帰りますか?残りますか?
俺は困惑していた。
「……えぇ……?」
無理も無いだろう、先程までノスタルジックなカフェに居たはずが、気づけば木々が生い茂る森の中で空気椅子状態だったのだから。
いや、そんなバカなはずがない、ホログラムとかなんかそんな感じの技術的なヤツだよきっと。
目を閉じてもう一度開けば、カフェオレが俺を待っていてくれる。
落ち着いて深呼吸した俺の頬をそよそよと風がくすぐり、草花の匂いが胸いっぱい吸い込まれた、美味しい空気だ。
ってやっぱマジモンじゃねぇか!!
「マスター!?マス……佐治田さぁん!!!」
「はい、呼びました?」
「うーーーわーーーー!!!」
周囲に顔をぐるぐる回しながら思う様叫んでマスターを探す俺だったが、今まで居なかった場所にマスターが立っていた。
口から心臓が飛び出るかと思うくらい悲鳴をあげた。
「ヤスオくん、人の顔見て悲鳴あげるのはよくないよ」
「そんな呑気な話じゃないんですよ!どっから……いや、それはどうでもいい!何ですかこれ!?」
「え、いや、だから……幻想の世界だけど」
ご注文はチーズバーガーだけでしたよね?みたいな顔されても俺の理解を遥かに越えていた。
俺喫茶店でカフェオレ飲んでただけだよ?
「ちょっと待って!?本気で!?ドッキリとかじゃないの!?」
「アハハハ、どっきりだったらヤスオくん大賞取れるくらいのナイスリアクションだよ」
「褒められた気がしない!!!」
全くもって平然とした態度のマスターを見ると、まるで俺の方がおかしいのでは無いかと思ってくる。
頭が変になりそうだ、いやもうすでになってるのかこれ?
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って下さい?整理したいんですけど……本当にここは幻想の世界とやらなんですか?」
「ご覧の通り、魔物蔓延る幻想世界だよ」
「じゃ、じゃあ俺はなんで……どうやって来たんですか?」
「それは勿論、私が招いたからだね」
風でたなびく茶色の髪を、指先で抑えながら平然と答えるマスター。
まだだ、まだ情報が足りない。
「……死んだとかじゃなくて?」
「いやいや、カフェオレ飲んで死ぬ人間はいないよ、天にも登る味だったと言うヤスオくんなりの評価なら素直に嬉しいけども」
「そんな遠回しな表現初めて来た喫茶店でしませんよ……じゃなくて、え?じゃあ聞いちゃいますけど、なんで佐治田さんはこんな事が出来るんですか……?」
「私が人間ではないからかな」
「…………」
絶句。
どう見ても普通のイケメンマスターにしか見えない佐治田さんは人ならざる者だったのだ!
ってなんじゃそりゃあああ!!
「先程言ったね、客が来るとは思わなかったって。あれはそのままの意味で、本来なら人の身で辿り着く事が出来ないはずの店だったんだ
だけどヤスオくんは辿り着いてしまった、それも喫茶店として」
「……な、なぜ……ですか……?」
「…………」
未だに理解の追いつかないポンコツな頭をフル回転させて、思い切って確信に迫る。
先程カフェオレを飲んだはずの喉が急速に乾く感覚に、思わず唾を飲み込んだ。
「うっかり隠し忘れちゃった」
「んーーーーっ!!」
パァン!と甲高い音を立てて俺は思いっきり自分の太ももを叩いた。
全力で目の前の相手にツッコミを入れたかったのだが、人では無いと理解してしまったが故に恐怖が先行した結果である。
「なんですか?なんなんですか?じゃあ俺は生贄ですか!?」
「うーん、どうしてそう悪い方に取るかな、一応キミの希望に応えたつもりなのだけど」
「する意味もわからないし、あれは単なる勘違いだったんですよ!」
両手が佐治田さんと俺の前を行ったり来たりする、まるで子供がやる汽車の動きみたくなっているが混乱しているのだ、仕方ない。
「あの店は私のサボ……休憩場所として作った場所でね、一応今後は迎えた客人の願いを叶える場所にしようとしていたんだ」
「む、迎える客人って、俺みたいな?」
「いや、その辺りの話をするとややこしい説明になるから割愛させて貰うけど、ヤスオくんはこの仕事の第一号と言う事で、サービスとして今回やらせて貰った」
「だ、だから……あれはてっきりゼロクラ3rdのナレーションかと思って答えちゃっただけでして……!」
マスターはキョトンとして俺を見た。
「あれ、そうだったの……じゃあいきなり連れてきちゃった事になっちゃうかー」
「そ、そうなんですよ!」
「んー……じゃあヤスオくんには悪いけど、帰ろうか?ここに来た記憶は無かった事になっちゃうけどね」
「えっ……」
マスターの言葉を聞いて俺は思わず声を上げてしまった。
あまりの非現実に突然直面したが故に思考が回っていなかったが、無かった事になってもいい事なのか?
「あの……なんで記憶が……?」
「いや、そりゃあ私の勘違いで連れてきてしまったわけだし、サービスとして一回だけって部分もあるから」
「…………えっと……あの、少し考えさせて貰ってもいいですか?」
「ん、勿論構わないよ?」
そう言ったマスターは俺を見て頷いた。
改めて考えよう、マスターは人じゃない、そしてここから帰るとなったらきっと俺は普通にカフェオレが美味しかったお店、程度の認識になるのだろう。
本心から望んで、準備万端で来た世界では無いにしても、果たして再度この人に会って、同じサービスをしてくれるだろうか?
何かを含んでいたようだし、恐らくそれはありえないだろう。
悩む、期末試験の内容よりも悩む。
そして俺は悩み抜いた末に、佐治田さんへ質問をする事にした。
「……あの……記憶を失わずにこの世界から帰る方法は……ないのでしょうか……?」
「あるさ、勿論、自力でこの世界から帰ると言うならそれは私もヤスオくんの頑張りを認めるよ」
「……じゃ……じゃあ……!!」
帰る方法がある。
それならば!!
「…………チュートリアルください」
俺は目先の100円に釣られた。