92、料理の力
どうにかこうにか混沌とする店内を治め、私は一息ついた。マル君の協力がなければ無理だったかもしれない。ありがとうマル君。
さて、今からは楽しい昼食の時間だ。
厨房に入って最終確認をしたのち、ハロルドさんとマル君を招集して料理たちをテーブルへ並べていく。今回は好きなものを好きなだけ食べられるビュッフェ形式だ。飲み物もセルフサービス。もちろん、私の案である。
折角だもの。色んな料理を食べて元気になってほしいでしょう?
どうやら私の思惑は上手くいったらしく、梓さんや有栖ちゃんは待っていましたとばかりに「いくわよ! 胃袋の許す限り!」「わ、私もいっぱい食べるもん!」と料理に手を伸ばしている。
私たち召喚され組は見慣れた形式。戸惑う点はない。
事前説明して知っていたマル君やハロルドさんも問題なく――いや、この二人の場合、この程度で戸惑う姿がまず想像できないのだけど、それはそれ。料理を目の前にしたマル君が大人しいはずもなく、ハロルドさんと競い合うようにお皿に料理を盛っていた。
問題は、ぽけっと呆けているアデルさんだろう。
ジークフリードさんやライフォードさんならば、多少面食らってもすぐに順応してビュッフェ形式を楽しんでくれただろうが、何もかもが初なアデルさんはどうすればいいのか分からず、固まってしまっている。
もてなす側としてこれはいけない。
確かに今回は有栖ちゃんを元気づける事が目標だ。しかし、楽しめない人が一人でもいたらホスト失格である。
「アデルさん、すみません。この形式、見慣れないですよね? えっと……」
「心遣い感謝する。でも、問題はないよ。料理の形式に戸惑っているわけじゃないんだ」
「え? では何か他に問題が……!」
「いやいや、問題というわけではないんだけど……悪い。失礼を承知で口にする。皆、なぜ目の色を変えて飯を食っているんだ? 午前中、あまり動いていないから体力の消耗は僅かのはず。回復量がオーバーしていないか?」
おお、新鮮な反応だ。最近は料理に魅了された人たちばかりに提供していたから、こういう反応は久しぶりである。
忘れかけていたけど、この世界にとって料理は薬の劣化版だ。
ゲームのように敵と戦って攻撃を受けたら体力ゲージが減るのではなく、ただ生きて動いているだけで疲労として体力が減っていく。それを補うためのものが料理であり、さらにそこへ付加価値を付けるために料理人たちは日々研鑽に励んでいるのだ。
つまるところ、人々が店に食べにくる目的のほとんどは効率のため。家で作るより体力回復の幅が大きく、ちょっとだけ味も良い。
それが料理屋の存在理由だ。
アデルさんからすれば、減った体力を最大値まで回復した後の食事など、無駄なものでしかないのだろう。本当に、もといた世界とは価値観が違いすぎる。私は思わず「ふふ」と笑った。
「なんだ? 何か変な事を言っただろうか?」
「いえ、そう言われるのは久しぶりだったもので。よかったら食べてみてください。料理を食べるのが楽しいって気持ち、分かるかもしれませんよ?」
「それはまぁ……確かに。何事も経験して初めて分かることもある。ええと、食べたいものを自分で取るんだったな。では、遠慮なく」
アデルさんは目の前にあったビーフシチューを器によそった。お目が高いですね。こちら、この日のためにめちゃくちゃ煮込んで作った本格派。お肉もホロホロでとっても美味しいはず。もちろん、素材の力を完璧に活かせるよう調合したので、体力回復効果もバッチリだ。
気に入ってもらえたら嬉しいな。
スプーンですくい、ぱくりと一口。その瞬間、アデルさんの目が見開いた。聖女様たち、そしてハロルドさん、マル君の方を確認すると、咳払いを零してから「なるほどなるほど」と呟いた。
「魔女サマ、今の一瞬で価値観がひっくり返されて大分混乱しているが……とりあえず、ありがとう。どうりで皆、目の色を変えるわけだ。よし! オレもこの争奪戦に参加させてもらおう!」
スプーン片手に揚々を宣言するアデルさん。
やだなぁ、争奪戦ではなくて好きなものを好きなだけとれるビュッフェ形式ですよ。そんな事を思って周りを見渡すと、恐ろしい勢いで料理が減っている事に気付く。
待ってほしい。一体いつの間に。腹ペコ王子なライフォードさんがいないというのに、なんという減り具合だ。
「リン? はやく取らないとなくなっちゃうよ? マル君が凄い」
ハロルドさんの言葉に、急いでマル君を見る。
彼は本来の姿は狼だというのに、それを微塵も感じさせない美しいカトラリー捌きで、次々に料理を口に運んでいた。ものすごい速さで。
そうでした。最近はなりを潜めていたので忘れていたが、マル君ももの凄い大食漢だった。このままだと私の分がなくなってしまう。
「争奪戦じゃないんですけどー!」
叫んでから私も慌ててお皿を手に取り、この料理争奪戦に参戦するのだった。
** * * * * *
「んー、本当に美味しかった! やっぱりここの料理は最高よねぇ」
「ありがとう、リンさん! 久しぶりにすっごく楽しかった!」
満面の笑みでお礼を言われると、少し照れくさい。でも私の料理で二人に幸せを届けられたのなら嬉しいことだ。有栖ちゃんに元気を届けたいという目標も達成できた。ミッションコンプリートである。
私は「どういたしまして」と微笑んだ。
マル君やハロルドさん、アデルさんも満足そうな表情である。このまままったり日常会話なんかで時間が過ぎて、ゆるゆる解散だろうか。
「では、食後のお茶を用意しますね。皆さんお砂糖は」
「その前に、少しだけ時間をもらえるかしら」
お茶を淹れようと立ち上がった私に、梓さんが待ったをかけた。先ほどまでのまったりした表情は消え、真面目な、聖女然とした顔つきに変わっている。
何事だろう。
まさか、また何か王宮で問題が噴出しているのだろうか。
「はい。構いません」
「ありがとう。楽しい昼食の後にする話じゃないんだけど……今日じゃないと逃げられそうだから。ごめんね、リンさん」
梓さんは姿勢を正した後、麗しい微笑みの背後に獰猛な圧を従えてハロルドさんを見た。
「ねぇ、店長さん。私とちょっとお話しましょうか」
「え、僕?」
まきこまれ料理番の異世界ごはん コミカライズ 1巻
明日、11月18日発売!!
節目節目とお約束していた通り、更新に参りました!
このまま下へスクロールするとコミカライズのページへと飛べますので、リン、ジーク、ハロルドの素敵な表紙をぜひ。
どのキャラも美麗にコミカライズしてくださっているので、お迎えいただけたら幸いです。電子もあります。
よろしくお願いいたします!