表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢と金の髪の王子様  作者: 東 万里央
「悪役令嬢と獅子心の黒太子」
22/27

04.私が欲しいもの

 エストラント人には話好きな方が多く、私はおしゃれ好きな貴族の夫人や令嬢に、アンドリューは重鎮に気を取られる間に、いつしか間が離れ別々に行動していた。


 私もアンドリューも話がなかなか途切れない。手をこまねく間に楽団が音楽を奏で始め、貴婦人方はそれぞれ紳士に手を取られ、大広間の中央へと繰り出していった。


 ダンスのための空間は限られているため、場所を確保できなかった人々は、壁の花となってワインを楽しんでいる。アンドリューもその中に混じり、グラスを給仕から受け取っていた。


 私も花の一輪になろうと、一歩踏み出したその時だった。後ろから肩に手を置かれ、声をかけられたのだ。


「アレクサンドラ、俺と踊ろう」

「……!?」


 この場で呼び捨てにされるだなんてと、私は信じられない思いに駆られた。おまけに不躾な、それでいて傲慢な口調だ。女性をダンスに誘う時には、「踊っていただけませんか」、そう尋ねるものなのに。


 いったい誰なのかと振り返ると、そこには黒を身に纏った方が立っていた。


「レオンハルト様……?」


 レオンハルト様は笑みを浮かべて、私にまっすぐに手を差し伸べている。


「お前はダンスが得意だとウエストランド公から聞いている」

「……」


 アンドリュー以外とは踊りたくなかったのに。それでも同盟国の王太子の、まして今日の主役のエスコートを断るわけにはいかない。


 私はやむをえずその手を取った。アンドリューにちらりと目を向ける。アンドリューは目を見開き私を見つめていた。


 アンドリュー、心配しないで。


 私は唇を小さく動かしそう伝えた。


 大丈夫。どうともならないわ。


「さあ、早く」


 レオンハルト様の手が私の手に絡められる。そして次の曲の始まりに合わせ、私たちはステップを踏んでいた。


 レオンハルト様は軍人らしい外見に似合わず、ダンスがたいそうお上手な方だった。リードも実に巧みであり、少し踊ればすぐにそうだとわかる。周囲の招待客らもうっとりと私たちを眺めていた。


 曲が半ばまで来たころのことだろうか。レオンハルト様が感嘆の声を上げた。


「俺についてこれる女は初めてだ」


 私の耳に溜め息ように囁く。


「お前はあの坊やにはもったいない」


 私はお前呼ばわりされただけではなく、アンドリューを坊やと言われてかちんとなった。けれども決して顔に出しはしない。感情をおもてに出すのは品がないからだ。私は「まあ、ご冗談を」と、レオンハルト様を軽く交わした。


「アンドリュー様は努力家で誇り高く、ベルフォールを必ず繁栄に導く方ですわ」


 婚約者を貶められ何も言い返さない令嬢など、いなくなったほうがましだろう。


「あの方にもったいないのは私でございます」


 私がにっこりと笑いそう締め括ると、レオンハルト様は「愉快だ」と笑いながら、また軽やかにステップを踏んだ。


「気の強い女も嫌いではない」


 私が気が強いなどありえない。容姿からそう見えるだけであり、むしろ弱いほうだと思う。けれどもアンドリューを貶められるのは、それだけは我慢がならなかった。私は彼の何物にも屈しない気高さを、誰よりもよく知っている。


 だが、さすがに次のセリフにはぎょっとせざるをえなかった。


「落とし甲斐があるからな」


 私は「御戯れが過ぎますわ」と笑った。ところがレオンハルト様は、私の背をさらってターンしたのかと思うと、今度は真顔となってぐいと抱き寄せて来たのだ。


「戯れではない。本気だ。一目見た時からお前だと決めていた」

「……」

「俺と同じ女をずっと探していたんだ。この世のどこかにいると信じていた」


 俺と同じだと言われても困る。私とレオンハルト様の共通点と言えば、せいぜい黒髪と黒目だろう。ところが、レオンハルト様はめげなかった。


「お前は一度前の王太子と婚約を破棄しているのだろう? 一度も二度も大して変わらんし、俺はまったく気にしない。アレクサンドラ、俺のもとに来い。お前が望むものなら何でもやろう」

「……」


 私は「では」とレオンハルト様を見上げた。


「アンドリューをくださいな。私はあの方以外は欲しくはありませんの」


 この返しはさすがに予想外だったのか、レオンハルト様も絶句している。とりあえずは曲の終わりまで踊った後で、苦笑いを浮かべながらこう呟いた。


「……俺に落ちなかった女はいないんだがな」


 私は微笑んでこう答えた。


「では、私は一人目になりますわね」


 身を翻すとすぐさまアンドリューのもとへ向かう。ところが背にぎょっとする宣言が投げ付けられ、私は思わずレオンハルト様を振り返った。


「ますます気に入ったぞ、アレクサンドラ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