04.婚約のいきさつ
ダニエルが姿を消して三年が過ぎた頃ーー。
私は背がぐんと伸び胸も大きく膨らみ始め、身体は大人へと姿を変えようとしていた。けれども心はダニエルと別れたあの日のままーー一輪の花を待ち望む小さな女の子のままだった。
身体と心のバランスが取れずに悩んでいたある夜、私はお父様から書斎に来るようにと命じられた。これは大切な話がある時のお父様の合図だ。何があったのだろうと思いながら、私は書斎のドアをノックした。
「サンドラか、入りなさい」
呼び出されたのは私だけはなかったらしい。中には六つ上のお兄様も待っていた。先に何かを聞かされていたらしく、何とも言えない難しい顔をしている。
「お兄様……?」
お父様は机の上に手を組み、お兄様と同じ顔で私を見上げた。
「サンドラ、お前の婚約者が決まった」
私は一瞬目の前が真っ暗になった。
だってダニエルと約束していたのにーー。
ところが絶望はすぐに驚愕へと変わる。お父様があの男の子の名前を出したからだ。
「第二王子のダニエル様を、お前はまだ知らないな?」
「ダニエル様……?」
目を瞬かせる私にお父様は告げる。
「金髪碧眼のそれはお美しい王子だ。ダニエル王子の母上は王妃様ではなく、ゴードン伯爵家のアイリーン様になる。アイリーン様は身体が弱く早くに亡くなっている。ダニエル様は身の安全を考え存在を公にはされず、三年前からは地方で暮らされていた」
三年前ーー私の知るダニエルと別れた頃と一致する。
私はお父様のそれからの話をほとんど上の空で聴いていた。
アイリーン様は昔から陛下と愛し合っていたが、陛下は隣国の王女ーー王妃様と政略結婚をしなければならなかった。陛下はそれでもアイリーン様を諦め切れず、侍女として手元に置きダニエル様を生ませた。
ちなみにその一年前には、王妃様に王子が生まれている。この方が第一王子のアンドリュー様だ。
本来ならアンドリュー様が王位を継承するはずだった。ところが王子様たちが生まれた数年後から、国境線をめぐって隣国との関係が悪化する。両国は小競り合いを繰り返した。時を同じくして国内に病が蔓延し、王妃様がお亡くなりになってしまった。
この王妃様の死に隣国は疑念を抱いた。陛下が暗殺したのではないかと、言いがかりを付けたのだ。正否いずれにも証拠はなく、両国間はますますこじれ、大戦まで一触即発の事態になった。そんな中で国内の貴族も二派に分裂してしまう。隣国との講和派と開戦派だ。
開戦派はアンドリュー様を廃嫡した上で人質に取り、代わってダニエル様を王太子に立てるべきだと主張した。講和派はアンドリュー様に王位を継承させ、血を流すのではなく血を結ぶことによって、段階的に講和の条件を詰めていくべきだと考えた。
ちなみにお父様は講和派だったのだそうだ。けれども陛下は開戦派の勢力に勝てず、また、ダニエル様に王位を譲りたくもあったのだろう。結局アンドリュー様を流行病の患者に仕立て上げ、療養の名目で遠方に幽閉してしまった。
その数年後となる今日、アンドリュー様と入れ替わるようにして、ダニエル様が王太子として王宮へ迎え入れられたのだと言う。
「お前を政争に巻き込みたくはなかった。まして、開戦の危険があると言う時に……戦争になり敗北すれば、お前も殺される可能性がある。だが、陛下がお前を是非にと望んだのだ。ダニエル様の後見人になってくれと、私も頭を下げられてしまった」
お父様は断り切れなかったと頭を抱えた。
「すまない。サンドラ、すまない」
「……」
私はゆっくり顔を上げると、お父様をまっすぐに見た。
「お父様、かしこまりました」
それは私が大人になることを決意した瞬間だった。
「私は、ダニエル様に嫁ぎます」