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史上最強のパンチ  作者: ひなえSky
プロローグ
1/5

トラックこわい

女の子はずっと出てきません!


とある神聖な建物があった。

白を基調とした立派な神殿、まるでそこだけ空間ごと浄化されているようだ。

鳥は歌い、花は踊る。

神々しく、そして静かな場所だった……のだが


「いたか!!?」

「こっちにも居ません!!」


そんな建物の中で、ゴミ箱の蓋を開けて中を確認する人々。

外観からは想像も出来ない程の騒々しい焦りが辺りに充満していた。


「~~~~~っ!!あのクソ上司ィイイイイ!!!!」


中だけではなく、外にまで響き渡る大絶叫。

鳥は逃げ、花は顔を隠すように頭を垂れた。


--------------



「ふふ……」

「何ニヤけてんだよ」


手元の紙を見て幸せに浸っていた俺に掛けられた声、ハッとして顔を上げればクラスメイトの池谷が訝しげな眼差しでこちらを見ていた。


「ああイケか、これだよ」

「……ゼロクラXの予約券?え、今日だっけ?」

「そうそう、やっと買えるんだよ!」


ゼロクライシスX、長年続いてきたゼロクライシスシリーズの最新作で、言ってしまえばプレイヤースキル特化型のアクションRPG。

RPGだけにレベルはあるが、装備品がレベルで決まっているのではなく、ありとあらゆる武器防具がレベル1から装備可能。

しかし伝説クラスの装備をつければ最強、というわけでもなく、装備に付与されている特殊能力を除いて強さは然程変わらない。

そこを補うのはプレイヤースキル兼、装備熟練度システム。

どんなバカバカしく見える防具や武器、例えばゴミ箱の蓋であっても、それの理解と扱いが上手くなっていく事によって、伝説クラスの装備にも引けを取らないレベルまで鍛え込める。

手軽なレベリングと気軽に遊べるソシャゲーが主流な今の時代に、こんなやりこみゲームが出てきた当初はほとんどの人が見向きもしなかった。

しかし、シリーズ2作目が出始めた辺りから、じわりじわりと伸び始め、今や日本を代表するゲームの一つとなった異様なゲームである。

最初は一部のコアゲーマーだけでプレイされていたようだが、作り込みと選択肢の幅に、やり始めた人間を止まらなくさせる謎の中毒性があった。

かくいう俺もその一人で、最初は適当に触って終わろうとしていたのに、豊富に用意されたアバターと尋常では無い料理への拘りを見せたこのゲームは、ある意味もう一つの自分を動かしているようなまさしくアバターとなっていた。


「うわー、マジか、完全に忘れてた……」

「まあ部活忙しそうだったし、仕方ないな」

「くっそ、お前のドヤ顔が素直にムカつく」


悔しそうに俺のチケットを見ているイケは俺の頭にチョップを打っていた。

だが俺の気持ちは晴れやかで、その程度の攻撃などでは痛くも痒くも無かった。


ずべし、ずべし


いたくもかゆくも……


ずべしずべし


「何回やんだよ!いてぇよ!!」


憂さ晴らしできたのか、今度はイケのドヤ顔が俺の視界に飛び込んできた、うぜぇ……。



---------------



学校が終わると俺は一目散にゲーム屋めがけて走り出す。

途中で担任が俺を止めようとしていたが、適当に「は、腹が痛いんで明日!」と、頭を抑えながら駆け抜けていったら呆けていた。

今日の俺を止められる物は誰もいないのだ。


それから学校を出て5分後、解けた靴紐を盛大に踏んでずっこけた。

俺を止めたのは重力だった。ちくしょう。


「いってぇ……ちょっとはしゃぎすぎたか……」


確かに嬉しいのだが、その結果すっ転んでしまったのは普通に恥ずかしい。

仕方なく靴紐を結び直す、む、足で引っ張ったせいで片側が締まっている、少し緩めなきゃならん。

そんなこんなで悪戦苦闘している俺の目の前を通過する影が見えた。


「ん?」


飛んできた方向を見ると、どうやら近くの公園で遊んでいた子供がボールを打ち上げてしまったらしい。

取ってやろうかとも思ったが、スマンな少年達、俺の靴紐はまだ結び直せていないのだ。

わずかでも少年達の視界に入って、器の小さな男と見られたくない小物な俺は必死の表情で靴紐を直す。

まあ、そんな事を考えずとも子供の一人がボールを取りに来たようなので気にする必要もなかったようだ。


(……あれ?)


