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14、悔しさ



「遅くなって申し訳ございません、わたくしがこの店のオーナーでございます」


 男性は私たちのテーブルに辿り着くと、視線を一巡させた。一瞬不快そうに眉を寄せたが、すぐさま頬の皺を濃くして、にっこりと笑顔を張り付ける。

 騎士団長様の顔は市民にも広く知られていた。彼らを見つけて、事を荒立てるのは得策ではないと思ったのだろう。


「ええと、うちのジュースに文句があると言う方は……」

「わたくしです」


 柔らかく目を細めて片手を挙げる。最初の勢いはどこへやら、梓さんも聖女スマイル全開で対応した。

 表情こそ朗らかな空間だが、二人の間には見えない火花が散っていた。


「どう説明したものかと思っておりましたが、詳しいお嬢さんがいらっしゃるならお話しいたしましょう。そう、元より唐辛子には火傷防止の効果があると言われていましたが、軽微も軽微。実用に耐えるものではありませんでした。そこでわたしくしたちは同時にトマトをある分量で配合する事で、日焼け程度の火傷防止効果が付与できることに気付いたのです」


 オーナーさんは自信ありげに頷いた後、「お嬢さんはご存じだったようですが、効果を実証させたのは我が店が初めてでしょう」と私の肩を叩いた。いや、私に言われても困るのですが。


 彼はああ言っていたが、緻密に計算すると、もっともっと効果を上げられる。日焼け防止なんて、ギリギリ効果に掛るか掛らないかの最低限だ。企業秘密なので教えないけれど。


「最後に追加された素材。それが、破格の効果延長を実現しているのですね?」

「ええ、その通りです。日焼け防止効果を付与できましたが、食べてから数秒で効果が消えてしまいました。そこで見つけたのが、最後の素材です」


 当然、それが何なのか教えてくれるつもりはないらしい。当たり前と言えば当たり前だ。

 その素材を入れるだけで、効果時間が延長されるなんて破格である。蜂蜜のような甘味はするものの、あまりに微か。味すらも料理の邪魔をしない。


 レストランテ・ハロルドの台所を預かっている以上、私にだって向上心はある。未知なる食材。この世界独特のものは今まで使用を避けてきたけれど、本格的に勉強するいい切っ掛けになりそうね。


「こちらの方から効果が持続しないと文句が出たみたいですが、十分は持ちます。十分ですよ。料理にしては破格の効果時間です。それに、永続的な効果があるとは書いておりませんし、詐欺ではありませんよ」


 男性は腰をかがめ、内緒話をするように声を潜めて言った。効果時間が短いと知られれば、売り上げが落ちるかもしれない。そう考えて小声で話しているのだ。

 周囲には女性のお客さんが多く、ほとんどがこのトマト真っ赤な美白ジュースとやらを頼んでいる。人気の程がうかがえた。


「騎士様、わたくしの言い分は間違っておりますか?」

「軽度な火傷である日焼けを防止する効果、美白を求める女性に大人気。メニューに書かれている文言です。事実日焼けを防止する効果があり、美白を求めている女性に人気なのでしょう。嘘は書いてありませんね。それよりも名前に美白が付いている点が気になりますが……。グレー判定。これだけでは問題には出来ません」


 ライフォードさんはメニューを閉じると、静かに言い放った。

 彼の言う通りだ。一日中日焼けを防止して美白を目指しましょう、などと書かれていたら完全にアウトだが、効果時間については何も記載がない。アウトよりのグレー。


「ちょっと、だったらそう書いておきなさいよ! あたしだったから効果が切れた事に気付けたけど、普通の女の子なら気付かないで信じちゃうわよ? 真っ黒になってから気付いたって遅いんだから!」

「良いではないですか。効果時間を記載せよなんて法はありませんし。全く、料理に何を期待しているのだか。日焼けが嫌なら、薬屋にでも行けば良い。とても高価で、毎日の使用は大変だと思いますがね」


