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2、第三騎士団団長



 心地よい風が頬を撫でる。

 目を開けると、突き抜けるような青空が視界いっぱいに広がった。雲一つない快晴。遠くの方では二羽の鳥が、仲睦まじそうに寄り添って飛んでいる。だが、凄いと感動できたのは一瞬で、その空はだんだんと遠退いていった。


 いや待ってほしい。遠退くって何よ。


「ひっ、ぃあぁあああああ!?」


 落下している。

 気付いたときはもう遅く、私は衝撃に備えて目を閉じた。



「……こんにちは、お嬢さん。ご機嫌麗しゅう――と言っていられる状況ではないんだ。すまんが早めに退いてもらえると有り難い」

「へ?」


 落下の衝撃はあった。ただ想定よりもかなり柔らかな落ち方だったなぁ、などと呑気に考えていたら声がした。私の足元から。

 慌てて視線を向ける。


 芝生の上に散らばった、燃えるような赤髪。きめ細やかな白い肌。からかうように細められた深い赤褐色の瞳が、私を見上げていた。十人が十人とも美形だと認めるであろうイケメン。そんな青年が、あろうことか私の下敷きになっていた。


「す、すみません! すぐに退きます!」

「驚かせたようですまない。何分空から人が降ってくるなんて初めての経験だったからな」


 勢い良く飛び退いた私を、彼は怒りもせずに笑って済ませてくれた。懐の広い人だ。

 しかも服についた草を払い退けた後、片膝をついて手を差し伸べてくれた。


 ええと。ドラマや漫画でしか見たことないけど、あれかな。お手をどうぞってやつなのかな。様になっているのが凄い。見ず知らずの人間に対して、ここまで親切にできるだなんて。顔だけじゃなくて性格までイケメンだ。


 よくよく彼の姿を観察してみると、中世の騎士様みたいなロングコートを着用しており、腰には華美な装飾が施された細身の剣が携えられていた。着崩した衣装から少し軽薄そうな印象を受けるものの、似合っているので問題なしである。むしろそれがいい。


 騎士様みたいというのは体格にも現れていて、筋骨隆々とまではいかないけれど、服の上からでも分かるほど均等のとれた素晴らしい肉体美をしていた。

 もう眼福どころの騒ぎではない。目がつぶれてしまいます。喪女には刺激が強すぎる。


「あ、あの」

「ん?」

「ありがとうございます。助かりました」


 彼の言葉通りならば、落ちてきた私を彼が受け止めてくれた事になる。感謝の言葉を述べると、青年は蕩けそうな笑顔で気にするなと言ってくれた。


「しかし運が良かったな。俺以外だったら捕まっていたかもしれんぞ」

「ここってそんな物騒なところだったんですか……?」

「物騒というか、王宮だからな。警備に見つかったら捕まるだろう。普通に。って知らなかったのか?」

「おう、きゅう?」


 そうだった。落下の衝撃で忘れていたけれど、私は日本のしがない横断歩道の上にいたはずだ。なのに、何故こんな木や草などの緑生い茂る、自然豊かな場所に立っているのか。


 辺りを見渡す。

 木々の間から洋風な城の屋根が見えた。逆立ちしても日本には存在しないだろう。


 あのよく分からない光のせいで、いきなり海外にでも飛ばされのだろうか。いや、それだと言葉が通じるのはおかしい。恥ずかしながら生まれて此の方、海外の言葉を流暢に話せる特技など習得していない。


「駄目だ……頭痛い……」


 キャパオーバーである。考えることをやめたい。


「頭でも打ったか? 医務室にでも連れていってやりたいが、今は聖女サマ召喚の儀とやらで、民間人が王宮へ入るのを禁じられているんだ。すまんな。城下なら案内できるが」

「いえ、大丈夫ですが、えっと……え? 召喚?」

「ああ。今回は見逃すが、移動魔法の練習なら日付は選んだ方がいいぞ、お嬢さん。珍しい魔法だから、練習したい気持ちは分かるがな」


 ははは、と軽快に笑う様がとても爽やかだった。

 ではなくて。聖女サマ。召喚。魔法。聞きなれない――というか、ゲームか漫画の中でしか聞いた事のない単語がぽんぽんと飛んできて理解が遅れてしまった。どういう事だろう。ここでは一般的に使用する言葉とでも言うのかしら。


「すみません、やっぱり、もう、ちょっと駄目です……」

「え、あ、おい!」


 疲労困憊の状態で空に投げ出されたのだ。その上、常識では考えられない状況に直面し、脳が負荷に耐えられなくなったらしい。


 世界が歪む。

 空も、木も、草も、土も、全てをミキサーかけ、どろどろに溶かしていくような感覚。全てが混ざった後には黒だけが残った。視界も、思考も、真っ黒に染まっていく。そうして私は意識を手放した。



