スキル、異能、チートなど 2
異能、超能力について。
これを私の独断と偏見で分けさせてもらうならば、二種類に大別してみようと思う。
一つは「重力支配」「炎を生み出し自由自在に操る」などといった訓練でコントロールや規模が上がるものだ。
そしてもう一つが「幽霊が見えて会話ができる」「右手に触れた異能を無効化する」といった効果そのものが固定であり、言葉通りの解釈しかできず、その通りの効果が確実に発動されるものだ。
前者の利点は汎用性が高く、努力でどこまでも強くなれることだろう。また扱えるエネルギーが大きくなるものも多い。
概ね異能力者がたくさんいる世界で高い評価を受けているのはこのタイプが多いのではないだろうか。
わかりやすいのが学園都市を舞台にした「とある科学の超電磁砲」においてタイトルにもなっている「電気を操る能力」であろう。あの世界観では研究を通して得られる利益の大きさで能力が評価されている。こうした世界観に対してわかりやすい評価指標があると、能力の評価と戦闘力については区別しやすいだろう。
後者の利点は「効果を発揮する力が強い」ということと「特別な能力が多い」「最初から強い効果を発揮する」といったことがあげられるだろうか。
効果を発揮する力が強い、というのはたとえば「風を操る能力」と「スカートをめくる能力」でスカートめくり対決をした時に勝つのはどちらか、と考えてもらいたい。
前者は風を操りスカートをめくるという手順をふむわけだが、後者は対象を指定して効果を発動すればめくれる。たとえばこれが、前者はスカートをおさえてめくられると負けで、後者はそのスカートをめくれば勝ちの勝負にしても結果は同じだろう。
この勝負であれば、能力というもののバランスを文言に対してとる場合、基本的にスカートをめくる能力が勝つ。もし能力だけの勝負でこの勝負に後者が負けると、後者の能力は完全に風を操る能力の下位互換となってしまうからだ。
効果が特定のことに特化すればするほどに、同じことができる汎用能力よりも強く効果を発揮する、としておくことでバランスをとるわけだ。
当然、それだけでは異能バトルにおける能力の強弱、優劣は決まらない。
上の例だと、風を操る能力を鍛え上げた結果、能力の発動速度や出力そのものが発動者の技量によって大きく異なる場合は両者の技術のレベルが関係してくる。
また、能力によって扱える物事の「対処のしづらさ」というものがある。たとえば「剣を無数に操る」だけであれば、飛んでくる剣を防げばいい。「岩を操る」も同様だ。つまり物理的に抵抗可能なものというのは対処がわかりやすいということである。逆に「重力を操る」「電気を操る」といった物理的な力を持ちながら単純に躱す、防ぐといったことが難しい事象の操作はそれだけ強力な能力となる。それらの共通点はおそらく、生身でコントロールできるものの延長線上かどうか、だ。いや、脳が電気信号で体を動かしていることを考えると厳密には違うが、意図して、意識的にといったもので、か。
ましてや人間が機械などを通しても干渉ができない「運命を操る」「法則を操る」といった系統はそれだけ対処が複雑になる、ということになる。
先程述べた学園都市の第1位の能力などは「ベクトルを操る」だった。ベクトルというと物理法則に位置するわけで、当然出来ることも多ければ対策もしづらい。作中では「殴る寸前に逆向きに!」とかで殴ったり「無効化して殴る!」とか殴られてましたが、基本無敵だった……はず、科学の方では。そこは魔術の方をまだガッツリは読めてないからふわっとした話にはなってしまうのだけれど。
さて、異能を戦闘に活かす上で何に注意すれば良いだろうか。面白さとして差別化する際にはどうすれば良いか。
たとえば、能力同士のバトルにおいて重要となってくるのが相手の能力の攻略になる。それについてよく挙げられるのが、「ジョジョの奇妙な冒険」とかだろうか。私は生憎、語れるほど知っているわけではないのでこの話では名前だけになってしまうのだが。
私個人としては未来日記、魔法少女育成計画などが能力の攻略戦という意味で素晴らしかったと追記しておく。
スイムスイム、アリス、クラムベリーなどの汎用性が高かったり攻略難易度の高い異能の特性を、文言通りに出してきていたし。未来日記もキャラクターたちがつけていた日記の在り方というのが、その人の経歴や過去、人格からなるものであるという点においてその人個人の弱点がそのまま日記の弱点でもあるのだ、と感じた。(※個人の感想です)
汎用性の高い能力ほど弱点は少なくなる。というのはわかりやすい例だ。逆に言えば強すぎる異能ほど制限を設けることでバランスがとれる、ということでもある。
