05.Shall We Dance?
レオンハルト様はなんてことを言うのだろう。あの方は人目というものを気にしないのだろうか。
私はアンドリューの佇む壁に向かいながら、それとなく近くにいた人々の様子を伺った。あの口説き文句を耳にしていないか確かめたかったのだ。皆何事もなかったかのように談笑しているが、聞こえなかった振りをしているのかもしれない。
私はほっと溜息を吐いた。あの方は、レオンハルト様はどうも苦手だと感じる。そうして気を張っていたからだろうか。私はアンドリューのもとに戻ると、つい顔を綻ばせてしまった。
やっぱりこの人のそばが一番ほっとする。
「お帰り、アレクサンドラ」
アンドリューは空のグラスを給仕に渡すと、私を見下ろし「どうだった?」と尋ねた。
「……? どうって?」
「レオンハルト殿さ。君を口説いていただろう」
図星の指摘に私は気まずい思いになった。だってと私は心の中で言い訳をしてしまう。だってまさか本当に口説かれるなどとは、夢にも考えていなかったのだから。
けれども、いくらなんでもあの声は壁までは届かない。アンドリューは「それ見たことか」と言いたいだけだろう。私は気まずさもありつい、「何もなかったわ」と言い張った。
「アンドリュー、心配し過ぎよ」
「ふうん、そうかい?」
ブルーグレーの瞳がきらりと光る。
「気づいていた? 君が嘘をつく時には、いつも唇の端を噛むんだ」
私ははっと口元を押さえたが、すぐに嵌められたと覚った。
「……意地悪ね」
赤くなりつつ頬を押さえる。アンドリューは苦笑しながら、「わかっただろう」と私の肩を叩いた。
「君は魅力的なんだよ。それも、とんでもなくね。そろそろ自覚してほしいな」
「……」
私は釈然としない思いに駆られながらも、今後はとにかくできる限り、レオンハルト様には近付かないと決めた。もっとも簡単かつ平和な解決法だろう。
「わかったわ……」
アンドリューは落ち込む私に、「じゃ、俺の番だね」と手を差し伸べた。「ダンスだよ」と悪戯っぽく笑う。
「アレクサンドラ嬢、どうか俺と踊っていただけませんか?」
腰を少し屈めて目を閉じて、私が手を取るのを待っている。
あなたは私をどんなふうに誘ってもいいのに、こうして今でも#淑女__レディ__#にしてくれるのね。
私はくすりと笑って「喜んで」と答えた。指の長いその手を取り二人中央へと進み出る。
「あなたと踊るのは久しぶりね」
「最近、忙しかったからな」
私たちが微笑み合うのに合わせ、楽団が二曲目の演奏を始めた。アンドリューがリードしてステップを踏み出す。ところがその動きは三小節もしない間に、なんの合図もなく止まってしまったのだ。
どうしたのかとアンドリューを見上げると、顔色がみるみる青ざめていく。
「アンドリュー? どうしたの?」
「……」
アンドリューは何も答えない。そして次の瞬間がくりと跪き、喉を抑えて倒れてしまったのだ。
「アンドリュー、アンドリュー……!?」
アンドリューだけではない。先ほどワインを飲んでいた壁の花の招待客が、様々な場所でくずおれているのが目に入った。エストラントの貴族もいれば、留学中の他国の王族も、アルザンの外交官もいる。
まさか、あのワインに毒が入っていたの!?
各国の要人を無差別に狙ったとしか思えなかった。私は「しっかりして」とアンドリューを抱き上げる。
「しっかりして、アンドリュー……!!」