* * * * * * *



 鳥のさえずりが耳に滑り込んでくる。

 頬に当たるちくちくとした感触は、きっと草だ。鼻孔をくすぐる青臭い匂いと湿った土の匂い。どこからともなく吹いてくる涼しい風が、とても心地よかった。


 全ての疲れを逃がしたためだろう、くらくらするほどの甘ったるい痺れが全身を支配している。最近ろくな睡眠を得られなかった身体は、久しぶりの休暇に喜んでいた。


 仕事をし始めて、初めて健全な夢が出来た。誰にも邪魔されず大自然のど真ん中で惰眠を貪りたい、という贅沢な夢だ。

 きっと私は死んでしまったのだろう。そうに違いない。だから神様が今までのご褒美に、最期くらいは夢を見せてくれたのだ。異国のイケメンに優しくされるというサービスも加えて。


「もう少し寝ていても良いぞ」

「……ん、……でも……」


 まだ覚醒しきっていない頭では、このふかふかとした土ベッドの気持ちよさに、もう一度夢の世界へ誘われそうだ。けれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。


 口から不快ともとれる声を漏らし、私は目を強く擦った。

 夢はここで終わり。次生まれ変われるなら、道端の雑草くらいが丁度いい。

 ぼんやりと開けていく視界。


「大丈夫か?」

「……――ッ!?」


 目覚めるなり視界に飛び込んできた極上の美形に、もう一度意識を持っていかれそうになる。

 どうしよう夢じゃなかった。

 私は慌てて飛び起き、謝罪を述べようと口を開く。瞬間、先程まで自分が置かれていた状況をやっと把握した。


 彼は片足を折り曲げて座っている。私が寝転んでいた場所を考えると、つまり――私は美形のお兄さんに膝枕をしてもらっていた事になる。


「王宮に入れないのなら、医者を連れてくればいいだけの事だったな。恐らく疲労との事だったが、念のため回復魔法を頼んでおいた。身体の調子はどうだ? ああ、安心してくれ。医者には知り合いが迷い込んで頭を打ったと誤魔化しておいた」

「ああああの、あわわ私……! か、かいふく……ってえええ……!」

「おっと、落ち着こう。まずはゆっくり深呼吸だ」


 お兄さんの言う通り、大きく息を吸って吐く。少しだけ冷静さが戻ってきた。


 諦めよう。いつまでも夢だ夢だと現実逃避していても仕方がない。面倒な事は後。とりあえず今は目の前の事に集中だ。――ここが日本でない事も、魔法が日常的に使われているって事も、認めなければいけない。


「落ち着いたか?」

「はい。お見苦しい姿ばかりお見せして申し訳ありません。おにいさ……では失礼ですよね。えっと、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ああ、かまわない。俺は第三騎士団の団長、ジークフリード・オーギュストだ」

「き、騎士団長さん? 騎士ってあの騎士?」

「他に何の騎士があるんだ、面白い奴だな」


 嘘をついているようには見えない。

 ああ駄目。また頭が痛くなってきた。嫌な予感しかしない。


「貴方の名前も教えてもらえるか? お嬢さん」

「お嬢さんって歳でもないのですが……凛です。リン・カブラギ」

「リン? 不思議な音だな。でも心地いい。良い名だ」


 リン、リン、と脳に直接脳に響くような重低音で何度も名前を呼ばれて、心臓が口から出そうになる。確認なのか、珍しい音だから発音してみたいだけなのか。どっちでも良いけれど、心臓に悪いのでやめていただきたい。

 ジークフリードさんは無自覚ドンファンなのか。


「回復したのならば城の外に出よう。俺が案内する。幸い気を失っていた時間はそう長くない。聖女召喚の儀が全て終わるまでに、逃げた方が良いだろう。誰かに見つかれば面倒だからマントの中に隠すが……窮屈かもしれん。許してほしい」

「お世話になりっぱなしですみません。でもその前に少し教えていただきたいのですが、よろしいですか?」


 「ん?」と小首を傾げながら、私の顔を覗き込んでくるジークフリードさん。赤褐色の瞳に映った私の格好は、髪はぼさぼさ肌も荒れ放題で、とても人前に出せるものではなかった。

 恥ずかしい。仕事漬けの弊害だ。

 慌てて顔を隠しながら、言葉を紡ぐ。


「聖女様召喚の儀って、まさか異世界から聖女様を召喚する、といった行為でしょうか……?」


 もちろん、自分が聖女様だなんて考えてもいない。でもジークフリードさんから飛び出る単語は、どう考えても現代世界では馴染みのない単語ばかりだった。

 考えたくはなかったけれど、見た事もない景色、魔法や聖女と言ったファンタジックな単語が一般的に使われている状況、そして何よりここに来る前ーー足元が光って気を失った事を加味すると、非現実的な解釈の方がしっくりくる気がした。


 召喚の儀。ならば聖女を召喚するついでに巻き込まれてしまった可能性もゼロじゃない。我ながら暑さで頭がやられてしまったのかと思うような結論だ。乾いた笑いが漏れる。


 しかし、私の間違いであれ、というささやかな希望はジークフリードさんの言葉によって粉々に打ち砕かれてしまった。


「その通りだ。リンが目覚める前に歓声が上がったからな、おそらく成功したのだろう。安心してくれ」



 ……どう安心すれば良いと?


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