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88、ハロルド団長?



「こちらのテーブルへどうぞ」


 私は店の中央にあるテーブルへと三人を案内した。

 入口側にアデル君。厨房側に梓さんと有栖ちゃんの二人が腰掛ける。


 さて、どうしようかな。


 梓さんや有栖ちゃんは手伝ってくれると言ったけれど、日々頑張っている二人に楽しんでもらうため私たちも準備してきたのだ。残りは私とマル君だけで事足りる。


 厨房に視線を移すと、マル君が指で丸のマークを作ってくれた。

 こちらは任せろ、ということらしい。

 それではお言葉に甘えて、厨房の方はお任せしちゃおう。


 もうすぐハロルドさんも帰ってくるだろうし、手先の器用さだけで言ったらマル君ほど信用できる人もいない。いや、魔族様だけど。

 私は料理が完成するまで彼らのお相手役を務めさせていただこうかな。


「それでは料理が完成するまでもう少しお待ちくださいね」

「手伝うわよ?」

「大丈夫ですよ、梓さん。煮込むのに時間がかかったりするだけですから。マル君だけでも大丈夫みたいです」


 梓さんと有栖ちゃんはお互いに顔を見合わせると、微笑んで頷きあった。


「じゃあ折角だし、お話ししましょうよ。女子会女子会!」

「うん。わたしも凜さんに色々聞きたい!」

「じょ、女子会、ですか?」


 私はちらりとアデル君の方を見る。


 マル君は料理に専念してくれるから問題ないけど、アデル君は違う。護衛とはいえせっかく来ていただいたのに、彼だけ会話に混ざれないのはホストとして如何なものか。


「でも――」

「オレのことは気にしなくて良いぞ、魔女サマ。大人の男として、それくらいの甲斐性くらいは持ち合わせている。君たちが楽しめるなら、それでいい」


 私が戸惑っている事にいち早く気づいたのは、他でもないアデル君だった。


 彼は余裕の笑みを浮かべて腕を組み、うんと頷いて見せる。

 なんという気配り。度量の広さ。将来有望すぎやしないだろうか。


 大人の男、という点にまだほんの少し微笑ましさが残るが、確かに内面だけ見ると下手な大人より断然落ち着いている。


 悲しいけれど、うちの店長の方がずっと子供だ。

 あの人の場合、「女子会? 面白そう! 僕も混ぜて混ぜてー」とか言い出しかねない。というか絶対言う。仲間外れとか嫌いそうだし。


 それにしてもハロルドさん遅いな。一体いつ帰ってくるんだろう。

 何か問題を起こしてないといいけど。


「大人の男、かぁ。……そういえばアデル君っていくつだっけ?」

「あのな。二十五だよ、二十五! 黒の聖女には言ったはずだけど? 一度で覚えろよ、まったく。あと君もやめろ。師匠だ!」

「あはは、そうだったわね。ごめんなさい、師匠」

「へ?」


 ふいに零された爆弾発言に、私はアデル君――いや、アデルさんのお姿を頭のてっぺんから足の先までゆっくりと眺めた。

 小さな顔も、くるりと丸い瞳も、私の方が腕力ありそうな華奢な身体も、全てが幼い少年のものにみえる。


 ――二十五? 誰が? この子が? 嘘でしょ。


「ん? 魔女サマ? どうした?」

「え!? い、いえ、なんでもないです! なんでも――」

「たっだいまー! リン、マル君! 大ニュースだよぉ!」


 混乱している頭に、突如飛び込んできた明るい声。


 入口の方を見ると、ハロルドさんが満面の笑みを浮かべて立っていた。手には大きな紙袋を抱えている。

 何を貰ってきたのか。どうしてこんな時間までかかったのか。言いたい事は山ほどあるけど、ともかく問題はなさそうで安心した。本当、心配をかけさせないでほしい。


 私は呆れたようにため息をついて、腰に手を置いた。


「もう、遅いですよ。ハロル――」

「ハロルド団長!?」


 ――団長?


 ガタン、とイスの倒れる音がした。

 しかしそれに意識を向けることすらできないのか。勢いよく立ち上がったアデルさんは、信じられないものでも見るように、呆然とハロルドさんを見つめている。


 どうしたんだろう。

 握った拳がわなわなと震えており、驚きの深さを物語っている。この動揺っぷり、ただ事ではない。


 まさかダリウス王子の時みたいに、アデルさんにも何かやらかしているんじゃないでしょうね。

 私が怪訝そうな視線を送ると、ハロルドさんはぶんぶんと首を横に振った。


「誤解だよ誤解! ってか、なんでお前がここに!?」

「本日の護衛は僕が担当に――いえ、そんな事はどうでも良いんです! あなたが城を去った後、僕がどんな気持ちで今まで頑張ってきたか! 近くにいたなら……そう、言ってくれればよかったのに……」

「あー、いやまぁ、それは――って、違う違う!」


 ハロルドさんは持っていた荷物をテーブルに置くと、ぐるりと店内を見回し――慌てて両手をクロスさせた。バツの字だ。彼の視線の先には梓さんがいる。


 何。梓さんに関係あることなのかしら。


 私が首を傾げていると、ハロルドさんは逃げるように厨房へ飛び込み、マル君の後ろに潜り込んだ。絶対にはなれません、と言わんばかりに腰をぎゅっと掴んでいる。


 完全にとばっちりを食らったマル君は「邪魔だ。危ない」とぼやいたが、ハロルドさんを引っぺがす様子はない。やっぱり甘やかしすぎでしょう、この魔族様。

 ハロルドさんもハロルドさんだ。甘やかしてくれる相手をちゃんと選んでいる。困った人たちだ。


「今のなし今のなし! 人違いだから! 僕はただの食堂の店長ですぅ!」

「僕が団長を見間違えるわけありません!」

「だから団長って呼ばないで! マル君、もっと僕を隠して!」

「注文が多い」


 更に強い力で引っ付かれ、さすがのマル君もやれやれと肩をすくめた。


 しかし、それを見たアデルさんは呆れるでもなく、失望するでもなく、カウンターの傍まで足を進めると、思い切りテーブルを叩いた。

 ドン、という鈍い音が店内に響き渡る。


「お前……、お前は一体、ハロルド団長のなんなんだ!!」

「は?」

「ハロルド団長の事は、オレが一番よく分かっているんだ! 俺こそが一番の部下! 団長が頼るならオレだと思っていたのに。それなのに、それなのに……!」

「睨まれても困るのだが」


 眉をハの字に寄せて首を傾げるマル君。きっと、店内にいる大半の人間は彼と同じ顔をしているだろう。かくいう私もその一人だ。

 私たちは一体、何を見せられているのだろう。



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