13、野菜ジュース?
「凛さんは白の聖女と黒の聖女の話、知ってる?」
「ええ、噂程度は」
情報源は市場だ。城下ともあって、聖女関連の話題はすぐさま駆け巡るので、食材と一緒に仕入れてくるのが私の日課になっていた。どちらが正式な聖女なのか。野次馬根性ではないが、やはり気にはなる。
ジークフリードさんは私を気遣いこの話題を避けているので、市場は本当に良い情報収集の場だった。
ただ、市場の方々もレストランテ・ハロルドの味を経験済みだったらしく、野菜を売っているおじさんも、調味料を売っているおばさんも、うちに食べには来てくれなかった。ハロルドさん恨みます。
「召喚された聖女様候補は二人。それぞれの特徴から白と黒と呼んでいるって所までですが、聞き及んでいます」
「あら、隠れてない護衛さんが、聖女の情報は持っていってないって言うからてっきり」
「市場で買い物ついでに。それくらいはね。梓さんの事も気になっていたし、ずっと耳を塞いではいられないもの」
「あはは! やっぱ見た目によらず気は強いのねぇ、凛さん」
凛、と本来の発音で呼ばれるのは久しぶりだ。真正面に座っている梓さんを見ると、彼女も郷愁を覚えるのか、穏やかな表情で私を眺めていた。
「そう、だったのか……」
「すみません。ジークフリードさんの配慮は感じていたので、無理やり聞き出すのもあれかなぁって」
「君が聞きたいなら何だって答える。もっと俺を頼ってほしいのだが……」
肩を落とし、拗ねたように少し唇を尖らせるジークフリードさん。可愛すぎですか。本当にもう、格好いいのに可愛いとか反則ですよ。
昂る気持ちを抑えきれず、胸を押さえてテーブルに突っ伏す。途端、斜め前の席から同じように机を叩くような音が聞こえた。
不思議に思い顔を上げると、ライフォードさんが腕を振るわせながらテーブルに頭をぶつけていた。
「何やってんのよ、あんたたち二人。面白いくらい同じポーズで倒れて」
「い、いや。うん。すまない。ちょっと、破壊力がね。うん」
「破壊力ぅ?」
梓さんは私とライフォードさんを交互に見やり、不思議そうに首を傾げた。
まさか、お兄さんは同志なのだろうか。気になって視線を投げると、今までの優等生然とした姿とは打って変わって、子供の様なキラキラした表情で満足げに頷かれた。テーブルの下から親指が覗いている。サムズアップだ。もしかしてナイス、という意味なのだろうか。
あれ。真面目で取っつきにくそうかと思っていたけれど、案外面白い人なのかもしれないわ。とっても気が合いそう。私も机に隠れて親指を立てた。
「お待たせいたしました。トマト真っ赤な美白ジュースです!」
ウェイターさんが四人分のグラスを持ってテーブルにやってくる。カウンターで怒鳴られたのがよほど堪えたのか、声が上擦っていた。表情も固い。
「あら、もう少し話したかったんだけど。でもそうね。ここは人目が多いから、これくらいにしておかないとね」
「リン殿と話がしたいのなら、静かな場所の方がよろしいかと。彼女でしたら貴方の現状を知っても問題はありませんし、良い話し相手にもなってくれるでしょう」
「わかりました」
一人一人の前に置かれる、名前通りの真っ赤な液体。梓さんの前に置く時だけ、表面が波打っていたのは見なかった事にしておこう。
ウェイターさんは最後にメニューを置くと、ほっとした表情で足早に去って行った。あまりに怯えているものだから、少し可哀想になる。
「話はいったん中断しましょう。皆、今は目の前にあるものに集中して」
「これは……なんというか野菜ジュース?」
香りはトマト。独特の青臭さと、酸っぱさも感じられる匂いだ。水分と果肉は半分半分で、グラスを傾けると真っ赤な液体に乗って、潰れかけた果肉が流れ込む。
梓さんはグラスを持ち上げ、グイと一気に飲み干した。
わぁ梓さん、格好いい。
「何度飲んでも不味いわ。圧倒的に不味いわ。何が入っているのかしらこれ」
メニューをペラペラめくって該当の部分を開き、私とジークフリードさんの前に差し出す。『トマト真っ赤な美白ジュース』という名前の下に説明と効力が書かれていた。
元来、食事とは体力を回復する手段として用いられてきましたが、我々はそれ以上の効力を見出すため、研究を行ってまいりました。そして完成したのがこのジュースです。火傷防止。それは軽度な火傷である日焼けを防止する効果でもあります。美白を求める女性に大人気のこの『トマト真っ赤な美白ジュース』。ぜひご賞味ください。
「なるほど?」
「最近、御令嬢の間でも大人気らしい。プラスアルファで日焼けを防止できるから、美白のジュースだと聞いている。リンに飲んでもらおうと思っていたものだ。丁度良いな」
続いてジークフリードさん、ライフォードさんも一気にそれを飲み干した。
これは私もグイといくべきですね。腹を括ってグラスに手を掛ける。
生のトマトをただすり潰したような、飾り気のない味。果肉が喉を通りすぎていくと、後からピリピリとした刺激が舌を襲った。スムージー一歩手前の野菜ジュースと言ったところか。普通だ。飲めない味ではない。だが、美味しくもない。
一気飲みは難しかったので、半分ほど飲んでからグラスを置く。
「ほとんどがトマトですね。でも全部じゃなくて、少しニンジンの味がします。トマトが7、ニンジンが2……かな? でも残り一つが分からないわ。かすかにハチミツのような甘さがある気がするけど、微かすぎる」
もう一口。舌の上でジュースを転がす。『透明に近いハチミツ』一番近い表現がそれだ。もしかすると、私の世界では存在しない食材を使っているのかもしれない。
「火傷防止はトマトの影響ですね。そこそこ効果のある配分だと思います。また、味としては致命的ですが、最後に感じるのは唐辛子。これらのおかげで、完璧じゃないにしても軽い火傷程度なら防止できるよう調整されています。ただ、効果時間延長の素材が使われていない。トマトだけなら精々数秒程度でしょう……この微妙な甘さ。これが原因?」
「ほぅ。お詳しいですね、お嬢さん。料理が好きなのですかな?」
突然声を掛けられ、驚いて振り向く。そこには燕尾服を着た壮年の男性が立っていた。