05.アンドリュー王子
それから一週間後のダニエルとの顔合わせの直前ーー王宮行きの馬車の席で、私はまたお父様に謝られた。
「まだ十二のお前にこんなことを話し、頼むのは酷だと思う」
それでも今後は私も派閥争いや内紛に巻き込まれる。甘やかすのはもう許されないとお父様は唇を噛んだ。
「ダニエル様は開戦派の旗印とされているが、ご本人はどうなのかは分からない。そこでお前が支えとなり、導いてやって欲しいのだ」
「私が導く……?」
お父様はそうだと頷き言い切った。
「お前もこれから学べばわかるだろう。我が国はアルザン王国に勝てない」
アルザン王国は隣国の国名だ。
「アルザンはこの二十年で軍事力、経済力を大きく伸ばしている。二十年前なら勝てただろう。だが、今は不可能だ。アルザンに焦土にされるだけだと言い切れる」
私はさすがに声を上げた。
「なら、開戦派はどうして戦争なんて言うの!?」
お父様が苦々しく答える。
「重鎮の老人どもの頭は二十年前のままだ。我が国は既に大陸一の国家ではない。にも関わらず奴らはお前のお祖父様の……先代の陛下の黄金期の我が国が、まだ続いているものだと信じている。時代は既にアルザンの栄光を約束していると言うのに」
「……」
「挙げ句の果てにアンドリュー様の幽閉だ。アルザンに宣戦布告をされないのが不思議なほどだ」
お父様の話は難しくほとんどは分からなかった。ただ、子どもながらにこれだけは感じ取っていた。
ダニエルも、幽閉されたアンドリュー様も、私も、国と大人の都合に振り回され、どうにもならない立場にいる。それが為政者の一族としての義務なら納得できる。けれども実際には派閥争いの結果なのだ。身勝手な欲望が私たちの運命をも左右している。
今回はダニエルが王太子となったけれども、何かがほんの少しでも違っていれば、アンドリュー様と立場が逆転していたのかもしれないーーそんなことを考え始めてしまうと、初恋の男の子と結婚できるなどとは、とても手放しでは喜べなかった。
私もお父様に合わせて黙り込んでしまう。
ところが王宮の正門に到着したところで、私はふとあることが気になった。
「お父様、アンドリュー様はどんな方ですか?」
私は従兄でもあるアンドリュー王子に、一度も会ったことはなかった。私は五歳頃までは身体がひどく弱く、空気の綺麗な田舎で育てられたからだ。成長後は一旦王都に戻ったのだが、今度はお母様の具合が悪くなってしまった。私は離れ離れになるのは嫌だとだだをこね、静養先について行っている。ダニエルと出会う少し前に王都に戻り、お父様やお兄様とともに王宮に通い始めたのだ。
お父様は窓の外に目を向けて答える。
「ブラウンの髪に、ブルーグレーの瞳の、やはりお美しい方だ。父上に……先代の陛下によく似ているな」
その声はどこか沈み、目は遠くを見ていた。
「……幽閉先ではお元気でしょうか?」
お父様はそれでもはっきりとこう答えたのだ。
「ああ、お元気だよ」