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11、デートではありません2



「うーん……」


 今日はジークフリードさんと出掛ける予定の日である。そのため、私は姿見と小一時間ほど見つめあっていた。彼の好みを聞いておけば良かったと今さら後悔だ。自分は聖女様たちのように美人ではないから、せめて少しでも隣を歩けるように努力はしたかったのに。


 顔のほうは無難にまとめた。

 この世界の化粧はべったり塗りたくるものが多く、どうにかナチュラルメイクにならないものかと毎日格闘の連続である。濃いだけのメイクは惨劇にしかならなかった。最近になってやっとコツを掴んだので、まぁ酷い有り様にはなっていないと思う。たぶん。肌の質感も良くなったしね。


 問題は服装だ。

 私は元々黒とか茶、カーキなどの地味めな服しか着てこなかったので、綺麗な服がびっくりするほど似合わないのだ。服を着ているのではなく、着られている感じ。どう頑張っても、頭の先から爪先まで高貴な美形オーラ漂うジークフリードさんに釣り合う姿にはなれない。

 推しメンが連れていて良いのはこんな女じゃないのよ、という複雑なファン心理も邪魔をして、なかなか服が決まらなかった。


「リン、時間大丈夫? そろそろじゃないのー?」


 扉の向こうからハロルドさんの声がした。

 いま着ているのは白いブラウスの上に薄茶色のベスト。下はふんわりした膝下くらいのスカートだ。最大限の勇気でワインレッドを選んでみた。


「ハロルドさん、これ大丈夫だと思いますか? もう自分じゃわけわかんなくなってきました……」


 扉を開けて、ハロルドさんに尋ねてみる。自分ではこれが限界だ。


「僕に聞くのかい? 服装なんて着れればなんでも良いんじゃないの?」

「ハロルドさんは、何着ても似合うから言えるんですよ……!」

「まぁ僕だしね! でもさ、僕が何を言っても納得はできないだろう? 」


 よくわかってらっしゃる。

 その通りだ。結局のところ、何をやっても満足できないのなら諦めが肝心である。相手はあのジークフリードさんなんだもの。


「……ですね。ありがとうございます! おかげで開き直りました。もうなるようになれ、ですよね! よーし!」

「そうそう、その調子」


 ハロルドさんは私の頭をぽんぽんと優しく叩いた後、慈しむように髪をすいた。

 自分で保護者を自称する事もあり、最近は父親のようなポジションに居座っている気がする。後が怖いので絶対に本人には言えないが。こんな美青年を捕まえて父親扱いとはいい度胸だね、などと怒られかねない。


 約束の時間までもうすぐだ。この世界では異性と出かける際、男性の方が女性の家まで迎えに行くという風習があった。でも今日のこれはデートではない。ただ出掛けるだけでも適応されるのか、とジークフリードさんに尋ねてみるも、彼は微笑みを返すだけだった。問答無用というわけですね。後ろの方でハロルドさんが首を横に振っていた気もしたけれど、見なかった事にした。


 とりあえず一階で待てば良いか。私を先頭に、ハロルドさんが続いて階段を下りる。丁度その時、扉に取りつけてある鈴が軽やかに音を立てた。きっとジークフリードさんだ。


「リン、少し早く来てしまったが、大丈夫だろうか?」

「はい、だいじょう……――ぶじゃないです!」


 瞳に彼の姿が映ると同時に、私はハロルドさんにしがみついた。想像以上だった。


 普段は後ろに撫でつけられている前髪がさらりと顔にかかり、そこから覗く赤褐色の瞳が優しく細められる。肩まで伸びた髪は黒い紐で一括りにされていた。

 大胆に胸元の空いたシャツ。上にはワインレッドのジャケットを羽織っている。軽さと清潔感とが上手く同居しており、ジークフリードさんに良く似合っていた。でも胸元をあれだけ開ける必要は無いと思うの。絶対。


「リン。リン、いつまで僕にひっついているの。ジークからの視線が痛いんだけど」

「いや、だって想像以上です想像以上!」


 ああもう。私服の破壊力たるや筆舌に尽くし難く――なんて、少しでも冷静さを保とうとしておかしな事になりそうだ。とにかく色気と格好よさとが掛け合わさって、三倍、四倍の魅力に昇華している。


