17、決行日
「それは、どんな魔力でも良いのか?」
ジークフリードさんに問われ、よくよく内容を確認してみる。
どうやら通す魔力は何でも良いみたいだが、通す魔力によって効果が変わってくるらしい。
例えば、火の魔力を通せば火に関連した効果が伸びる。水なら水。風なら風――といった具合だ。ハロルドさんから軽く聞いた話だが、この世界には火、水、風、土の四種の魔力が存在し、聖女のみが聖の魔力を扱えるらしい。
今狙っているのは日焼け止めの効果。ならば火の魔力が必要という事か。
「――という感じなんですが、魔物が作る蜜って凄いんですね」
「恐らく魔物の特性だろうな。この蜜を作っている魔物はナチュラルビーと言って、火の個体、水の個体、風の個体、土の個体がいる。全ての個体が同じ巣に住んでいるから、全ての魔力に対応しているのかもしれない」
「蜜に関しては詳しくないから、憶測だが」とジークフリードさんは顎に手をやった。
「分かりました、ではハロルドさんに頼んで……」
「いや。通すだけなら俺でも出来る。貸してもらえるか?」
「え、ジークフリードさんも魔法使えるんですか?」
「ああ、火なら使える」
第二騎士団が魔法特化と聞いていたから、てっきり魔法を使える部隊は第二騎士団だけだと思っていた。
「では、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
私はビンを手のひらに乗せ、ジークフリードさんに差し出す。彼は両手をビンに添え目を閉じた。ほんのりと温かみを感じる。これが魔力を通すって事なのね。
透明だった蜜の中に輝きが混じりはじめる。
キラキラと。ラメのような物体が中央から湧き出てきた。それは周囲を侵食するように、だんだんと広がってゆき、最終的に全ての蜜が輝きを纏っていた。
色も無色透明から、赤味を帯びた飴色に変わる。
「成功、か?」
「チェックします」
ステータスを呼び出し、効果の部分を確認する。
「火の効果延長が……二時間まで延びました。嘘でしょ?」
「何? それが本当なら一種の革命だぞ……」
代わりと言ってはあれだが、パーセンテージが復活しているので、上手く使わないと酷いマイナス効果に襲われるみたいだ。最悪胃に穴が開く。まさに諸刃の剣だ。安易に広めるのは危険な食材である。――食材? まぁ、食材という事にしておこう。
単体で食べる分には問題はなさそうなので、蓋を取って一口舐めてみる。
「――ッ、あ、甘い! 味まで変わってるじゃないですか」
「ん。本当だな! さっきの飲み物にこれが入っていたら、さすがに気付いたぞ」
蜂蜜に近い味なので汎用性は高いが、全ての料理に合うわけでもなさそうだ。一長一短、というわけね。面白い。面白いわ、魔物産の食材。
ハロルドさんではないけれど、良い研究材料が出来て気分が昂った。
そんな時――。
「凛さん、あなた……、やっぱり苦しんでいたのね。あのクソ王子のせいで……!」
「ジークフリード。私は兄失格ですね。お前が思いつめていた事に気付けないなんて……」
元塗り薬を舐めている私たちの姿を発見したのは、梓さんとライフォードさんだ。しまった。凄いタイミングで見つかってしまった。
私たちはお互いの顔を見つめ、困ったように笑いあった。
* * * * * * *
「おやおや。お早いお帰りだねぇ、リン」
レストランテ・ハロルドの扉をくぐると、気だるげなハロルドさんが迎えてくれた。相も変わらずお客さんはゼロ。昼前にこれとは、悲しくなってくる。
私の後から入ってきた梓さんは信じられないものを見るような目付きで、何度も店内を見回していた。すみません。何度も見ても猫の子一匹、むしろ蟻の子一匹いやしません。掃除もちゃんと行き届いていますので。
「レストランテ・ハロルド……嫌な予感はしていましたが、よりにもよってこのお店ですか……」
「ふふふ、久しぶりだね。ライフォード。元気にしてたかい?」
「たった今、元気がなくなりましたよ」
第一騎士団の面々も被害に遭っている、とこっそりジークフリードさんが耳打ちしてくれた。嫌な記憶を思い起こさせてしまったかもしれない。
「それで、どうせお客として連れてきたんじゃないんだろう? 説明してくれるかい? リン」
「はい」
テーブルの上に買い込んできた食材を置き、私はハロルドさんに一から説明した。
「なるほど、日焼け止めドリンクね。オーケー僕も手伝おう」
「ありがとうございます! では今日からドリンク作りを始めて、大体一週間後くらいには――」
「何言ってるの。奇襲って言うのは電光石火。予兆を少しでも感じられたら驚きが薄れるだろう? リン、君は市場でヒントを得たように、向こうだってこっちの情報を得るかもしれない。食材は揃っているみたいだし、レシピも決まっているんだろう? 今日だったら人手もある。じゃあ――」
魔王もかくやといった笑みを浮かべて、ハロルドさんは宣言した。
「明日、決行だね」