15、客寄せパンダ大作戦
「ちょ、ちょっと待って。タンマタンマ。店の客を奪うって、どういうこと?」
「言葉の通りです。あの店より効果が良くて長持ちするドリンクを開発できれば、お客さんを奪えるかもしれません」
ぴ、と人差し指を立ててほくそ笑む。
日焼け止め程度の効果なら、いくらでも作りようがある。私の頭の中には、既にレシピの片鱗が出来上がっていた。ええ、味が美味しいのは当たり前。効力をよくする方法も考え済み。
オーナーさんには悪いけれど、私はお淑やかな性格ではないから、トマトとニンジンもばっちり組み込んであげましょう。
「簡単にいうけど、その効果ってのを延長させるのがメチャクチャ難しいんでしょう?」
「聖女の言うとおりですリン殿。件のオーナーもあの程度とはいえ、料理に昇華させたのは一種の功績と言えるでしょう。一朝一夕でどうにかなるものではありません」
「そもそも、作って売るってどっかの店に協力してもらうの? いきなり押し掛けてこれ売らせてくださいって、無理あるでしょう?」
梓さんとライフォードさんが同時に詰め寄ってくる。二人の美形に視界を奪われ、ついつい二、三歩後ずさった。美形の真顔は迫力がある。二人だと倍増だ。怖い。
「いや、リンなら出来る」
流れる所作で私の肩を抱き、守るように自分の隣に置いてくれるジークフリードさん。彼は君の考えなどお見通しと言わんばかりに、ふわりと微笑んだ。
全幅の信頼が少しくすぐったい。
ふぅ、と肩の力が抜けるのを自分でも感じた。ずるい人だなぁ、もう。
「考えがあるのだろう?」
「最後の素材。それを見つけ出すことができれば、勝機はあります。それからお店の件ですが――」
私はここで、自分が食堂で働いている事をようやく告げた。店内ではタイミングが悪く自分の事を話せなかったが、なぜか二人とも私の名前を知っていたので、すっかり忘れていた。
店も、機材も、食器類も、全部問題は無い。効果については私も独自に研究しており、日焼け防止程度なら付与できる。後はレシピを完成させればいいだけ。――端的にそう説明する。
二人は半信半疑と言った風だったが、一応納得はしてくれた。仕方がない。こういう場合、百聞は一見にしかず。とにかく出来上がったものを飲んでもらえば良い。
「ただし、美味しい、効果があるだけでは客は呼べない。君が悩んでいた点はどうする?」
「……そう、ですね」
さすがはジークフリードさん。良い着眼点だ。
店はあるが、騎士団員から市民まで平等に危険区域とされているレストランテ・ハロルドにお客を呼ぶには、どうすれば良いのか。奇しくも、当初の目的に回帰したわけだ。
何かアイデアは無いものか。私が頭を悩ませていると、周囲の女性たちがまた騒ぎだした。考え事をしている時には本当にうるさいわね。ライフォードさんはちょっと自重してください。
「……ん? 女性に人気?」
ふと、ある考えが思いついた。
「客寄せパンダ大作戦だわ!」
「パン……え? 何だ?」
そうよ。なぜこんな簡単な事に気付かなかったのかしら。常にこの作戦を決行するわけにはいかないけれど、手軽なドリンクだけなら店の外でも販売できる。
店に入りたくないのなら、入れなければ良いだけじゃない。
「作戦は決まりました! 皆さんには協力をお願いすると思いますが、返事はドリンクが完成してからで大丈夫です。いけると思ったら協力してください」
彼らの立場は理解している。不確かで内容のわからぬものに、軽々と首をつっこめるような人たちではない。だから試飲会を開こうと思う。
飲んで納得してもらえれば、協力も依頼しやすい。ハロルドさんは強制参加だが、ジークフリードさんとライフォードさんが加わってくれれば、盤石の体制をとれる。
私は胸の高鳴りを感じた。
さて、思い立ったが吉日とはよく言いますし。そうと決まれば早速行動である。
「では私は市場で仕入れに行ってきます。皆さんは用事があると思いますのでこの辺りで。何かありましたら、ジークフリードさん経由でお伝えしますね! 今日はありがとうございました!」
一息で言い切り、私は市場へ向かって駆け出した。
* * * * * * *
トマトを手に取りながら周囲を見る。
