謎の喫茶店
「…………あの、1名なんスけど……」
「あ、ああ、失礼……客が来るとは思わなくてね……」
ベストを来たマスターらしき人は開幕早々とんでもない事をのたまった、大丈夫かこの店。
店内の作りは見る限り悪くない、新しいと言った印象は無いが、ノスタルジックな雰囲気がどことなく現実感を忘れさせてくれるようだ。
マスターらしき人は、噴き出したコーヒーとテーブルを手早く片付け、俺を席へ案内してくれた。
第一印象はアレだったが、意外と大丈夫かもしれない、こう言う雰囲気の店が隠れた名店だったりするのはゲームやアニメでも一緒のはずだ。
「さて、ご要望を承ろうか。」
「……あの、メニュー下さい。」
前言撤回、明らかに接客に慣れていない気がする。
しかし、マスター?は何故か驚いていた、やっぱダメっぽいぞこの店。
「ああ失礼、よもや喫茶店に客がくるとは。」
「そりゃ来るでしょう、喫茶店なんだから。」
何を言ってるのかまったく意味がわからない、徐々に俺がマスターを見る目が訝しい物になっていくのも無理は無いだろう。
「失礼失礼、休暇中の私を探して部下が来たのかと思ってね、こちらメニューになります。」
「え、じゃあ今この店営業してないんですか?あ、どうも。」
「いやいや、喫茶店としては営業中だよ。」
喫茶店としては?
もしや別の売りがある店だったのだろうか、生憎と俺は入る時に喫茶の看板しか見つけていない。
そう思って受け取ったメニューを確認するが、至って普通の喫茶店と変わらないメニューに見える。
試しに俺はカフェオレを頼むと、特に問題無いようで奥に引っ込んだマスターがグラスを持ってきてくれた。
「学生さんかな?珍しいね、こんな所に。」
「ああ、ちょっとゲームを買おうと思ってたんですが、予想以上に並んでたので時間つぶしにきたんですよ。」
「へぇ、ゲーム、どんなのだい?」
矢継ぎ早に話しかけられる俺、随分フレンドリーなマスターだが個人経営のカフェとなればこんな感じなのかもしれない。
俺自身、時間潰しに入ったのだし話し相手がいるとなればありがたいのは確かだが。
「ゼロクラXってヤツですけど。」
「ああ、あれか、面白いよねあれ。」
「マスターもやってるんです?」
「そこまでがっつりってわけでは無いけど、休憩の時とかにね。」
ゼロクラの名前が出ると、マスターは大きく頷いて俺に同意してくれた。
流石の知名度だゼロクラ、大人も子供も隔たり無く引き込む辺り、日本を代表するゲームと言われるのもあながち間違いじゃない。
「あまりにゲームばっかしてるモンで、部下から何度も怒られたよ、ハハハ」
「へぇー」
マスターから再び飛び出した部下と言う言葉に俺は不思議に思った。
つまり喫茶は趣味で、普段は別の仕事をしてると言うことだろうか?
あまり出会ったばかりの大人の事情を根掘り葉掘りと聴くつもりは無いのだが、さして気にせずマスターも口にしている辺り深い事情とやらは無いのだろう。
「マスターって普段は違う仕事してるって事ですか?」
「そうなんだ、こう見えても管理職でね、プロジェクトを任されてたりするんだ」
「へー……なんか、大変そうですね」
正直、最初の印象からしていい加減な人なのかと思っていたが、意外としっかりした大人だった事に俺は驚いていた。
運ばれてきたカフェオレも美味いし、ちゃんとしている部分はちゃんとしているんだろう。
「わかってくれるかい、えーと」
「あ、杉村です、杉村康雄」
「ヤスオくんか、申し遅れたね、僕は佐治田隆だよ」
よろしく、とマスターから伸ばされた右手を取り、握手すると佐治田さんはにっこり微笑んだ。
あまり気にしてなかったが結構イケメンだ、しかもマスターで管理職、この人絶対モテるな。
「ちなみに、ヤスオくんはどんな感じにプレイしてるんだい?」
俺がストローに口をつけるとマスターが聞いてきた、ゼロクラの話だろう。
初めて会った人とでもゼロクラ談義が出来るのは嬉しい。
俺は気分を良くして語りだした。
「俺は古参ってわけじゃないですけど、ナックルプレイヤーでして。」
「ナックルプレイヤーって言うと……あの?」
マスターは目を丸くしてそう聞いてきた、それもそのはず、ナックルプレイヤーとはプレイヤースキルが物を言うこのゲームで
防御力が上がる盾も攻撃力が上がる武器も使わないドMプレイなのだ。
魔物跋扈するゼロクラの戦場を、ゾンビだろうがドラゴンだろうが素手で殴り倒す異様な姿。
しかし俺は己の身体のみを駆使して戦う、そのスタイルが大好きだった。
「ええ、そうです。綺羅びやかな剣やデカい武器も嫌いじゃないんですけど、俺はずっとナックルでやってますね。」
「はー……聖剣の特殊効果とかに興味は無いの?」
「いやー、確かにかっこいいんですけど、やっぱ泥臭い方が男!って感じじゃないですか。」
「なるほどぉ……面白いねー。」
マスターは関心したように俺を見ていた、なんだか気恥ずかしい気もするが、同じゼロクラ好きなんだし気にしないでおこう。
「ヤスオくんも、ゼロクラみたいな世界があったら行ってみたかったりする?」
「ゼロクラみたいな世界って、ナンバリングは?」
「あー……まあ、ファンタジーの冒険者みたいな感じかな?」
「ああ、2ndみたいな感じか……うーん……どうだろう、憧れはあるけど、俺が行ってもボコボコにされて終わりますよきっと、ハハ」
ゼロクラの世界に入れたら、そんな妄想は当然してきた。
大体は並み居る強敵を押しのけ、高々と拳を掲げる俺の姿、なんて物だったが
結局のところ、自分自身が行ったとして何も出来ないだろうな、という答えに落ち着く。
アバターは当然色んな姿を作ることが出来るが、ゼロクラで作れるキャラは一般人ではない。
基礎がしっかり整った冒険者や、ハンターや、防衛隊だったりするからこそだ。
「ふむ、自身の限界を知り、驕り高ぶらず、それでも憧れはあるか……」
「……どうしたんです、いきなり?」
一体マスターは何を思ったのか、ブツブツと呟きながら店内の奥をチラチラと見ていた。
不気味とまでは言わずとも、唐突な質問に続くマスターの行動は不思議に思えた。
「行ってみたいかい?」
「……ん?」
「魔物跋扈する、幻想の世界へ」
演技がかった口調で告げられる言葉、俺はピンと来た、これはゼロクラ3rdのゲームスタート後に出るナレーションのセリフだ。
そこで「いいえ」を選ぶとタイトル画面へ、「はい」を選べばキャラメイクに移る。
ゼロクラ好きとしてニヤリとしてしまう問いかけ、まあこのタイミングでマスターが何故このセリフを選んだのかはわからないが。
ここは答えねばなるまい。
「はい」
「ならば応えよう客人、幻想の世界への扉は開かれる」
「…………ん?」
ガチャン、と言う音が俺の座っている椅子の下から聞こえてきた。
何かのしこみかと思った直後、俺の視界は真っ白な光に埋め尽くされる。
えええええ、ちょっとマスター!?
これどんだけ金かかってんスか!!?