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89、見世物



 むしろこちらが「なんなんだ!」と叫び出したい衝動を必死に抑え、無言で目の前の光景を見つめ続ける。

 今鏡を見たら死んだ魚の目をしているな、きっと。


「最初に言っておくけど、オレは長年ハロルド団長の補佐を完璧に務めてきた優秀な魔導騎士だ。団長の行動パターンは熟知しているし、面倒事が起こった時にどういう逃げ方をするかも把握している!」

「何の張り合いだ」

「オレのほうが団長のことよくわかってるってことだよ!! うぅ、余裕ぶりやがって……!」


 まず面倒事が起こった時の対処方法が逃げ一択な事にツッコミを入れるべきなのだろうか。いやいや、そもそもハロルドさんとアデルさんってどんな関係なの。団長って何。

 駄目だ。あまりのカオスっぷりに脳が上手く処理しきれていない。


「団長も団長です! そのようなどこの馬の骨ともわからぬ男より、このオレの背を使ってください! オレはいつでもウェルカムです!」 

「いや、お前から逃げているんだけど!?」


 バッと両手を広げるアデルさんに対し、ハロルドさんは何を思ったのかマル君を突きだした。

 この人、ナチュラルに人を煽る癖あるわよね。しかも本人自覚なしときたものだ。


 ハロルドさんとハロルドさん強火担――言葉にするとおかしさの塊だが――に挟まれて、さすがのマル君も困惑しているはず。

 私は少し頭の位置を落として彼の表情を盗み見る。

 しかし、私の予想は外れていた。


 ――困惑というかイラッとしている顔だな、あれは。


 さすがのマル君も盾代わりにされた事で怒りが湧いたらしい。気は長い方だが、怒らせると面倒なのがマル君である。いざとなったら仲介に入らなければいけないかもしれない。

 まったく、ハロルドさんはこういうところ鈍いんだから。


「おい、お前!」

「ははは、先程から実に失礼な人間だな」

「失礼なのはお前の方だ! この天上天下唯我独尊のハロルド団長から頼られる事がどれだけ貴重で光栄なことか! お前に分かるのか? お前のような奴は……ええと、なんだっけ? 教えてもらったんだけど……あ! この泥棒猫、だ!」

「いや。猫ではなく、どちらかというと狼なんだが」


 マル君そういう問題じゃない。

 というか誰だ。こんな幼気な青年に泥棒猫なんて言葉を教えたのは。


 もう無理。ツッコみどころ満載すぎてどうすれば良いのか分からない。というか真面目にボケ倒すのはやめて。本当どうすればいいの。何で誰もツッコまないの。まさか私の役目ですか。片っ端からツッコんでいけってことですか。


 助けを求めて梓さんへ視線を送る。

 しかし彼女は、男性陣の愛憎劇など気にも留めず、真剣な表情でテーブルを見つめていた。何か考え事をしているらしい。

 さすが梓さん。肝が据わってらっしゃる。


「団長……第二騎士団……魔法……もしかして、そういうことなの? あ。凛さんごめん。ちょっと……ちょっとこっちきて」


 手招きされるまま、彼女の隣に場所を移動する。


「あの」

「ごめんね、なんかアデル君がご迷惑を」

「いえ、それは別に。今日は貸切ですしね。でも、いいんでしょうかね。あのまま放っておいても」

「彼らがもめている原因、なんとなく読めたけど今は口を挿めないし、何より――」

「男だけの昼ドラ展開なんて、わたしたちが口を出したら野暮ってものだよ! ね、ね!」


 私たちの間にぐいと身体をすべり込ませてきた有栖ちゃんは、興奮冷めやらぬといった様子で男たちの修羅場を眺めている。


 どうしてそんなキラキラした目をしていられるのだろう。あまりの眩さに直視できなくなり、私は思わず目を逸らした。

 美少女の笑顔。凄まじい破壊力だ。


「なんっつーかねぇ……こんな楽しそうな有栖、久しぶりに見たのよ」

「それじゃあ、仕方ないですよね」


 この場を納めなければといった義務感は、静かにしぼんでいった。

 マル君が意地悪そうな笑みを浮かべているのは気になるが、これも有栖ちゃんのため。ハロルドさんには犠牲になってもらうことにしよう。


 どうせ原因もハロルドさんでしょうし。因果応報。後始末くらい、自分でやってもらわないと。私はマル君ほど甘くはないですからね。


「それに」

「梓さん?」

「あんなアデル君はじめてだもの! ここでドンドコ墓穴を掘らせたら、冷静になった頃に目一杯からかい倒せるじゃない? 顔を真っ赤にしてやめろー! とかって! ふふ、想像したらさいっこうに可愛い!」

「…………梓さん」


 聖女様お二人は、この修羅場を見世物と認識しているのかしら。

 なんだか慌てふためいていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。こうなったら私も観戦者として最大限楽しませてもらおうかな。


 マル君、ハロルドさん、アデルさんの様子を確認し、有栖ちゃんと梓さんの背を叩く。


「まぁでも、そういう事ならもう少し面白くなるかもしれませんよ?」

「え?」

「面白く?」

「ほら」


 指を指したその先にはマル君の姿がある。

 彼はそろそろ頃合いか、と言わんばかりに唇を弧に歪めた。



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