繁華街ほどとは言わないが、市場もかなり活気のある場所だ。
木箱に並んだ瑞々しい野菜の数々。太陽の光を目一杯受け、ツヤリとした表皮を美味しそうに輝かせている。もちろん、野菜だけではない。加工された肉は麻布で縛られ軒下に。小さく身体を揺らす肉体は、焼いたらきっとジューシーだろう。
小さな店が何軒も連なって市場を形成しており、一つ一つに店主の顔がある。安さが売りか、鮮度が売りか、はたまた珍しさが売りか。
同じ食材を売っていたとしても各店の個性が出ており、客を呼び込もうと店主は皆声を張り上げる。
市民にとっては食のテーマパークみたいなものだ。
だから、彼らは凄く目立ってしまう。
「いやぁ、まさかリンちゃんが騎士団長サマたちと知り合いだったとはねぇ」
「ははは、目立ってますよね。とっても」
突如現れた第一騎士団長様や私服の第三騎士団長様、そして黒服の美女。市場に似つかわしくない三人は、各々自由に店を見回っていた。
私が市場に向かって駆け出した後、後ろの彼らは何故か追いかけてきたのである。ええ、身体能力に差がありすぎて、ものの見事に数秒で追いつかれてしまったのですが。
「リンさんが作る料理、興味があるわ!」「聖女の護衛が私の役目ですので」「今日一日君に付き合うと決めていたから」。上から梓さん、ライフォードさん、ジークフリードさんの弁だ。仕方がないので全員で市場散策をしている。
私は購入分のトマトを店主であるおばさんへと手渡した。
「相変わらず良い目利きしてるわね。そのまま食べたら凄く美味しいわよ、このトマト。調理しないと何の効果もないけどね」
「ありがとうございます。企業秘密ですけど、コツがあるんです」
簡単だ。トマトの横から伸びているステータス画面を見て、効果の高いものを選べば良い。
甘いもの、味が濃厚なもの、そう言ったものは総じて普通の食材より少しだけ効果が高いのだ。ハロルドさんから、ステータス画面の事は秘密にしておけと言われているので、誰にも教えられないのだけれど。
ちなみに、トマトは元の世界のものとほぼ同じ食材らしい。
ステータスの能力は、私が知っている、又は口にした事のある物しか表示されない。ゆえにこの世界独特の素材は名前の欄も効果の欄も空白になっていた。これは名前を聞く事で、効果は一口でも食べる事で表示されるようになる。
それにしても、そのまま食べるのが一番美味しいなんて。皮肉も良いところね。
「トマトって言えば、例の美白ジュースの店。あれ凄く繁盛しているみたいねぇ」
「……ええ、そのようですね」
「だから洗いものとかで手が荒れちゃうのかしらね?」
店主がトマトを袋に詰めながら言う。
「洗いもの?」
「ああ、ほら。私たち市民は高い手荒れ用の薬なんて使えないでしょう? だからこれを使っているんだけど、最近あそこから良く注文がくるのよ」
そう言って棚の裏側から出してきたのは、瓶に入れられた透明な液体だった。手渡されたそれを傾けると、粘度があるらしくゆっくりとしか落ちていかない。
店主に勧められ、少しすくって肌に塗り込んでみる。ベタつきはあるけれど、私がいつも使っていたハンドクリームも、この程度のベタつきは普通だったので違和感はない。顔を近づけてみると微かに甘い香りがして、表面がしっとりしているように見えた。確かに手荒れクリームである。
「魔物の蜜みたいなものだから、一応市場で売っているんだけど。なんだったらリンちゃんも買っとく? 意外と効果あるわよ、これ。口に入れても問題ないしね」
「……本当に食材ではないんですよね?」
「当たり前じゃない。味がしないのも理由の一つだけど、何より魔物の蜜よ? 気持ち悪いじゃない。市民専用の塗り薬よ。く、す、り!」
「ですよねー」
愛想笑いを返しながら胃を押さえる。
私はもう一度、塗り薬とやらをみた。
おかしい。塗り薬なはずだ。食べ物ではないはずだ。なのに――なのに何で、ステータスが見えて効果の欄が埋まっているのかしら。食べ物以外のステータスは見えないし、口にした事のない食材は効果の欄が空白になっているはずだ。
嫌な想像しか出来ないが、全ての状況証拠が真実だと物語っている。
「私、これ食べた事あるの……?」
小さく呟いた声は、市場の喧騒に掻き消された。