03.黒太子の理想
大広間はすでに着飾った人々で彩られていた。エストラントのドレスも淡い色が多い。そんな中で私の深紅のドレスは目を引くのか、一歩行くごとに周囲に注目されてしまった。
アンドリューも見栄えのする濃紺の礼服の立ち姿から、令嬢や貴婦人方の熱い眼差しを集めている。私たちは同盟国の王太子とその婚約者ということで、エストラントの貴族から次々と話しかけられた。
「素敵なドレスですわね。そんなデザインは、初めてお見かけしました」
「まあ、ありがとうございます。そちらの髪飾りもよくお似合いですわ」
そうして一人一人の顔を覚えている最中に、出入り口からきゃっと黄色い声が聞こえた。何事かとアンドリューと振り返ると、見覚えのある軍服の殿下が、あまたの令嬢らに取り囲まれている。
――今回のパーティーの主役のレオンハルト様だ。
レオンハルト様は姿かたちこそ異なるが、実はアンドリューとよく似ている。その場にいるだけですでに王者の風格を漂わせるのだ。妙齢のご令嬢にはさぞかし魅力的に映るのだろう。だからと言って纏わりつくのはどうかと思うのだが――。
「まあまあ、争奪戦になっていますわね」
立ち話を交わしていた夫人の一人が、ほほほと笑いながら目を細めた。「大変な人気ですね」と私が感心していると、夫人は意味ありげに扇で口元を隠す。
「まだお一人でいらっしゃいますからね」
レオンハルト様は適齢期の王族としては珍しく、いまだにお妃様も婚約者もいらっしゃらないのだそうだ。「押し付けられた女などまっぴらだ。妻となる女はこの目で選ぶ」――と成人の儀の後陛下に豪語したのだという。
「殿下はこうもおっしゃったそうですわ」
『俺は愛妾も側室もいらん。女など妻一人でじゅうぶんだ。だがその女には容姿、気品、教養、社交性に立ち振る舞い、ありとあらゆるものを求めるだろう。男にぶら下がるだけの乳臭い女は願い下げだ。代わりに俺も愛も、富も、地位も、名声も――あらゆるものをその女に与えるだろう』
私は夫人の話に相槌を打ちながら、そんな女性がいるのかと内心首を傾げた。容姿、気品、教養、社交性、立ち振る舞い――つまりは完璧であれということだ。レオンハルト様の伴侶は多大な努力を強いられるだろう。
私はその女性にひそかに同情しつつ、再び貴族との社交にいそしんでいった。私と同じ黒い瞳がこちらに向けられ、その奥に熱が籠っていたのにも気づかずに――。