 薬と料理とでは、値段に大きな開きがある。日焼け程度の火傷防止であっても、トマトジュースの十倍はする。もちろん、効果は一回限りの五時間程度。日常使用は難しい。


「何よ、このジュースだって他の料理に比べたら高いじゃないの!」

「ええ、まぁ、研究成果ですから。他のものと一緒にしないでいただきたい」

「高いのに効果がないって最悪じゃない!」

「ですから、効果がないとは言っておりません。営業妨害で訴えますよ!」


 堂々巡りだ。

 ジークフリードさんの方を見ると、彼は小さく首を振った。諦めろって事らしい。


「やめるつもりはない、と?」


 私が問いかけると、オーナーさんは「もちろんですとも」と笑った。


「ええ、うちの稼ぎ頭ですから。それに、あなた以外に文句が出た事はありません。みんな分かって飲んでいるのですよ、料理なんてそんなものだってね。ただ話題性のあるものが食べたいだけ。でもケチがつくと売れなくなってしまうかもしれないでしょう? だから止めていただきたいのです」


 料理なんてそんなもの。その言葉が、棘のついた針みたいに胸に刺さって、抜けそうになかった。


 私たちはヒートアップしていく梓さんをどうにか(なだ)め、御代を払って店を後にする。気分は最悪だ。「悔しいわ悔しいわ」と私の背中に張り付いて離れてない梓さんは、殊更納得できていないだろう。


「聖女って魔物と戦うでしょう? だから普段から鍛錬してるんだけど全部外なのよ。ジリジリと焼けていく肌を気にして頭巾まで被っているのに、まるで意味がなくって。さすがに毎日薬漬けなんて嫌ですし。だから、このジュースの話を聞いた時、本当に嬉しくって。だから……うう、悔しいわ」

「ですが、これ以上我々に出来る事はありません。効果の表記は義務付けられておりませんし、販売を中止させる権利など、誰にもないのですから」


 言いながら、ライフォードさんは遠巻きにこちらを見ていた女性グル―プへ向かって、手を振った。すると、たちまち巻き起こる黄色い悲鳴の数々。彼が微笑むたびに、あちらこちらの女性が赤面と共に飛び跳ねる。

 何これ。アイドルか何かかしら。


「もー嫌! だからこいつと一緒に歩くの嫌なのよ!」

「何を言っているのですか。積極的にサービスしていくのもまた、騎士団のイメージ向上に繋がるのです。彼女たちが喜んでくださるのなら、いくらでも致しましょう。ははは、女性は本当、私の顔がお好きなのですね」


 良い性格してるわ、この人。

 ライフォードさんが手を振るたびに悲鳴が上がるので、気分はさながら有名人のマネージャーだ。


 今朝、ジークフリードさんが「俺はあいつと違って目立たない」などと言っていたが、やっと意味を理解した。この人が隣にいたら誰だって目立たなくなるわ。自分の利点を最大限に利用しているんですもの。

 天然で控えめなジークフリードさんには、出来ない芸当だわ。疑ってごめんなさい。


「ねぇ、リンさん。二人で買い物にでも行きましょう! この晴らせぬストレス、どうしようもないの!」


 ぎゅ、と力いっぱい抱きつかれる。苦しかったけれど、振り払う気にはなれなかった。梓さんの気持ちも分かるし、何よりも私自身がもやもやしていた。


「梓さん……」


 私だって悔しい。料理なんてそんなものだって言われた事が、腹立たしいほど悔しい。

 人の考えはそれぞれだって分かっているし、文句をつけるつもりはない。けれど、料理に携わっている人間が、最初から諦めていてどうするの。

 ハロルドさんを見習ってほしい。彼は味に関しては空回っていたけど、効果については真摯に向き合っている。


 私は考えていた。ジュースの販売は阻止できない。ならば一つだけ、取れる方法があるのではないか。

 梓さんの溜飲が下り、世の女性が安価で日焼け防止効果を手に入れ、料理の地位も向上し、なによりレストランテ・ハロルドにとっても益になる方法が、あるのではないか。


 ――うん。やっぱり、これしかないわ。


 私は口を弧の形に歪めて言った。


「あの店の客、奪えないかしら?」



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