90、嘘じゃないぞ
※注意
ネタだと分かっていてもBLっぽい表現が苦手な方はご注意下さい。
ギャグ回ですので、読まなくても支障ありません。
あの顔。絶対によからぬことを考えている顔だ。
普段なら惨状を回避するため止めに入るところなんだけど、聖女様二人が楽しんでいるようなので、本日はスルーします。たまにはこうして傍観者を決め込むのも悪くないでしょう。
私は近くにあった椅子を引き、のんびりと腰掛けた。
マル君はハロルドさんの首根っこを摑まえると、自分の隣に置いて満足げに笑う。完全に何かのスイッチが入っているな、あれは。
ご愁傷様です。
「あ、あの? マル君? 顔が怖いよ……?」
「さて、こいつの事を良く分かっているのはどちらか、という話だったか? 一々説明するのも面倒だが、俺は優しいので付き合ってやろう。俺の手にかかれば、こいつがどのような状態であろうとも一発で眠らせることが出来る」
「なっ! 団長が研究モードに入っていてもか!?」
「当たり前だろう?」
ああ。それってもしかして、「寝ろ」の一言と共に無慈悲な手刀が問答無用で振り下ろされてくるあれかな。ドンッという鈍い音がしたかと思うと、ハロルドさんが白目剥いてテーブルの上に転がっているのを目にした事がある。
一発で眠らせるとはよく言ったものだ。
確かに一発で即意識が刈り取られる。
「そ、それくらい、オレだって、お願いしてみれば……」
「おいおい、試した事もないのか? お前はこいつの副官だったんだろう? 上司の身体くらい管理できなくてどうする」
「それは……」
「お前がこいつの何を知っているかは知らんが、もうお前の知っているこいつではない。ハロルドはもう、俺なしでは生きていけない身体なのだからな」
「ど、どういう意味だ?」
ほんとそのまんまの意味です。
私もある程度はお世話している自覚はあるけれど、マル君はもっとだ。
炊事はもちろん、ハロルドさんがすべき掃除や洗濯も彼が受け持っている。
マル君曰く、私室の掃除はたまに利用するから。衣服の洗濯は一人分も二人分も同じだから――らしい。しかも朝が苦手なハロルドさんのために、目覚まし役まで買って出てくれている。
まさにマル君がいる事によって「好きな事だけして生きていく」状態になっているのだ。
私だってここまでお世話されたら依存してしまうだろう。
恐ろしい。ダメ人間製造機だ。気を緩めると堕落させられてしまう。残念ながらハロルドさんはもう、腰のあたりまでずっぽり浸かってしまっている。
このままではいけないと、あの手この手を使って自立を促してはいるが、気付けばマル君が甘やかしているので、なかなか上手くいかない。
文字通り、マル君無しじゃ生きていけない身体なのである。
魔族に堕落させられるって不味い状況な気もするけど。大丈夫なのかしら。
「い、言っておくけど、オレだって団長のお世話をしてきた身だ。そういう事を言っているなら――」
「ハロルドは俺の身体が大好きでな。昨晩も抱きしめたままなかなか離さなくて、気付いたら朝だったよ」
「は?」
ピシリ、と店内の空気が一気に固まった気がした。
ほほう。なるほどそっちか。
確かにマル君の尻尾は極上のもふもふですからね。いつだったか。「もうマル君の尻尾なしじゃ快眠できないよぉ」なんてふざけた事をハロルドさんが言っていたっけ。
でも、そんな裏事情を知っているのは私だけ。
肝心なところを全てボカしたせいで、店内の視線が全てハロルドさんに向けられた。
「ちょ、ちょっとマル君!」
「どうした? ハロルド。全て本当の事じゃないか」
「それはそうなんだけど……っていやいやいや! 何で君そんなノリノリなの! 昨日はあんなにぶーぶー文句言ってたくせに!」
「ああ。そうだったな。昨日は気分じゃないって言ったのに、お前が無理やりベッドに引きずり込んで強引に……」
「やめて! マジ今それちょっと洒落になんないから!」
両手をバタバタさせて必死に抗議するハロルドさん。
早朝、私が不機嫌そうなマル君に「ブラッシングを手伝ってほしい」と言われたのは貴方のせいか。
まぁ、マル君の尻尾に触る機会なんてあまりないので、貴重な体験だと思えば悪くなかったが――マル君も気持ちよさそうだったし――、次回からはちゃんとハロルドさんに頼んでほしい。マル君ってばなかなか注文が多くて大変だったんですよ。
私は盛大なため息をついて梓さん、有栖ちゃんの方を伺う。彼女たちは「乗り気じゃなかった?」「ベッドに無理やり?」と顔を見合わせて目を白黒させていた。
「ハロルドさんのあんな顔、なかなか見られないので新鮮ですよね」
「へ?」
「いやいやいや凛さん??」
嘘に塗れた作り話なら、不自然な点を片っ端からあげ連ねて論破されてしまうのが目に見えている。なんたってあのハロルドさんだし。
ピンポイントで真実を隠すことにより、反論をしにくくさせている。
「さすがマル君です」
「な、なんで凛さんは平然としていられるの!?」
「え、え、あの二人ってどういう関係なの!?」
「ライバル兼悪友って感じですかね。今回はマル君の勝ちってことで」
後ろに回した手でブイ字をつくるマル君。
おめでとう、今日は君の完勝です。
さて、仕方がない。そろそろ手を貸してあげましょう。
「はいはい。そんな捨て犬のような顔でこっちを見ないでください、ハロルドさん。分かっています。マル君も皆をからかうのはそこまでにしておいてくださいね!」
私はパンパンと手を叩いて立ち上がった。
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