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悪役令嬢と金の髪の王子様  作者: 東 万里央
「悪役令嬢と金の髪の王子様」
17/27

17.もう一人の裁きの神

 アンドリューがダニエル様と初めて顔を合わせたのは、辺境に幽閉される直前のことだったのだそうだ。ダニエル様の存在がまだ公ではなかった頃だ。どうやら陛下はその何年か前から、遠縁の親族に育てさせていたダニエル様を、密かに王宮に呼び出していたらしい。


 当時のダニエル様とアンドリューはそっくりで、事情を知る家臣すら見分けがつかなかったと言う。陛下はその瓜二つの容姿を利用し、ダニエル様をアンドリューだと偽り、公の場で堂々と可愛がっていたのだそうだ。アンドリューはその間、自室に鍵をかけて閉じ込められ、決して出るなと命じられていた。


 唯一愛してくれた母親に死なれ、父親からは遠ざけられ、貴族らからは疎まれ、味方が誰もいなかった。ダニエル様が王宮にいない日に、一人で遊びに出ても誰も心配しない。誰もかまってはくれない。誰よりも高貴な血統を持ちながら、いない者のように扱われていた。この花園の木と花だけが友達だった。


――そんな中で私に出会ったのだそうだ。


「どんなに勉強を頑張っても運動を頑張っても、父上は振り向いてはくれなかった。ダニエルの存在を知った時、やっと何をしても無駄なのだと悟った……」


「……」


「俺は父上に息子として愛されるあいつが羨ましくて、ずっとあいつになりたかった。同じ子どもなのになぜ愛されないんだろうと思った」


 私は偽りのない寂しさに触れた気がして、思わずアンドリューに寄り添う。なぜ、あの時ダニエル様を名乗ったのかがやっとわかった。私が同じ立場でもそうしてしまうかもしれない。


 アンドリューは私の肩にそっと手を回した。


「……辺境に幽閉される何日前だったか。俺は王太子の部屋から引きずり出されて、縄を手にかけられた」


 私はそんなと絶句して口を覆うしかなかった。抵抗の術すらない十歳の子どもに、それも王家の血を引く者に、罪人と同じ扱いをするだなんて。


 陛下はどこまでアンドリューを憎んでいたのだろう。陛下にとって愛した女との子どもではないアンドリューは、ダニエル様の邪魔でしかなかったのだろうか。


 無理やりに後ろ手に縛られ、引っ立てられるアンドリューを、助け出そうとする者はいなかった。絶望したアンドリューの前に現れたのは、同じ顔を持つもう一人の王子だったのだ。アンドリューは鏡を見た思いがしたと言う。似ているとは知っていたが、自分と見間違えるまでとは思わなかった。


『ざまあみろ』


 ダニエル様はぐいと顔を近づけ、口を歪めて笑ったのだそうだ。青い瞳には憎しみが満ち溢れていた。


『もう、僕がお前に似ているんじゃない。これからは僕は僕一人だ!!』


 次の瞬間、アンドリューの頬に鋭い痛みが走った。血が続け様に床へと零れ落ち、顔を切り付けられたのだと、ようやくわかったのだと言う。


 幽閉先に武器を持った一団がやって来たのは、それから一年後のことだったらしい。あの暗殺者らが陛下の命令によるものなのか、ダニエル様と開戦派の貴族によるものなのか、すでにはっきりとは言い切れないのだと言う。知る必要もないとアンドリューは木を見上げた。


「あいつも俺によく似た誰かではなく、たった一人のダニエルになりたかったんだろうな」


 アンドリューはダニエル様を責めてはいない。むしろ同情しているように思えた。


「俺にはあいつの気持ちもよく分かる」


「アンドリュー……」


 私は知り合ったばかりの頃のダニエル様を思い出す。


 思えば私は初恋の男の子の面影を――アンドリューだけを見ていた。ダニエル様はそんな私にいつも反発していた。私が嘆き、困り果てる真似ばかりをしていた。いわゆる優秀な王子であったアンドリューとは、真逆の方向へ行こうとしていた。


 あれはダニエル様のアンドリューへの反発だったのだろうか。今となっては確かめるすべはない。


 アンドリューは陛下はダニエル様がいなくなろうと、自分を見る日は来ないだろうと言った。なぜなら陛下は成長したアンドリューに会う度に、怯えた子どものような目をするのだと言う。


 陛下からすれば、偉大な父親が息子となって蘇り、おのれの罪を見せ付けられる心境になるのだろう。おまけにその息子は実に優秀であり、いつ復讐されるのか、惨たらしく殺されるのかも分からない。


 もちろんアンドリューにそんなつもりはない。陛下を責め苛んでいるのは、他でもない陛下の猜疑心、陛下自身なのだ。日に日に痩せ細って公務もおぼつかなくなり、アンドリューが代わって取り仕切っているのだそうだ。


 罰とは他人が与えるばかりではない。己の心が裁きの神となることもあるのだと、私はこの時初めて知った。


 アンドリューも同じことを考えていたのだろうか。私達はしばらく二人で風にさざめく木の葉を見つめていた。アンドリューが私の肩を抱く手に力を込める。


「……アンドリュー?」


 どうしたのかとアンドリューを見上げる。そこにはあのひたむきな眼差しがあった。


「俺がベルフォールに戻って来たのは、父上への復讐のためなんかじゃない」


 アンドリューはそこで言葉を切ると私の頬を覆った。


「サンドラ、君にもう一度会いたかったからなんだ」


 ずっと会いたかった、とアンドリューは息を吐いた。

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