07.決して許さない
手当てが迅速だったからなのか、アンドリューは一命を取り止めることができた。とはいえ意識が戻らず油断はできない。いつ目を覚ますのかもわからなかった。
私は用意された宮殿奥の寝室で、アンドリューにつきっきりとなり、夜もほとんど眠らずに看病を続けていた。そろそろ疲れが出始めた三日目の夜、レオンハルト様が見舞いに訪れるまでは。
レオンハルト様は寝室に入るなり、私とアンドリューに深々と頭を下げた。
「お前たちにはすまないことをした」
開口一番に謝罪の言葉を口にしたことに、私は驚くのと同時に感心してしまった。レオンハルト様には傲慢な印象があったが、いざという時には頭を下げる潔さも持っているようだ。間違いなく将来アンドリューの好敵手となるだろう。
「大変な舞踏会になってしまいましたね」
私は立ち話もなんですからと、窓辺に置かれた椅子を勧めた。レオンハルト様は素直に腰を掛けると、長い脚を組みアンドリューに目を向ける。
「昨日の件だが、やはりお前の言ったとおり、ギリンがワインに含まれていた。何者かが舞踏会の前に混入させていたらしい」
厨房のワインの樽からもギリンが発見されたそうだ。
「だが」とレオンハルト様は顔を上げ、今度は向かいの席に腰を掛けた、私の目を逸らさずに見つめた。
「表向きには食中毒ということにしておいた。幸か不幸か昨日は気温が高かったからな」
私はなるほど、そう来たのかと目を瞬かせる。
毒が含まれていたと認めてしまえば、エストラントが警備の責任を問われる。また、同盟国の要人を暗殺しようとしたのだと、国そのものに疑いがかかることにもなるだろう。
かといって疫病だと発表してしまえば、貿易立国のエストラントには致命的だ。産出品が売れなくなってしまうだろう。
だが、食中毒ならば噂を打ち消すのに最適で、厨房の管理だけの問題なのであるから、最低限の面子も保たれるというわけだ。恐らく料理長が責任を取るかたちになるのだろう。
「むろん治療の手は尽くすつもりだ」
「……」
「治療費に慰謝料も上乗せする」
私はレオンハルト様の話を聞きながら、何者かの悪意を強く感じ取っていた。よりによってエストラントの戦勝記念の、レオンハルト様の祝賀会に毒を仕込むなど、どこの誰が計画したのだろうか。
「アレクサンドラ、この件は内密にしておきたい。協力してくれるか」
私はゆっくりと顔を上げると、「かしこまりました」と答えた。「ただし条件があります」と、間髪を入れずに付け加える。
「これから調査を行うのでしょう? 私もそこに加えていただきたいのです」
何かをしていなければ気が狂ってしまいそうだった。アンドリューはこのまま目を覚まさないかもしれない。そうした不安をごまかしてしまいたかった。
レオンハルト様は目を見張っていたが、やがて「そのように取り計らう」と頷いた。
「お前の気持ちはわかるからな。何せ俺たちは同類なのだから」
またもや勝手に同類だと言われてしまい、私は抗議の声を上げようとした。だが、直後にはっと息を呑んで取り止める。
レオンハルト様も重体の知人がいるのではないかと、その人は大切な方なのではないかと思いあたったからだ。そう言えばレオンハルト様も会場で、銀髪の男性を抱き起こしていた。
「あの銀髪の方はご無事だったのでしょうか?」
「ああ、無事だ。だが、やはり目を覚ましてはいない」
レオンハルト様はぎり、と唇を噛み締める。
「あの男はコンラートだ。俺の従兄に当たる」
コンラート様は現国王の王弟の子息であり、レオンハルト様より一回りなのだそうだ。兄弟のいないレオンハルト様には兄も同然であり、将来王位についたあかつきには片腕にと望んでいる。同じ剣術の師についた兄弟子でもあるらしい。
レオンハルト様は膝の上の拳を強く握った。
「首謀者は、決して許さない」




