面倒事は避けたいもの。明日の朝までの完成を目指して、私はもう一度ドリンク作りに取り掛かるのだった。


 そして結局ドリンク作りは深夜までかかり、「お泊まりします。許可とってきてください」という梓さんの鶴の一声で、全員がレストランテ・ハロルドに泊まることが決定した。

 梓さんが普段滅多に我が儘を言わない事。ライフォードさんに加えてジークフリードさんもいる事。様々な要因が重なって、今回だけ特別に許可が下りたみたい。


 何とか許可をもぎ取ってきたライフォードさんは、疲れた顔をしていたが、ジークフリードさんと同じ部屋で寝れると少し嬉しそうだった。ただ、ハロルドさんの部屋に男三人って窮屈じゃないかしら。




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