しかし、俺は途中でボールの軌道に気がついた。

今俺がいるのは歩道だが、当然そこを超えれば車道がある。

そしてボールは既に俺の視界を越えていった、となれば。

顔を上げて再びボールの位置を確認すると、予想通り少年がボールを追って車道へ躍り出ようとしている所だった。

おい、ちょっとまて、少年、そこは歩行者の進入は推奨できんぞ!


「ーーーーっ!!」


どこからか上がる悲鳴、視界の外から聞こえた地を揺るがすようなクラクション。

視界に入らずともわかる超巨大な質量の影は、乗用車で無い事を俺に伝えた。

弾け飛ぶ思考、触発されて飛び出す身体で伸ばした手は、自分の置かれた状況を察して固まってしまった少年の腕を掴むことに成功した。

力いっぱい引き込まれた少年と俺の視界は、今正に向かい来る鉄の塊から剥がれることはなく、共に地面へ転がって初めて俺が少年を助けたのだと気づく。

ギリギリ蛇行して躱したトラックは、グシャグシャになったボールが出ていた速度の早さを物語る。


「ば、ばばばバカヤロウ!!」


運転席の窓から聞こえた怒鳴り声は震えていた、そりゃあそうだ、俺だって震えていたんだから。

もしもう少し遅ければ、俺の靴が万全だったなら、勢い余ってトラックが躱そうとした方へ突っ込んでいたかもしれない。

そう思った俺は今になって背中に汗が噴き出していた、俺の手に捕まっている少年も流石に理解したのか泣き出した。


程なくしてその光景を見ていた周囲のサラリーマンやおばちゃんが大丈夫かと声をかけてくれる。

俺は震える声で大丈夫だと告げるも、遅れてきた少年の母に何度も頭を下げられた。

是非お礼をと言われたのだが、大した事はしていないと突っぱねる。

正直、泣き叫んでる少年よりも大声上げて泣きそうだったのだ。

実際俺の心の臓は張り裂けんばかりに鳴り響き、必死に抑えているが震えが止まらない。

周囲の声なんかろくすっぽ頭に入ってこないし、さっさとここを離れたかったので、適当に返して目的地へと再び駆け出した。



「あー……やっぱ出遅れたなぁ……」


思わずその光景を見て溜息をついた。

案の定と言うか、予想通りと言うか、辿り着いたゲーム屋は大渋滞だった。

予約券を持っているから在庫が無くなるなんて事は無いにしても、これでは俺の手元にくるのは果たして何時間後になるか。

完全に出遅れてしまった俺は、そのまま並ぶ気にもならず、仕方なく近場で時間を潰すことにした。

とは言っても、ゲームを買いに来る以外で滅多に立ち寄らない場所でもあり、近場に何があるかなんて知らない。

表通りは人も多く、店も色々ありそうだが、車道を見て目眩がした、さっきの今で車は見たくない。

そんな心情のせいか、普段なら絶対入らないであろう細い路地を抜け、ひっそりとした雰囲気の家屋が立ち並ぶ裏通りを歩いていると、こじんまりとした喫茶店を見つけた。

個人経営のカフェだろうか、こういうところは高校生には金銭的に辛いのだが、今回の俺はゲームを買う為に軍資金1万円を所持している。

1万円……なんて素晴らしい響きなのか、この日の為に小遣いをコツコツ100円だろうと50円だろうと貯めてきた。

友人達が帰り道で100円ちょっとのジュースを買う時だって我慢した、幾度も負けそうになったが目先の100円より未来の1万円を目指して頑張ったのだ。

そんなのも今日で終わり、これまでの我慢を今解き放って優雅にリッチな時間と洒落込もうじゃないか。

小洒落た木製の扉に手をかけると、自信満々で店内へと入り込む。


「…………」

「…………ぶふぅっ!」


店内に入るとマスターらしき人が客席に座っており、俺と目があった瞬間コーヒーを噴き出したのだった。

俺は店に入った事を酷く後悔し始めた。


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