87、第二騎士団長、アデル・マグドネル
第三騎士団遠征妨害、ならびに少女への呪詛。
この二つの事件の被害を最小限に抑え、なおかつ解決に尽力したとして、我がレストランテ・ハロルドは国から恩賞が出る事になったらしい。
今朝方ハロルドさんが「色々せびってくるねぇ!」と元気よく出て行ったので、現在店にいるのは私とマル君の二人だけだ。
「昼からは貸切だったな。たしか、聖女二人が来るんだろう?」
鍋をくるくると回しながらマル君が問いかけてくる。
「はい。梓さんと有栖ちゃん、それから護衛としてライフォードさんかジークフリードさんのどちらかが来てくださるそうです」
実は今回、有栖ちゃんを城外に連れ出すことに難色を示す人は多かったらしい。仕方がないだろう。いくら騙されていたとしても、二つの事件に深く関わっていたのは事実。
しかし臭い物には蓋をするかのように、有栖ちゃんを閉じ込めておいても何の解決にもならない。
どうせなら記憶回復の手段を探していると銘打って、好きに動き回ってもらった方が黒幕も気が気じゃなくて少しくらい尻尾を出すかも――なんて事をこっそり梓さんに耳打ちしておいたけど。
少しは役に立っただろうか。
ともかく、貸切という形だが有栖ちゃんが外に出られるようになったのは、梓さんとダリウス王子の尽力が大きかったと聞いている。
どうやら騎士団長ご用達のお店って事で、貸切にするならと特別許可が下りたみたい。
最後に見た有栖ちゃんは少し儚げだったから心配していたけど、今のダリウス王子に梓さんが味方についているなら、きっと大丈夫だろう。
彼女たちに会えるのが楽しみだ。
「そろそろハロルドさんも帰ってくるでしょうし、さくっと準備を終わらせておきましょう。楽しんでもらわないと、ですね」
「俺は美味いものが食えればそれで良いがな。あのぜりぃとかいうデザート。食ってみたかったな……」
「マル君」
盛大なため息を零す彼を見ていると申し訳ない気持ちになる。
でもあのゼリー、魔族であるマル君には毒以外の何物でもないのだ。食べてもらうわけにはいかない。
ハロルドさんの味覚共有魔法――正式には感覚共有魔法で「もの凄く防御が固い敵は痛みに弱い事が多いから、自分の身体ぶっ刺しながらチキンレースする時に使うんだぁ」らしいが。なんておぞましい魔法ですかそれは。
とにかく。それを利用してハロルドさんとマル君の感覚を共有させ、ハロルドさんがゼリーを食べる事により、マル君もその味や食感を味わえているはずだけど。
やっぱり自分の舌で味わいたいよね。
力及ばず申し訳ない。
私が自らの力不足を嘆いていると、ドアベルがチリンと涼やかな音を立てた。
「ハロルドさん、おかえりなさ――え?」
「ごめんなさい、凛さん! ちょっと時間より早いんだけど、有栖が早く行こう早く行こうってうるさくって。来ちゃった」
「も、もう! そんな事言ったけど……言ってないから!」
「はいはい。ったく、あんたは相変わらずねぇ」
梓さんと彼女の身体を押し込むかたちで入ってきた有栖ちゃんの姿に、私は慌てて火を止め二人の傍に駆けよった。
「びっくりしちゃいましたよ! 予定では一時間後でしたよね?」
「あはは。ほんとごめんなさい」
「いえ、全然問題はないんです。ただ、まだもう少し準備に時間が……」
「ああ、それなら大丈夫。自炊はしてこなかったけど、あたしだって少しくらいなら手伝えるはずだから! 多分!」
自信満々に多分と言い切る梓さんが面白くて、くすりと笑みが漏れる。後ろに隠れていた有栖ちゃんもぶんぶんと首を縦に振って、「わたしも、やってあげなくもないから」と恥ずかしそうに顔を赤くした。
これはあれか。ツンデレというやつだろうか。
美少女のツンデレ。なかなかどうして破壊力があるぞ。私は思い切り頭を撫でまわしたい衝動を必死に抑え、「ありがとう」と微笑む。
すると、聖女様二人の後ろから少年が顔を出した。
「あの、オレもそろそろ中に入りたいんだけど」
青みがかった黒髪に、大きなミントブルーの瞳。身長は有栖ちゃんと同じくらいだろうか。可愛らしい顔立ちをしているが、瞳は並みの大人よりも力強い輝きを放っている。
不思議な威圧感のある少年だ。
しかし、どうしたものか。ドアにはちゃんと『本日貸切』の看板を掛けておいたはずなんだけど。私は小さく頭を下げて「申し訳ございません」と謝った。
「本日は貸切のご予約が……」
「凛さん、違うの」
「え?」
「実はちょっと予定が変わっちゃってね。彼、今日の護衛なの」
――えっと、つまり、ライフォードさんやジークフリードさんの代わりがこの子って事?
私は目を瞬かせて、再度彼を見た。
確かに言われてみれば、彼の来ている服はジークフリードさん達とよく似ていた。しかし、白と緑をメインにしたものなんて初めてだ。
ということは、だ。
「第二騎士団の方ですか?」
「ああ。良く見ているな。初めまして魔女サマ。オレは第二騎士団長アデル・マグドネル。黒の聖女の師をやっている。と言っても、土魔法だけだけどな。本日は予定が変更になって申し訳ないが、よろしく頼む」
少年――アデル君はふわりとマントをなびかせると、片膝をついて礼の形を取った。
第二騎士団。
魔法に特化した者が所属する団で、彼らは通常の騎士とは違い、魔導騎士と呼ばれていると聞いた事がある。なるほど。彼がそのトップ。
納得だ。幼いながらもこの完璧な対応。さすが騎士団長である。
ならばこちらも相応の対応を心がけねばなるまい。何と言っても騎士団長様。この子に気に入ってもらえれば、第二騎士団の方々からも常連さんが生まれるかもしれない。
ジークフリードさんに会えないのはちょっと寂しいが、レストランテ・ハロルドを盛り上げるためなら手段は選んでいられません。
「ありがとうございます、アデルさん。申し遅れました。私はこの店の店員リンと申します。どういった経緯か魔女と呼ばれる事もままありますが、何かを企てる事はございませんので、どうぞ安心してお寛ぎくださいませ」
「……、さすが、聖女サマたちが慕うだけある」
アデル君は立ち上がると、満足そうに破顔した。
「オレはこの見た目だから舐められる事も多くてな。初対面で騎士団長に相応しい対応をしてもらった事がまるでない。黒の聖女なんて特に酷かったぞ。騎士団長? 嘘でしょ? この子が? と言いながら許可もなく人の頭を撫でくりまわしてな!」
「うわぁ、さすがのわたしもそこまではしてないわ」
有栖ちゃんが呆れたように梓さんを見た。
「な、なによぅ。もう謝ったじゃない。いまさら掘り起こさなくても……」
「ライフォード様やジークフリード様に比べたら年季は浅いが、これでも騎士団長を任されている身だ。何が起ころうと、君たち含めてオレが守ると約束しよう」
「何もない事が一番ですが、もしもの時はよろしくお願いいたします」
嬉しそうに差し出された手を、私はしっかりと握り返した。
なんて頼もしい。将来有望すぎるでしょう、この子。
梓さんが頭を撫でまわしたくなった気持ちもわかる。可愛い。でもそんな失礼なことはできない。
「ではお席にご案内いたしますね」
掴みは上々。
やってやりましょう。
梓さんはもちろんの事、アデル君の胃袋に気に入られ、そして有栖ちゃんには目一杯楽しんでもらうのだ。