それについては「うまくバランスを取る」というのが挙げた対策だが、「自重なしに強い能力にして、物語の中でバランスをとった作品」などもある。強いことが許されるキャラクター性というものがあって、そうした描写をすると一見弱点がないこと、というのは倒せた時のカタルシスが大きくなる。
さて、では主人公にはどのような能力を与えると盛り上がるのか。どのような能力がどのような形で好まれるのかという話をしよう。
作品を作る上で私の好みも混ぜてあげるとすれば、以下のようなラインナップとなる。うえきの法則などのネタバレに近いものが入ることを警告しておく。
1、どのような強い能力にも対抗できる可能性を秘めた能力。能力そのものに関連した能力。
先程あげたとあるシリーズの主人公「右手によってありとあらゆる異能、魔術を打ち消す」が代表的な例だろう。他にはうえきの法則の主人公もそれにあたる。めだかボックスの黒神めだかにおける「完成」もそうだろう。
このタイプの能力の利点は、能力をインフレさせる必要がないところにある。相手の能力が世間一般でどれほど評価が高くとも、能力そのものに干渉される能力というのは勝てる可能性が残る。たとえば、「全身を何よりも硬くして動ける」という能力と、「固体による物理攻撃を完全に無効化し、自身を液体化」という能力が他に何も無い場所で正面から戦闘した場合、相性が悪いのでまず勝てないだろう。
このように、能力だけを考慮した時に必ず負ける!という状態が存在する場合、主人公は「誰かの力を借りる」「状況、運に助けられる」といった外部要素を盛り込んで戦闘を工夫する必要が出てくる。もちろんそうした工夫は燃える展開ではあるのだが、そのケースが多ければ多いほど考慮する要素が増える。
シンプルに描くときに能力同士の相性が有利になる、というのは主人公を活躍させる上で便利になるのではないだろうか。
また、能力に厳しい制限、弱点を必ず用意する場合は「相手の能力がわかる」なども非常に強い能力だろう。
出会って5秒でバトル、の「相手が思った通りの能力になる」というものもある。
能力そのものに関連する場合、下の汎用性、出来ることが増えていくといった要素も併せ持つものと、逆に一点に特化したものがある。
この能力で話を書く時に気をつけることの例としては、デメリットを多くして主人公を強すぎるように見せないことか、もしくは強いことに納得のいくキャラクターにするか、などが考えられる。これらの他の作り方もあるだろうけど私がぱっと思いついたのはこのあたりか。
2、一つの効果で出来ることが非常に多い。能力で出来ることが増えていく。
単純に汎用性、対応力になる。これは上と非常によく被る。上のいくつかもこの要素を併せ持つのは確かだが。
たとえば、優れた人工知能のような存在が共にいるといったタイプの主人公がこれにあたる。問題児たちが異世界からくるそうですよ、の動物の力を使える、動物と会話できるといったものがそれにあたるだろう。上にあげたベクトル操作、電気操作などもこれだ。
瞬間移動、無限アイテムボックスなどの空間操作系や、時間停止、遅延、加速なども含めた時空系統は対処がしづらい上に非常にできることの幅は広くなる。強力な異能である分、制限を設けている作品は多いが。人の体内には転移できないであるとか、体に大きな負担がかかるとか、巻き戻せる時間に限界があるとか。
たとえば異能バトルとは呼びがたいが少年ジャンプのラブコメ「ゆらぎ荘」では主人公は憑依体質で幽霊の未練を晴らすために様々な幽霊に取り憑かれその生前の技量が体に染み付いている、という設定である。これは人間が何年もかけて極める限界値の技能を複数持つことが出来る、ということでもある。
これに近しいものでいえば上の黒神めだかもそうだが、刀語における主人公の姉の「見稽古」と呼ばれる人の技能を身につけるタイプがこれにあたる。
また、なろうにおいて「チート」「スキル」と呼ばれるもののうち「略奪系」「コピー系」「スキルポイントによる技能獲得」「食べたor倒した相手の異能を奪える」といったもの全般がこれにあたる。これであれば、おそらく探せば大量に見つかるだろう。
これは主人公がいかに序盤で「出来ることの多さをアピールできるか」と読者に「こうすれば勝てるのに危機に陥った、馬鹿なのか」と思わせないことが重要ではないだろうか。後者はつまり、能力が便利すぎて主人公の敗北に説得力が無くなるということである。
出来ることが多いと、出来ることをしなくて不要な敗北、というのは主人公が馬鹿に見える。なら負けても仕方ない、と思わせる状況を用意するか、そもそも主人公は負けるものだ、と開きなおるかになる。
