02.幼い日の思い出
まだ何も知らない小さな女の子だった頃ーー私は王宮の裏手にある秘密の花園で、同じ年ごろの男の子と出会った。
その花園は広大な敷地の片隅にあり、いつもは鍵が掛けられ閉ざされていた。ところが西の壁には小さな穴が空いており、ちょうど子ども一人が潜れる大きさだったのだ。
お父様に連れられ王宮を訪れたその日、私は侍女と乳母をまきこっそり外へ抜け出した。そして、悪戯心で穴をくぐったのだ。
花園は手入れがされておらず草だらけだった。けれどもあちこちに野薔薇が咲き乱れている。花々を楽しみながら探検をしていると、不意にどこからか泣き声が聞こえた。
「……?」
私は勇敢にもくさむらを掻き分け、その声のありかを突き止めた。
私が花園での出会いを今でも色鮮やかに覚えているわけは、その男の子が天使のように可愛かったからではない。透けるように美しい金の髪と、澄んだ青い目だったからでもない。くさむらの真ん中で野薔薇に囲まれ、膝を抱えて涙で目を一杯していたからだ。
まだ怖いもの知らずだった私は、お父様に「知らない人には近寄らない」と言われていたことも忘れ、気がつくと男の子に駆け寄っていた。
「ねえ、あなた、こんなところでどうしたの?」
私の声に男の子が肩を震わせ顔を上げる。
「……君は誰だ!?」
「私? 私はアレクサンドラよ。みんなはサンドラって呼んでるわ」
男の子は「サンドラ……?」と首を傾げている。
「うん。アレクサンドラ・ソフィア・ロードよ。あなたは?」
「……!」
男の子は慌てて涙を拭った。
「ぼ、僕は……僕はそう、ダニエルって言うんだ」
「そう、ダニエルなのね。ダニエル、どうして泣いていたの?」
「泣いてなんか……」
「嘘。泣いていたわ」
私はドレスをめくりダニエルの隣に座った。ダニエルは拗ねたようにそっぽを向く。
「男のくせに情けないって思ったんだろう」
「そんなことは思わないわ。誰にだって悲しい時はあるもの。私だってそうだもの……。きっと王様だって泣きたい時には、あなたみたいにこっそり泣いているのよ」
「……」
王様と聞きダニエルが黙り込む。何か思うところがあるらしい。
「お父様も泣きたい時があるって言っていたわ。そんな時にはお母様を抱き締めるんですって。そうすると涙が止まるんですって。お母様はお父様に抱き締めていただくと、やっぱり涙が止まるんだそうよ」
私はふわりとダニエルを背中から抱き締めた。ダニエルは抵抗もせずじっとしている。
「ねえ、まだ泣いてる?」
尋ねる私にダニエルはううんと首を振った。
「もう、止まった」
私の腕の中でぽつり、ぽつり涙のわけを語り始める。お母様が亡くなってしまったこと、悲しくてならなかったこと、それでも男の子だからとがまんしていたこと。でもやっぱり今でも寂しくならないことーー。
「僕は泣いちゃ駄目なのに……。男だから。責任があるから……」
私はダニエルがなぜそんなことを言うのかが分からなかった。それでも少しでも楽になるのならとダニエルの肩に顎を乗せる。
「ここではいいの。秘密の花園だから。涙も秘密になるのよ」
「……」
ダニエルが後ろから回された私の手をぎゅっと握った。
「ねえ、サンドラ……またここに来てくれる? 君の前でなら泣ける気がするんだ」
「ええ、いいわよ」
私は二人だけの内緒よ、と人差し指を口に当てた。
「私のお父様は王様の弟君なの。だから、おねだりしてまたあなたに会いに来るわ」