04.私が欲しいもの
エストラント人には話好きな方が多く、私はおしゃれ好きな貴族の夫人や令嬢に、アンドリューは重鎮に気を取られる間に、いつしか間が離れ別々に行動していた。
私もアンドリューも話がなかなか途切れない。手をこまねく間に楽団が音楽を奏で始め、貴婦人方はそれぞれ紳士に手を取られ、大広間の中央へと繰り出していった。
ダンスのための空間は限られているため、場所を確保できなかった人々は、壁の花となってワインを楽しんでいる。アンドリューもその中に混じり、グラスを給仕から受け取っていた。
私も花の一輪になろうと、一歩踏み出したその時だった。後ろから肩に手を置かれ、声をかけられたのだ。
「アレクサンドラ、俺と踊ろう」
「……!?」
この場で呼び捨てにされるだなんてと、私は信じられない思いに駆られた。おまけに不躾な、それでいて傲慢な口調だ。女性をダンスに誘う時には、「踊っていただけませんか」、そう尋ねるものなのに。
いったい誰なのかと振り返ると、そこには黒を身に纏った方が立っていた。
「レオンハルト様……?」
レオンハルト様は笑みを浮かべて、私にまっすぐに手を差し伸べている。
「お前はダンスが得意だとウエストランド公から聞いている」
「……」
アンドリュー以外とは踊りたくなかったのに。それでも同盟国の王太子の、まして今日の主役のエスコートを断るわけにはいかない。
私はやむをえずその手を取った。アンドリューにちらりと目を向ける。アンドリューは目を見開き私を見つめていた。
アンドリュー、心配しないで。
私は唇を小さく動かしそう伝えた。
大丈夫。どうともならないわ。
「さあ、早く」
レオンハルト様の手が私の手に絡められる。そして次の曲の始まりに合わせ、私たちはステップを踏んでいた。
レオンハルト様は軍人らしい外見に似合わず、ダンスがたいそうお上手な方だった。リードも実に巧みであり、少し踊ればすぐにそうだとわかる。周囲の招待客らもうっとりと私たちを眺めていた。
曲が半ばまで来たころのことだろうか。レオンハルト様が感嘆の声を上げた。
「俺についてこれる女は初めてだ」
私の耳に溜め息ように囁く。
「お前はあの坊やにはもったいない」
私はお前呼ばわりされただけではなく、アンドリューを坊やと言われてかちんとなった。けれども決して顔に出しはしない。感情をおもてに出すのは品がないからだ。私は「まあ、ご冗談を」と、レオンハルト様を軽く交わした。
「アンドリュー様は努力家で誇り高く、ベルフォールを必ず繁栄に導く方ですわ」
婚約者を貶められ何も言い返さない令嬢など、いなくなったほうがましだろう。
「あの方にもったいないのは私でございます」
私がにっこりと笑いそう締め括ると、レオンハルト様は「愉快だ」と笑いながら、また軽やかにステップを踏んだ。
「気の強い女も嫌いではない」
私が気が強いなどありえない。容姿からそう見えるだけであり、むしろ弱いほうだと思う。けれどもアンドリューを貶められるのは、それだけは我慢がならなかった。私は彼の何物にも屈しない気高さを、誰よりもよく知っている。
だが、さすがに次のセリフにはぎょっとせざるをえなかった。
「落とし甲斐があるからな」
私は「御戯れが過ぎますわ」と笑った。ところがレオンハルト様は、私の背をさらってターンしたのかと思うと、今度は真顔となってぐいと抱き寄せて来たのだ。
「戯れではない。本気だ。一目見た時からお前だと決めていた」
「……」
「俺と同じ女をずっと探していたんだ。この世のどこかにいると信じていた」
俺と同じだと言われても困る。私とレオンハルト様の共通点と言えば、せいぜい黒髪と黒目だろう。ところが、レオンハルト様はめげなかった。
「お前は一度前の王太子と婚約を破棄しているのだろう? 一度も二度も大して変わらんし、俺はまったく気にしない。アレクサンドラ、俺のもとに来い。お前が望むものなら何でもやろう」
「……」
私は「では」とレオンハルト様を見上げた。
「アンドリューをくださいな。私はあの方以外は欲しくはありませんの」
この返しはさすがに予想外だったのか、レオンハルト様も絶句している。とりあえずは曲の終わりまで踊った後で、苦笑いを浮かべながらこう呟いた。
「……俺に落ちなかった女はいないんだがな」
私は微笑んでこう答えた。
「では、私は一人目になりますわね」
身を翻すとすぐさまアンドリューのもとへ向かう。ところが背にぎょっとする宣言が投げ付けられ、私は思わずレオンハルト様を振り返った。
「ますます気に入ったぞ、アレクサンドラ」