この傾向というか読者の反応について「勝たないと逃げちゃうキッズ」という言い方を見かけるが、これは不適切だろう。本来、主人公とは最後に勝つのがエンターテインメントの王道だという認識は一般的ではないだろうか。この場合の王道は「シンプルに時代を超えてウケている王道と呼ばれた作品郡に多い傾向」という意味で。絶対の正解ではない。
どこが最後かを定義せずに負けるならそこに工夫は必要だろう。古くからの名作と呼ばれている作品で主人公が勝つものなど珍しくはない。その好みの問題を幼いというのはおかしいし、創作の側に持ち込むのはなおさらだろう。逆に、負けていても辛い目にあっていてもウケている作品はあるわけで。主人公が負けて離れるのはその作品だからではないだろうか、と私は思う。
4、死ぬ事は無い、負けることは無い、勝つための何かを得られる能力。
最近だとReゼロから始める異世界生活の主人公が代表的な、ゲームにおいて一般的な例のあれはわかりやすいだろう。
いわゆる死に戻りというものだ。死んでも記憶、知識、経験を保持したまま巻き戻してやり直せる。これであれば常に「初見殺し」の能力に対抗できる。逆に言えば本体の力が上がらず能力そのものも進化しないのだから、シンプルに強い相手に非常に弱い。数の暴力であるとか。複雑な話になればなるほど、それを解決すればなんとかなるのであれば本来短期間で成し遂げなければならない証拠集め、思考時間を大量に用意できる。まさに攻略そのものだろう。
5、一点に特化している。
〇〇しかできない、というやつだ。鍛えれば鍛えるほど強くなるタイプや、主人公が工夫して扱うことで活躍するもの、勝負を決める重要なカードになるであったり。
鍛えれば――というのはたとえば、ドラゴンボールにおけるサイヤ人の「死にかければ強くなる」という特性であったり、僕らのヒーローアカデミアのデク、HUNTER×HUNTERのゴンといった直接戦闘に特化しているものがわかりやすいか。
逆に効果が特殊であればあるほど、条件が厳しかったり、扱いが難しい場合もある。
鍛えれば鍛えるほど――というのは、要するに「どうしても攻撃が通らない能力が出てこない」か「それらが出てきても外部要素でなんとかする」というものになる。
また、特殊な能力であれば、外部要素はさらに増える。能力以外をいかに活用するか、能力そのものをどう扱うか、という工夫の視点が多いからだ。
と、いくつかあげたが、実際に創作物で扱われている能力というものはこれらの要素一つとは限らない。複数組み合わせていたり、逆にどれかの要素が私の言うほど厳密に定義されておらず、設定やキャラの性格で緩和されているものがあったりする。能力とキャラの性格などの相性は非常に重要なのだが今回は割愛。ツンデレヒロインはエネルギー量と汎用性の高い戦闘系能力持ってるよね、とか言ってはならない。
今回は、能力を見ただけでワクワクするか、という視点と能力を使ったバトルで盛り上がりそうか、そしてそれぞれの要素に対する話の作り方がどうか、などについて述べた。
また、どうやって勝つのかを考えやすい能力、というものも多くあげている。
主人公に勝たせる方法がまるで思いつかないと、急に敵が意味も無く情けをかけてきたり、非常に強い新キャラ登場などご都合主義になりかねない。それを「予想のつかない展開」「魅力的なキャラによるかっこいい登場シーン」として書けるだけの実力があるならばそもそも能力など何を使っても面白くなるだろう、とは思う。
今回の場合、設定面からどう面白いものに仕上げられるか予測を立てる、という面が強い。ようするに「この作品はどう面白いの?」「このキャラになぜこの能力を与えたの?」と聞かれて答えられるかどうかである。
何も考えずに書いたものが面白くなる感覚派もいないではないので参考程度に。その人たちの中でも特に面白い人たちは実力が凄まじいのだ、と。
あと、シンプルに強い能力も多くある。上にあげた身体強化系統、無限に強くなるドラゴンボール型や、霊力魔力が強いだとか、ワンパンマンのような「とにかく強い」みたいな能力による正面から全て叩き潰す!みたいな展開が好まれることはよくあるし、それもまたバトルだろう。
今回のモチーフは「拮抗したバトル」「工夫されたバトル」「どうやって勝つか楽しみにするバトル」「周りも同じ立場で能力を得ている」といったものになる。単純に強いだけなら、主人公にだけ異能を与えても良いのだから。
と、書ききれぬ注釈めいたものは多くあるのだけれども、備忘録的なものなのでこのあたりで締めくくっておく。