「ハロルド、失礼するぞ」

「うひゃあ!」


 ハロルドさんに引っ付いている私をジークフリードさんは軽々と引っぺがし、自分の隣に立たせる。この時点で私の心臓は高鳴りっぱなしだった。今日一日持つのだろうか。そして、ご飯の味が分かるのだろうか。――今日の目標、達成できない気がしてきたわ。


「行こうか、リン。君が嫌がると思って馬や馬車は連れてこなかったんだが、大丈夫だったか?」

「もちろんです! もちろん! ご配慮痛みいります!」


 勢いよく頭を下げた私に、ジークフリードさんは「では、お手をどうぞ」と手を差し出した。



* * * * * * *



 まるで中世ヨーロッパ。

 柔らかい色をしたレンガ造りの建物が並び、地面には等間隔に並べられた石がアーチの模様を形作っていた。壁に小さなポッドを掛けている家も多く、瑞々しい緑が景観に色を与えている。突き抜ける青空の下。皆が皆、輝かんばかりの笑顔で行き来する。それが城下のメインストリートだ。何度見ても心躍る光景である。


 逆に表が動なら、裏通りは静。人通りも少なく、ぽっかりと口を開けた裏道への入り口は迷路のようで子供心をくすぐられる。一度入ったら抜け出せそうにないので、チャレンジしてみた事は無いけれど。


 今日のスケジュールは全てジークフリードさんにお任せしているため、私は一歩ほど下がって彼の後ろをついて歩く。周囲からは主と従者にしか見えないだろう。

 最初こそ手を握りしめ隣を歩く事に拘っていたジークフリードさんだったが、周囲の視線が自分たちに集中していると気付いてからは、半ば諦めたように解放してくれた。


 さすがジークフリードさん。ついさっきまで楽しいお喋りに興じていたおばさんも、買い物帰りのお嬢さんたちも、たちまちのうちに彼から目が離せなくなっていた。ええ、分かりすぎるほどに分かってしまうわ。今日のジークフリードさんはいつもとはまた違った魅力がありますものね。


 でも同時に、痛いほど突き刺してくる視線の針。穴が開くほど見つめるとはよく言ったものだ。嫉妬と羨望とが混じりあった視線もまた、多く私に注がれていた。


 飲食店のある繁華街に足を踏み入れた瞬間それは更に増え、私は耐えきれず従者のふりをする事にしたのだ。いや、目立たない服装をしていて良かったと改めて思ったわ。

 ジークフリードさんはすまなさそうにしていたけれど、私はむしろこれで良かったと思っている。それに、私がちゃんと付いてきているのか、不安そうに後ろを振り向く様子がこれまた可愛くて、ある意味役得だったしね。

 私の推しが今日も可愛くてご飯がおいしく食べられそうです。


「すまない、こう言った事に慣れていなくて、完全にこちらの失態だ。やはり馬車か馬を連れてくるべきだった。俺はあいつと違って目立たないと思っていたのだが……」

「いや、やっぱり馬とか馬車は……ところで、あいつってハロルドさんですか?」

「いや、ハロルドではないさ。まぁ、ハロルドはハロルドで別の意味で目立つんだが……」


 黙って立っていれば美形なのに、もったいない人である。

 ではあいつとは誰だろう。ジークフリードさんよりも目立つって相当よ。――私が尋ねようとした時、丁度目的地に到着したらしい。ジークフリードさんが立ち止まった。


「ここだ。どうやら女性に人気の菓子があるらしい。参考になればと思って」

「わ、大きなお店ですね」


 レストランテ・ハロルドの三倍はあろうかという広さ。赤銅色の壁にアンティーク調のランプがかかっている。扉近くに立てかけられている看板には、流れる文字でメニューが綴られていた。


「城下で一番大きな飲食店だからな」


 ジークフリードさんがドアノブに手を掛ける。しかし扉を開けた途端、飛び込んできたのは胃を刺激される料理の香りでも、楽しそうに談笑する人々の声でもなく、店内全体に響き渡るような怒声だった。



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